第40話 食べるっ!!
「あ、お嬢様、プリシラいましたよ」
「喫茶室にいたなんて、都合がいいわね」
私は喫茶室で誰かとお茶をしているプリシラを見つけて、とてとてと近づいて行った。後ろから付いてくるソラリスは両手に大きな包みを抱えている。
「ご、ごきげんよう、プリシラっ」
背後からクルッと回り込み、プリシラに精一杯の笑顔を向けたら、
「え!? あ、え……!?」
何かプリシラ、凄く動揺しているんだけど。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないわっ……ご、ごきげんようっ」
プリシラが! 私に挨拶を返してくれた!! なんかびっくりしているみたいだけど、そのせいで挨拶してくれたんだろうか?
「あ、えっと……」
それはそうとプリシラの隣に座っている子、この子は確かグリーンヒル伯爵家の――
「クリス様ですね。以前お会いしたことがありましたよね。エルザ・グリーンヒルです」
そうそう、エルザさんだ。クラスは違うけど以前お父様の開いた夜会でお会いしたことがあったっけ。
「クリス・ウィンブリアです。ごきげんようっ」
「はいっ、ごきげんようです」
そのエルザさんは元気に挨拶を返してきた。前に会った時も思ったけど、気さくないい子みたいだ。……それにしても、この子なんでメイド服を着てるんだろ……伯爵令嬢よね?
私の疑問を悟ったのか、エルザさんがちょんと頭のヘッドドレス――ホワイトブリムと言うらしい――に触れた。
「え、ああこれですか? お気になさらず。これは私の魂の衣装ですから」
「は、はぁ……」
そう言えば別のクラスにメイド好きが行き過ぎて、制服代わりにメイド服を着てる貴族がいるって聞いたことがある。それがまさかこの伯爵令嬢たるエルザさんだとは思いもよらなかったけど。
まぁでも、うん、趣味は人それぞれよね。私もプリシラが趣味みたいなものだし。
「えっと、お邪魔してもよろしいかしら?」
「勿論ですとも! 今もちょうどクリス様のお話をしていたところだったんですよ~」
「ちょっ……!?」
プリシラがエルザさんのメイド服の裾を掴んだ。
「この子ったら、『クリス様の手料理が凄く美味しい』って自慢してくるんですよ」
「え、エルザっ……!!」
「そうなの、プリシラ?」
プリシラが私の料理を自慢してくれていたなんて、凄く嬉しいんだけど。
「え、いや、その……」
プリシラが、指を胸の前でモジモジとさせながら、口をモゴモゴ動かしている。
「…………ま、まぁまぁね! まぁまぁ美味しいって言ってたのよっ!!」
「そ、そう……まぁまぁなんだ……」
少しだけしょんぼりしてしまう。美味しそうに食べてくれていたけれど、まぁまぁだったのか……まぁ、味の好みってあるもんね……
そんなことを考えていると、エルザさんが「ちっちっちっ」と指を振りながら不敵に笑っていた。
「いやいや、クリス様? 味にうるさいこの子がまぁまぁなんて、ベタ褒めもいいところなんですよ?」
「そうなの?」
「そ、それは――」
「そうなんですよっ ホントこの子素直じゃなくて~。ね~? プリシラ~?」
からかうようにプリシラのほっぺたをツンツンしているエルザさんを見て、私はそんなことが出来る彼女をとても羨ましく思ってしまった。
私もプリシラのほっぺたツンツンしたい!! 絶対柔らかいものっ!!
そしてしばらく無言でツンツンされていたプリシラが、ついに観念したように大きく息を吐いた。
「……ああもうっ、そうよっ!! 美味しいわよっ!! 美味しくてほっぺが落ちそう!! これでいい!?」
……ぃやったぁぁぁぁ!! 私は思わず握りこぶしを作ってしまう。
「よしよし、それでいいんだよ~。プリシラ~」
何か頭をいい子いい子されてるんだけどプリシラはされるがままで、どうもこの子に頭が上がらないらしい。
「えっと、エルザさん? プリシラとずいぶん仲がいいみたいだけど……」
「ああ、この子とは幼馴染なんですよっ」
「そ、そうなんだ、幼馴染……」
いいなぁ、幼馴染かぁ。
「……あ、心配しなくても、クリス様の恋人を取ったりしませんよ。私ってば全然プリシラの好みのタイプじゃないみたいなんで。この子の好みはク――」
「余計なこと言わないっ……!!」
エルザさんの口はプリシラの両手で遮られ、最後まで聞けなかった。プリシラの好みのタイプなんて、すっごく聞きたいんだけど。いや、でも聞くのも怖い気もする……
「おほん……! お嬢様?」
私がそんなことを悶々と考えていたらソラリスの咳払いではっと我に返り、何でプリシラを探していたかを思い出した。
「あ、そうだった……ね、ねぇプリシラ?」
「なによっ」
頬を染めながら、ちょっぴり拗ねた感じのプリシラ。すっごく可愛い。ちなみにその手は未だにエルザさんの口をふさいだままだ。微妙に苦しそうだし、さっさと解放してあげた方がいいと思うんだけど。
「えっと……」
「だから何よ? 用があるならさっさと言ったらいいじゃないっ」
ツンツンしているところもまた可愛いなぁ。
「その、ケーキを焼いてきたんだけど……食べ――」
「食べるっ!!」
秒で食いついてきた。その目はキラキラと期待に満ちている。
「……あっ……、え、あ、ごほん、……そ、そうね、せっかく作ってきてくれたんなら、頂こうかしら……」
そしてそのことに気付いて、慌てて取り繕おうとするけど既に遅い。
「へぇぇ~、すっかりお嬢様の手料理の虜みたいですね~?」
「プリシラのこんな反応、めったに見られないな~。か~わい~い」
プリシラはソラリスとエルザの両者から散々からかわれてしまう。そんな顔を真っ赤にしているところがまたたまらないっ。
「うっ、ぐぐぐっ……」
「まぁまぁ、じゃあ開けるね?」
あまりからかい続けてもこの場から逃げ出しちゃうかもしれないから、さっさとケーキを見せて縛り付けないとね。
私は包みをソラリスから受け取るとテーブルの上に置き、その包みをゆっくりと解いていく。
「ごくっ……」
まだ箱が出てきただけなのに、プリシラが生唾を飲む音が聞こえた。どれだけ食べるの好きなのよ、プリシラ。
そしてゆっくりとふたを開けると――我ながら完璧な焼き具合のパウンドケーキが顔を出し、辺り一帯にかぐわしい香りが広がった。自分で作ったというのに思わずうっとりとしてしまう。
「さてそれじゃあ………………えっ?」
既に切り分けられているそれを、皆に取り分けようとお皿を出していたら――
「あーんっ」
――プリシラが目を閉じ、可愛くお口を開けて待ち構えていたのだった。




