第33話 食べさせて
「なにこれ……美味しそう……凄くいい匂いもするし……」
私のお手製お弁当を見たプリシラが思わずゴクリと喉を鳴らす。それはそうだろう。だって自分で言うのもなんだけど、プリシラがお昼に食べる予定だったパンとは雲泥の差だからね。
私が腕によりをかけて作ったお弁当から放たれている香りは、暴力的なまでに空腹なプリシラの胃袋を直撃しているはずだ。
「いや、て言うか絶対美味しいわよ。見ただけでわかるもん」
当然、料理は見た目も大事だからね。その点もきっちり押さえてありますともっ。
「でしょ? ソラリスだって絶賛してくれたんだから。『私の味に匹敵する出来ですっ……!! これは私の弟子だとしたら免許皆伝クラス……!!』ってね」
実際ソラリスに匹敵するレベルの料理はできるようになったと自負している。本当に大変だったけど。
「あ、わかった。自分で作ったってのは見栄で、ホントはあの子に作ってもらったんでしょ」
「違うわよ。ちゃんと自分で作ったんだから」
「じゃああれでしょ? ちょっとだけお手伝いして、あとはほとんどあの子が、とか」
「だから、下ごしらえから仕上げまで、全部私一人でやったんだって」
「そんなわけないじゃない。だって私でさえ料理なんて全然できないのよ? それなのにあなたほどの家柄のお嬢様が、料理が得意なんてそんなのありえないわ」
それはおっしゃる通りなんだけど、それは1週目での話なんだよねぇ。
1週目での私はこの頃、確かにおタマ1つ触ったことさえなかったけれど、今の私は王宮の厨房で腕を振るっても文句の出ないレベルのはずだ。
「ホントにホント。これは私が作ったのよ。私、実は料理が趣味なのよ」
「ええぇ……?」
明らかに疑ってる感じだけど、目線がお弁当箱に吸い寄せられているのはバレバレだった。
――なのでソラリスの予想通り、ここからが攻め所となる……!!
「さてっ……」
「あっ……!?」
私がそこでプリシラの熱い視線が注がれているお弁当箱に、サッと蓋をしてやると――プリシラが途端に悲鳴じみた声をあげた。
「な、何で蓋しちゃうの!?」
「え~? だってさぁ」
私はニンマリと笑みを浮かべて、焦りを隠せない感じのプリシラを見つめる。
「――『見るだけ』なんでしょ? 『絶対食べない』んでしょ?」
「…………!!」
先ほどの自分の発言を蒸し返されたプリシラが、言葉を失った。
「あ~あ~。せっかく頑張って作ったのになぁ~。残念だなぁ~。いっぱいあるのになぁ~」
「あ……ああ……そ、そんなっ……」
ある意味この前演劇のチケットを破られそうになった時よりも、プリシラは絶望の表情を浮かべている。その表情に心が痛むけど、しかし! ここでも心を鬼にせねばならんのだ!!
「真っ黒こげかぁ~、へぇ~? こんなに美味しそうなのに、全然そうは見えないけどなぁ~」
私はそう言うと再び蓋を開け、そこにプリシラの視線が吸い込まれたのを確認しつつ、おかずを1つフォークで刺してパクリと口に運んだ。
「うんっ! 我ながらいい出来ねっ! これならどんなに味にうるさい子でも満足するはずだわっ」
「っ……!!」
美味しそうに食べる私を見て、その味にうるさいプリシラがゴクリと喉を鳴らす。もうプリシラの頭の中には紙袋の中のパンのことなんて欠片も無いらしく、紙袋がドサリとベンチから落ちたことにも気付いていないようだった。
「――さて、じゃあね、プリシラ。パン、味わって食べてね?」
形勢は完全に逆転し、もはや主導権は我が手の中。一気にとどめを指すため、私がお弁当箱を持ってゆっくりと立ち上がろうとすると――
「ま、待ってっ!!」
プリシラが、私の袖を掴んで引き留めた!!
ヨシ!! 釣れたっ!!
「あれ?? どうしたの? パン食べないの?」
「う、うううっ……こ、このいじめっ子っ……」
「いじめっ子って何のこと? 私はただ、プリシラが『そんなの食べたくない』って言ったお弁当を持って、すごすごと教室に戻ろうとしているだけだけど?」
事実をそのまま告げると、そうなる。別に私、悪いことして無いよね?
「ああっ……もうっ……わ、わかったわよっ………………ご、ごめんなさ……」
「ええ? 何? 聞こえないなぁ?」
私はここぞとばかりにプリシラを追い詰める。こういうの、なんか久しぶりで、その……ゾクゾクするんだけど。これは危ない、危ないわぁ。
そんな私の内心も知らず、服の袖を握り締めてプルプルと震えていたプリシラは観念したように――
「ああっ!! もうっ!! ごめんなさいっ!! 私が悪ぅございましたっ!! だからそれ、食べさせてよぉ!!」
涙目でそう言いながら、頭を下げた。
いや涙目って、そんなに食べたかったの、これ。
でもせっかくだから、この危険な遊びをもうちょっとだけ楽しもう。ちょっとだけ、ちょっとだけね?
「でも~? プリシラにはそのパンがあるんじゃない?」
「ほんと意地悪なんだからっ!! このパンあまり美味しくないのよ!! お腹が鳴っちゃうから仕方なく食べてるの!! 言わせないでよっ!!」
プリシラはそう言いながら片手でお腹を押さえている。もう空腹が限界に近いみたいだ。もうそろそろあの可愛い音が……!! いや、待て、冷静になるんだ私。
「私が悪かったから……謝るからっ……ねっ? だからそのお弁当、食べさせてよっ」
「そこまで言われたら、しょうがないなぁ~」
私の我慢も限界だったし、これ以上つついていたら私の方が暴走しちゃいそうなので、私はストンとベンチに腰を下ろす。
――でも、私の攻めはここらが本番なのだっ!
……正直かなり恥ずかしいけど、これもまたソラリスから授かった策の1つ。もしもプリシラから『食べさせて』という言葉を引き出せていたら、こうする様に言われていたのだ。
「さ、それじゃあ――『食べさせて』あげるわね?」
「うんっ、早く早くっ」
プリシラが期待に満ちた顔で見つめてくるのを横目に感じつつ、私は胸の高鳴りを抑えながらお弁当箱の蓋を開けた。そして私は素材を吟味し完璧な火加減で焼かれた卵焼きに、ゆっくりとフォークを突き立てて――
「は、はいっ……! 『あーんっ』」
「………………へ?」
――プリシラの顔の前に差し出した。




