第38話 【プリシラ】お熱いですなぁ~
プリシラ視点でのお話です。
「それにさ、プリシラ?」
「な、なによ……」
エルザは獲物をいたぶるような――いや、多分本人にそんな気はないんだろうけど、私からしたらそう見える――目をしながら、さらに私をからかう気満々の様子だ。
「試験前はお勉強まで見てもらったんでしょ?」
「う、そ、それはそうなんだけど……」
「いいなぁ~。恋人と仲良くお勉強なんて、それもお相手はあのクリス様。本当に羨ましいわ」
「だ、だから恋人じゃないってのにっ……」
「照れない照れないっ」
エルザは私の背中をバンバンと叩いてくる
「赤点回避できたのもクリス様のおかげじゃない。感謝しないとね」
それは勿論感謝はしていた。どういうわけかクリスは私が大の苦手な数学を教えると申し出てくれて、その言葉通りの懇切丁寧な指導のおかげで私はお父様の大目玉を回避することができたのだ。
あのままだと確実に赤点だっただろうし、そうなったら今度こそお仕置きとして仕送りを減らされていたに違いない。そうなったら趣味の食べ歩きをする機会も激減していただろうし、そう言う点では本当に助かったと言える。
「それに、最近ではいつもお昼一緒に食べてるんでしょ」
「ま、まぁ、それはそうなんだけど……」
お昼に持ってきてくれるクリスのお弁当は、あれほどの名家のお嬢様がこんな腕をしてていいんだろうかと思うほどに絶品で、今まで食べたどの料理よりも美味しい。以前までお腹が鳴らないように仕方なく食べていた購買のパンとは比べるのも失礼なほどに別次元の代物で、早く明日のお昼にならないかなとさえ願ってしまうほどだ。
それくらい、悔しいことに私はクリスの料理の虜になっていた。――あくまでも、虜なのは料理にであって、決してクリス自身にではないけどっ!! それにしても、今日も美味しかったなぁ……
「へぇ、そんな思い出し笑いしちゃうくらい、クリス様の手料理って美味しいんだ?」
今日のお昼を思い出していたせいで思わずにやけてしまっていたらしく、私はハッと頬に手を当てる。
「そ、そうね! ま、……まぁまぁやるわねっ!」
クリスが作る料理に惚れこんでいるなんて、気恥ずかしくて言えるはずもなく目の前にいる私の友人――エルザに対してはあえて過小評価を口にした。
エルザは伯爵家のご令嬢だというのに、その地位を笠に着ることもなく下級貴族の私に接してくれるとても気のいい子だ。短い黒髪のショートカットが似合うボーイッシュな顔立ちとそれとは対照的にグラマーな体形をしていて、さらに爽やかな性格のおかげで友達も多く、とある趣味が行き過ぎている点を除けばほぼほぼ完璧な女の子と言っていい。
そのとある趣味というのは――彼女が今着ている服にある。
「ふぅん? でも味にうるさいプリシラがまぁまぁなんて評価するってことは、クリス様の料理ってやっぱり相当なレベルなんじゃない?」
「だ、だからまぁまぁだってば」
正直言って朝昼晩とクリスの料理だけを食べていたいほどにその料理は美味しいけど、やっぱり素直にそう言うのも恥ずかしいから言葉を濁す。
でもそう言う私に対して、エルザは不敵な笑みを浮かべていた。
「その腕前――『メイドの端くれ』としては気になるなぁ」
「――いや、だから、あなたはメイドじゃないでしょ……れっきとした伯爵令嬢じゃない……」
「いやいや、私はこれを着ている間は心もメイドでありたいって思ってるからねっ」
エルザはそう言うと、自分のスカートをちょいと摘まみ上げる。そのスカートは慎み深い黒色をしていて、私が今着ている可愛い制服のスカートとは似ても似つかない。
「このメイド服を着ている間――私はメイドなのだよっ!」
「ああそうですか……」
そう、この私の幼馴染でもある伯爵令嬢のエルザは――メイドマニアなのだ。
ただただメイドを愛するのみならず、メイド好きが行き過ぎて自身もわざわざメイド教育まで受けており、そのメイドとしての腕はかなりのものらしい。さらに伯爵家の威光を使って、制服ではなく普段からメイド服を着用することを学長に認めさせた、なかなかぶっとんだヤツなのだ。
ほんと、ここ以外は完璧な子なんだけどねぇ。ちなみにクラスは違うクラスだ。
そんないつも通りなエルザに呆れる私をよそに、彼女はお茶を1口飲むと「それはそうと……」なんて言いながら話を続けた。
「ここ最近毎日のようにクリス様と一緒にお昼食べてるの、もうすっかり噂になってるよ」
「うっ……や、やっぱり……?」
そうなるだろうなぁとは思っていたけれど……でもあんな味を知ってしまったら、お昼の誘いを断るなんてできるわけがないっ……
「そりゃそうでしょ。だっていくら裏庭とは言え人が全く来ないわけじゃないし、誰かに見られもするでしょ」
「そ、それはそうだけど、でも、それは一緒にご飯を食べているだけで……」
「へぇ~?」
「な、何よ?」
そう言う私に対し、エルザは笑いを堪えるような顔をしたまま私の耳元に口を寄せて――
「――『あーん』までして貰ってるのに、それは通らないんじゃない?」
「なっ……!?」
「いやいや、お熱いですなぁ~? 恋人から『あーん』されるご飯……さぞや美味しいだろうねぇ?」
「だ、だから恋人じゃない――ってそうじゃなくて、何で知ってるの!? まさかそれも噂になってるの!?」
「うん」
「そんなっ……!?」
このことはエルザにも言ってないし、あの実は奥手なクリスが自分から言いふらすとも思えない。となると噂の出どころが分からない。
「人の口に戸は立てられないって言うからね~。それも誰かに見られてたんじゃない?」
「えええ……『あーん』の時は周りに人目が無いのをしつこいくらい確認していたのにっ……」
見られていた? そんなつもりは無かったんだけど……
「でもさ、そもそも見られて困るならやらなければいいのに」
「だってっ……」
「だって?」
「…………最初の一口だけは『あーん』して貰うのが約束なんだもんっ……」
「うわぁ……聞いてる私がアツアツで火傷しそう……」
お弁当を差し入れてもらった初日こそ全部『あーん』して貰ったものの、それ以降は最初の一口だけってことにはなっていた。
でもその『あーん』するときのクリスの顔があまりに幸せそうなので――ここ最近では最初の3口……いや、5口くらいは『あーん』して貰うのが当たり前になっていた。……改めて冷静に振り返ってみて、なんてことだと思う。
「まぁでもさ、良かったんじゃない?」
「な、何がよっ……」
何もいいことなんか無い。よりにもよってあのクリスと付き合っているなんて噂、私からしたら本当にあり得ない話なんだから。……料理はおいしいけど。
でもエルザはそんな私のことなんて気にもしないで、からかうようにニンマリと笑みを浮かべていた。
「だってクリス様ってさ――」
そこでエルザは意味深に言葉を区切る。
「クリスが何なのよっ……」
むくれ顔で言う私に――
「――プリシラの、好みド真ん中じゃん」
更にとんでもないことを言うのだった。




