第39話 【プリシラ】私の初恋をどうしてくれるんだ!!
「な、なななな……何を言ってるか全然わかんないんだけど……!?」
「いやいや、しらばっくれてもダメだって。私はプリシラのことを小さいころからよ~く知ってるんだよ?」
「そ、それがどうしたって言うのっ……」
「プリシラってさ~、クリス様みたいな『お嬢様』っぽい子が昔から好みだったもんね?」
「……!! そ、そんなこと……ないってばっ……」
口では否定したけど……でも図星だった。
私は子供の頃から好きになるのは女の子ばっかりで、しかもそのほとんどがいわゆる『お嬢様』的な、可愛らしい子だったのだ。別に男の子が嫌いってわけじゃあないけど、それでも私が好きになるのは女の子だった。
とは言え私の恋は片想いばっかりで、未だに誰とも付き合ったことも無く……初デートの相手はにっくきクリスだったわけなんだが。
「まぁでも、無理もないよね~。クリス様ってまさにお嬢様の中のお嬢様って感じだし」
「それは、まぁ、認めるけど……」
入学式で初めてクリスと会った時、なんて可愛い子なんだろうと思った。
さらさらと零れるように落ちる金の髪は光をあびて眩いほどに輝き、顔の造形は完璧としか言いようがないほどの超絶美少女。さほど高くない背格好と慎ましやかなお胸もそのお嬢様らしさを補強している、まさにこれ以上ないほど好みのタイプで――
正直言って、一目惚れだった。
それまでの淡い恋とは違う、これが本当の恋なのだとその時初めて知った。この子と結婚したいと、会ったその日に思ったくらいだ。
後でその子が公爵令嬢だと知った時は愕然とはしたけれど、私も一応下級とは言え貴族は貴族。頑張ればどうにかなるんじゃないかって、その時は思っていた。それなのに……
まさか、あそこまで性格の悪い子だったとは、思いもよらなかった。いいのは見た目だけで中身は最悪。入学してからなかなか話しかけることが出来ずに数週間ほどたった後――彼女は私のことを目の敵にするように、しつこく毎日のように意地悪をしてくるようになって――
――私の、本当の意味での初恋はあっという間に砕け散ったのだ。
そして初恋の子から執拗に意地悪をされるという地獄を味わった私は、想いの裏返しで彼女のことを物凄く嫌いになった。
あんな子にちょっとでも恋心を抱いた自分が恥ずかしい。そんな想いはとっとと消し去ってしまいたかったし、徹底的にお互いを嫌いになっていた私達は、卒業後に別れてそれっきりになるだろうと思っていた。
それなのに今、クリスは私と仲良くなろうと必死になっている。……いや、それならホントに、ホントに……!!
――構って欲しくて意地悪なんてするんじゃない!! バカなの!?って言葉しか出てこないわよ!! 私の初恋をどうしてくれるんだ!!
一度は初恋を感じた相手。それは憎悪に変わり、今は困惑しかない。頭がごちゃごちゃになって、気持ちの整理が追い付かない。
今更彼女に再び恋をするなんて、とてもじゃないが……今は無理。それは、まぁその……一度は恋をした相手だし、将来はどうなるかわからな――いやいや、無い無い、あり得ない。私の初恋はもうとっくに終わってるんだ。
――いやでも、悔しいことにクリスってホントに可愛いのよね……それに今の私達の関係って『もし私とクリスが付き合っていたら』って最初の頃妄想した通り、いやそれ以上の関係な気が……
特にあの幸せそうな顔で私に『あーん』してくるとこなんて思わず抱きしめたくなるほどに可憐で――
「――なんか百面相してるねぇ。……うりっ」
「ひゃぅっ……!?」
考えに没頭していて無防備なわき腹をつつかれた。
「愛しいクリス様のことでも思い出していたのかにゃ~?」
「べ、別にクリスは愛しくなんかないってばっ……!!」
「ほほーん? クリス様のことを思い出していたのは否定しないんだぁ~?」
「うぐっ……!!」
「でもねぇ、プリシラ?」
エルザがちょっと真面目な顔になる。
「こういう言い方はアレだけど、クリス様は公爵令嬢なのよ? 気軽に呼び捨てにしていいお方じゃないんだからね?」
「だ、だってっ……」
それは勿論わかっている。クリスは私のような下級貴族からしたら雲の上のような存在だ。それでも、それでも私は彼女に様付けなんてまっぴらごめんだった。
「ま、それも彼女だったらまぁいっか。でも結婚前は公の場で呼び捨てにしないよう気を付けるのよ? 恥をかくのはクリス様なんだから」
「彼女じゃないってのにっ……!! それに結婚もしない!!」
「はいはい、照れ隠し照れ隠しっ」
「んもー!!」
だめだ、状況証拠があまりに積み重なりすぎてひっくり返せない。自業自得ではあるんだけど。
「それにしても……いいなぁ~クリス様とお付き合いできるなんて」
「ええ……エルザ、クリスみたいなのが好みなの……? 趣味悪いわよ」
まぁ、私も正直見た目はすっごく好みだけど。でも性格が……いや、それもすっかり良くなっているけど……
「でもさぁ? クリス様がきつく当たるのってぶっちゃけプリシラだけだったし、それもカモフラージュだったわけでしょ? それに最近では何て言うか……すっごく丸くなったと思わない?」
「カモフラージュじゃないんだけど……まぁ、丸くなったって言うのには同意するわ」
「でしょ? こう、変な言い方だけど老成してるっていうか……私のおばあ様になんか似てるのよね、雰囲気が」
「いや、私の前ではなんか子供っぽいんだけど……確かにそれ以外では落ち着きみたいなのは感じるわね」
本当に一体何があったというんだろう。クリスは3年になった辺りからまるで生まれ変わったかのように穏やかになっていた。心を入れ替えたと言っていたけど、人間そこまで急に変わるものだろうか?
「つまり……!! 今のクリス様こそ、私がお仕えするお嬢様にふさわしいと思うのよね……!!」
「いや、エルザはまごう事なき伯爵令嬢でしょ? メイドにはなれないって」
「うぐぐ……それはそうなんだけど……それでも……クリス様にお仕えしたいっ……」
本気でメイドになりたがっている私の友人は机に突っ伏して頭を抱えてしまった。まぁ、エルザは長年仕えるべきお嬢様を探してたらしいし……人の趣味って人それぞれよね……。せっかく伯爵令嬢として生まれたのに、なに贅沢なこと言ってるんだとか思わなくもないけど。
とかそんなことを考えながらその後頭部を眺めていると、エルザがいきなりガバッと顔をあげた。
「そうだ……!!」
その顔は『閃いた!!』って顔をしている。
「な、なに?」
「そうよそうよ、なんでこんな簡単なこと今まで思いつかなかったんだろう」
「何を思いついたって?」
エルザはニッと笑うと――
「――クリス様と結婚したらいいんだ!!」
ありえないことを口にした。
「……は?」
……何を言ってるのこの子。頭でも打ったの?
「いやちょっと、意味わかんないんだけど……」
「だってさ、クリス様と結婚したら表向きは妻として、そして実態はメイドとしてお側でお仕えできるじゃない!!」
「い、いや、それは……!!」
――確かに、エルザのメイド願望を叶えるにはそれしかないと言っていい手だった。
エルザは伯爵令嬢で、クリスの結婚相手としてはまぁ申し分の無いと言ってもいい家格だ。家同士が話を進めたらトントン拍子に行くかもしれないってくらいの相手で、私なんかとは全然違う。
――でも、なんか、こう、胸がざわっとするって言うか……いや、これは別にクリスがどうこう言うんじゃなくて、私の大事な友人がクリスなんかに仕えるなんてことについて動揺しているだけで、決して初恋どうこうという話では無く――
「ま、待ってっ……!!」
「いやいや、分かっていますとも。アツアツのお2人に割り込むつもりは毛頭ないよ。――私は第二婦人でいいからさっ。クリス様もプリシラも、私がお世話させてもらうからね?」
「いや、家の格から言ったらエルザが第一婦人で当然で――ってそうじゃなくて!!」
「何?」
「いや、そもそも第一第二とかそう言う話じゃないって言うか……」
国の定めでは、妻は3人まで娶れることになっている。いや、だからどうしたって話なわけで、全然私にはこれっぽっちも関係ないし……
「クリス様にお仕えしているソラリスちゃんも可愛いんだよね~。メイドの先達として、いっぱい教えを請わないとっ」
「ああもうっ……なんだかなぁ……」
目をキラキラさせながら願望を語る友人に、私は頭を抱えるのだった――




