第37話 【プリシラ】不覚にも可愛いと思ってしまった
プリシラ視点でのお話です。
「~♪」
「なんかさぁ……最近のプリシラって凄く機嫌いいよね」
放課後、友人のエルザと喫茶室でお茶をしていたら、そのエルザがそんなことを言ってきた。
「え? そう?」
「だって鼻歌なんて歌っちゃってさ、誰がどう見ても上機嫌でしょ」
鼻歌なんて歌ってた? 気づかなかった。無意識に出ていたんだろうか。
でも、私自身最近機嫌がいいなってのは自覚していた。その理由はもちろん――クリスが用意してくれるお弁当があまりにも美味しすぎるからだ。あれだけのものが毎日毎日食べられるなんて、ホント幸せ過ぎる……
しかしそれにしても、まさかこんなことになるなんて……例え昔の私に教えてあげたとしても全く信じないだろうってくらい、今の状態は予想できないものだった。何せクリスは入学時から私のことを目の敵にするように意地悪をしてきたせいで、私達は本当にお互いのことが嫌いだったんだから。
――それがちょうど今年度の始業式のあたりだっただろうか、彼女の意地悪がパタッと止んだ。
それどころか、信じられないことに彼女は私と仲良くなろうとしてきたのだ。最初は私も何を考えているのか気味が悪くて徹底的に無視していた。
でも私が山で遭難した時に……なんと土砂降りの雨の中、彼女が私のことを助けに来てくれたのだ。あのクリスが、私を、だ。本当に信じられなかった。
しかも燃え盛る炎に足を突っ込もうとしてまでして、私に対してもう悪意が無いことを証明して見せた。……そこまでされたら、それは、まぁ、その点に関して言えば信じてもいいって思えたのだ。
とは言えそれでもなお、私はその時点でクリスのことがまだ物凄く嫌いだった。でもそれも当然で、だって2年間もの間私は執拗に意地悪をされてきたんだから。もう彼女に悪意が無いとはわかっても、だからと言ってそれでこれまでのマイナスがチャラになるわけがない。
……しかしその意地悪していた理由が、『構って欲しかったから』とか聞いたときには眩暈がした。本当にバカなのかと。素直に仲良くなりたいって言ってくれてれば、私達はとっくの昔に友達になれていただろうに――
「あれ? どうしたの、黙っちゃって。彼女のことでも考えてたの?」
「ち、ちが……!! 私別にクリスのことなんて考えて――」
「あれ~? 私別に、クリス様のことだなんて一言も言ってないよ~?」
「うぐっ……!」
確かに考えてはいたけど、それでもクリスは彼女でも何でもない! だってまだ私の中では友達でさえないんだから!
「いやいや、お熱いことで」
「違うってばぁ!」
「まぁまぁ、照れなくてもいいから。しっかしそれにしても水臭いよね~。まさかクリス様とこっそり付き合っていたなんて、幼馴染の私にくらい教えてくれてもいいもんじゃない? しかもあんな仲が悪い風のカモフラージュまでしてさ~」
「だ、だから、付き合ってなんかいないんだって……!! 何度も言ってるのにっ……!!」
「またまたぁ~。もうクリス様とはもうその、『大人の関係』なんでしょ? ……ねぇ、女の子同士ってどうやるの? 私ちょっと興味があるんだけど……」
「だからぁ!! 違うって言ってるでしょ!?」
何回言っても信じてくれない。それもこれも私がクリスを火傷から守るために――いや、別に彼女だから守ろうとしたわけでは全く無く、あんな場面に出くわしたら例え嫌いな相手でもああするのが当然だからだ――彼女を裸のまま押し倒した形になってしまい、その場面を救助に来た子達に見られたせいだ……!!
おかげで私とクリスが、『仲が悪い振りをしつつ陰でこっそりと付き合っていて、既に一線も超えている』なんて根も葉もない噂が学園中に広まってしまった。あの炎の一件が無かったら、実はこれこそ手の込んだ意地悪なんじゃないかと疑うくらいだ。まぁ実際は本当にアクシデントらしいんだけど、それにしても運命のいたずらにも程がある。
「でもさぁ、プリシラってばいつもそうやって否定するけど、実際仲良く手まで繋いでデートしてたじゃない。私もばっちり見ちゃったんだけど」
「あ、あれは……そのっ……!!」
「ほらぁ、そこは否定しないじゃない」
「だ、だってっ……」
言えない。チケットに釣られてデートしたなんて、貴族のプライドにかけて絶対言えない……!!
そのチケットと言うのは、私が見たくて見たくて仕方なかった舞台のチケットで、しかもSS席という私のような下級貴族にはどうやっても手に入れられない代物。はっきり言って心の底から見たいと思った。しかしそれを見るために、彼女の出した条件が――
『私とデートしてくれるならこれ、見れるわよ』
と言う、とんでもないものだった。
あれだけ犬猿の仲だった私とクリスがデート? いや、何を冗談言っているんだと。本気でどうかしてるんじゃないかって思った。
でもクリスは本気だった。本気で私とデートがしたいと思っていたのだ。自分が嫌われてるって分かっているだろうに、それでもなお私を誘ってくるその度胸に半ば呆れた。
見たいのはやまやまだったけど、それでも私とクリスが付き合っているという噂が蔓延しているときに、当の2人でデートなんかしたらどうなるか、それは火を見るよりも明らかだった。それにその宝のチケットを前にしても――私の大切な初デートをクリスにあげるのはイヤだったのだ。
なので私が血を吐く思いでデートを断ろうとしたら……彼女はあろうことかそのチケットを破ろうとしたのだ!! 私にとって黄金よりも価値のあるチケットを、あろうことか目の前で紙くずにしようとしてきた行為に――私は、屈してしまった。
だってそんなことを許してしまったら、敬愛するマリーベルに申し訳が立たないから。一演劇ファンとして、絶対にそんなことをさせてはいけないのだ。
そういう訳で、結果として私は彼女とデートをすることになった。なってしまった。そしてそのデートは、結論から言えば……凄く楽しかった。
SS席なんていう特等席でマリーベルの演技は見れたし、しかもクリスはマリーベルと会えるように計らってもくれたのだ!! あのマリーベルに会えたなんて今でも夢の様で、その時サインしてもらったパンフレットは私の宝物になっている。
それでその……クリスに『何かして欲しいことは無いか』と借りを返そうとしたら、クリスから返ってきたのがまさかの、
『デートの間、手を握って欲しい』
という、不覚にも可愛いと思ってしまうお願いだった。そのお願いを、本当に、本っっ当に無理難題を要求するかの如く躊躇いながら言うものだから、おもわず笑ってしまったのを覚えている。
いくら私が彼女を嫌っているとはいえ私のためにここまでしてくれたのなら、借りを返すためにそれくらい聞いてあげるのは当然のことで、むしろその程度なのかと拍子抜けしたくらいだ。
……まぁ、後で聞いたら『マリーベルと会ってる間』を『デートの間』と言い間違えたらしく、その結果、約束を違えることなく守り切った私は、クリスと手を繋いでいるところを学園中に見られることになってしまい、噂を完全に補強してしまったわけなんだけど――




