表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/115

第35話 【ソラリス】愛しいお嬢様

ソラリス視点でのお話です。

「んうぅっ……」


 正確な体内時計によって朝、時間通りに目が覚めた私は――


「……っ!?」


 目を開けたその先にある光景に、心臓が止まりそうになった。


「おじょ……!! さまっ…………」


 ――私の目の前で、お嬢様が寝ていた。

 咄嗟に声を押し殺して、すやすやと寝息を立てるお嬢様を起こさないようにする。


 でもっ、えええ!? な、なんで!? もしかして私、お嬢様とついに大人の階段を昇っちゃった……!? 

 いやいや、でもそんな記憶は無いぞ? そんな身に余る幸せ、覚えていないわけがない! じゃあこの状況は一体……とか考えていると――徐々に寝ぼけた頭が覚めてきて、昨夜のことを思い出してきた。


 ――そうだった、昨夜は『プリシラったら私の作った料理を、この手から『あーん』で食べてくれたのよ!!』と大はしゃぎするお嬢様から、策が上手くいったご褒美を頂けるという事で、また添い寝をさせてもらうことにしたんだった。


 しかしまぁ間近でお顔を拝見してみて、なんて可愛らしいお方なんだろうかと改めて思う。長いまつげは暗がりの中でもキラキラと輝かんばかりだし、サラサラと流れて私の手元にまで零れてくる美しい金の髪は絹糸なんて及びもつかないほどの手触りだ。

 そして「むにゃむにゃ」と緩やかに動くそのお口から洩れる、甘い吐息が私のおでこをくすぐるとそれだけで私の体はびくんと跳ねてしまい、胸に狂おしいほどの衝動が巻き起こる。


 お嬢様とキスがしたいっ……!!


 子供の頃は冗談でよくお互いキスをしていたけれど、もうかれこれ10年と48日もキスをしていない。愛しいお嬢様とのことは全て日記に細かく書いてあるから、それは間違いない。

 ちょっと頭を動かせば、すぐそこにお嬢様の唇があるというのに、それでも私にはそれを見つめることしかできない。――だってこのお方は、私のようなメイドなどが手を出していい存在ではないのだから。


 あくまでも『お嬢様から』、『ご褒美を頂く』という形でしか、私はお嬢様に触れられない。メイドとしてお着替えをさせて頂いてもいるけれど、それはあくまでも職務のうち。それ以外ではこの前のクッキーを『あーん』していただいたときに指に食いついたように、偶然を装うしかない。おふざけでわき腹をツンツンするくらいなら大丈夫だけど。


 そんな悶々としている私のことなどつゆ知らず、お嬢様は私を抱きしめるような形でぐっすりと眠っていて起きる気配は微塵もない。共にベッドに入ってから、お嬢様は直ぐに寝てしまったのが少し恨めしかった。


 この前デートの策がうまくいってご褒美に添い寝をさせて頂いてからそう間がたっていないとは言え、私からしたらお嬢様と添い寝をさせて頂けるなんてこれ以上ないほどの幸せだと言うのに!!

 ……お嬢様は私と一緒に寝ていても、胸を高鳴らせてくれないんだろうかと、まだ眠りの世界にいるお嬢様に思わず尋ねてみたくなる。今この瞬間でさえ私の心臓は早鐘を打っていて、その音でお嬢様を起こしてしまわないか心配になるくらいだと言うのに!!

 これが私では無く、一緒に寝ているのがプリシラだったら、お嬢様も私と同じようにドキドキしたりするんだろうかと考えると、胸がチクリと痛んだ。


「んしょっ……」


 恨み言の1つでも言いたいところをグッと堪え、私はお嬢様の腕の中から抜け出す。本当はいつまでもお嬢様の腕の中にいたいし、全然寝付けなかったのに定刻通り目が覚めたから寝不足だけど、それでも私にはメイドとしての務めがあるから起きねばならない。


「ふうっ……」


 ベッドから降りた私は、薄暗い部屋の中ぐっと伸びをして、寝ぼけた頭にカツを入れる。その際、ここ最近また一段と育ってきたように感じるお胸がユサッと揺れて、気が滅入った。

 なにせこれ、既にメイドの業務に支障が出ているくらい重くてしょうがないのだ。大きさを気にしているお嬢様は、『分けてよぉ!!』っていつもおっしゃるけど、私だって分けられるものなら分けてあげたい。

 でもお嬢様はあのやや……いや、かなり控えめながらも美しい形をしたお胸こそが魅力的だと思うんだけど……隣の芝生は青く見えるってやつなんだろうか。


「さて……と……」


 私はメイドとしての制服であるメイド服に着替えるため、緊張で寝汗をかいた寝間着を脱いで、下着だけのあられもない姿になる。

 ……もしここでお嬢様が起きてきて、私のこんな姿を見られたりしたら――


『うぅん……』

『お嬢様っ……!?』

『そ、ソラリスっ、その恰好……!!』

『こ、これはその、着替えの途中でして……!! す、すみません、今すぐ着替えま――』

『そのままでいいわ』

『えっ……』

『――ソラリス、来て?』

『え、で、でも私、こんな恰好で……』

『だからよ、いらっしゃい?』

『あ、あの……お嬢様っ……そのっ……私っ……こ、こういう事初めてでっ……』

『いいから、全部私に任せなさい? 可愛がってあげるから? ね?』

『……!! は、はいっ、いっぱい可愛がって下さい、お嬢様っ……!! 大好きですっ……!!』


 ――なんて、そんなありもしない妄想をしながら、しばしそのままの姿でお嬢様が起きてこないかと待ってみる。でも一度寝たら起こさない限り絶対に起きないお嬢様は、気持ちよさそうに寝息を立てているだけだった。

 まぁ実際のお嬢様は照れ屋さんだし、こんなふうに誘ってくるのはありえないけれど、妄想の中でくらい私の自由でいいと思うのだ。


「はぁ……」


 毎朝の日課となっている恒例行事が、当然ながら今日も空振りしたことに私はため息を1つついてメイド服に着替える。

 黒と白を基調とした慎ましいデザインのこの服に袖を通すと、メイドとしての本能が揺り起こされて身が引き締まり、私はさっきまでのはしたない妄想を振り払うように、「よしっ」っと頬を両手で軽く叩いた。


 まずはお嬢様においれする朝の紅茶の準備のため、厨房までひとっ走りしてきてお湯を貰ってくる。

 それからお嬢様の制服にブラシをかけ――それに顔を埋めてお嬢様の香りを堪能する。これは別に何も変なことではない。直に手に取り、香りを嗅ぐことによってお嬢様が袖を通される制服に変な点が無いか、常に確認するのもメイドの務めなのだ。


「ああっ……お嬢様っ……」


 私は制服をギュッと抱きしめた後、ハンカチや靴下などの身の回りのものを整える。そうしてその他もろもろの朝の準備が終わっても、今日はまだお嬢様を起こす時間には余裕があったので私はひとまずベッドに腰かける。そしてまだ寝息を立てている愛しいお嬢様を眺めながら、考え事にふけるのだった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ