第32話 その言葉、後悔させてあげるわっ
「ぷ~りしらっ」
「ひゃんっ!?」
人目を忍んで裏庭にやってきていたプリシラに後ろから話しかけると、面白いくらいにビクンとその体が跳ねた。
「な、ななななな!? 何!?」
明らかに挙動不審で、見られたくないとこを見られたって顔をしている。でも調べはついてるんだよねぇ。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
「だ、だってっ……!!」
そこでプリシラは自分の持っているものを思い出したのか、手に持っていた大きな紙袋を慌てて体の後ろに隠した。
え、何その大きさ。それ全部お昼に食べるパンなの……? ていうかさっき食堂でご飯食べてたよね? しかも私達からしたらごく普通の量のやつを。
「な、何の用かしら!? 私これから用事があるんだけど……!!」
その用事ってその袋の中身を空にすること? 私なら3日かかるよそれ。それで何でそんな細いんだと改めてツッコみたかったけど何とか堪えた。
「あ~えっと、立ち話もなんだし、ベンチに座らない?」
「ま、まぁ……いいけど……」
人気が無い裏庭とは言え、騒いでいたらこの前みたいに誰か寄ってくるかもしれないと考えたのか、プリシラは素直に私の言葉に従ってくれた。
プリシラと並んでベンチに腰かけてると、それだけで胸のあたりが暖かくなってくるあたりホント私ってプリシラのこと好きなんだなぁ。
「……それで、何の用なの?」
そんな私の胸のうちなんて知りもしないで、紙袋を自分の体で隠しつつ――全然隠れてないけど――いぶかし気にプリシラが尋ねてくる。
「私、忙しいんだけど……」
このままダラダラ話してたらお腹が鳴ってしまうから、早いところパンをお腹に入れたいって感が満々って顔だ。
つまりここで焦らせばあの可愛い音をまた聞けるかもしれないってことだけど、そうしたらプリシラは絶対逃げ出しちゃうだろうから仕方なく話を進める。
「えっとね、いいものがあるんだけど……」
「いいもの?」
「うん、多分プリシラも気に入ってくれるんじゃないかなって」
「へぇ? いいものってその大きな箱? 何かしら」
多少は興味を引かれたのか、プリシラは私が抱えている大きな弁当箱に視線を向けた。
「実はね……これ、お弁当なの」
「お弁当?」
「しかも、手作りなのよ」
「手作り……?」
プリシラの顔がみるみる明るくなっていく。素直な子だ。でもそこも好き。
「え、って言う事は、もしかしてそれって…………噂のソラリスの手料理!?」
あー、うん。いや、それはそう考えるよね。
だって誰も私が料理できるなんて考えないだろうし、そんな私が手作りのお弁当を持ってきたとなれば、メイドのソラリスに作ってもらったと考えるのも当然だ。
「話には聞いていたけど、ずっと食べたいと思っていたのよ!! 嬉しいっ!! 最高だわっ!! さ、早く食べましょっ!!」
想像より遥かに喜んでいるプリシラだけど、ここで事実を告げたらどうなるだろうか。私は1つ深呼吸をして、それを告げる。
「あ、え~っと、喜んでるとこ悪いんだけどね?」
「え?」
「――これ、私が作ったのよ」
それを聞いたときのプリシラの表情と言ったらもう、さーっと興奮が消えていって、後には虚無しか残っていなかった。
「急にお腹いっぱいになっちゃったわ。さて、教室に戻って予習しないと――」
「待って!?」
次の授業はプリシラの大嫌いな数学だよ!? 絶対嘘だよねそれ!!
「お願いだから待ってよぉ!! 絶対美味しいから!!」
「バカなの!?」
バカなの!? 頂きました~。
「イヤよ!! 絶対イヤ!! そんなの食べさせようとするなんて……!! もう意地悪やめたって言ったでしょ!? アレはウソだったの!?」
「意地悪って、酷くない!?」
「公爵家のご令嬢が戯れに作った料理を人に食べさせようとする方が酷いわよ!? そんなのまず自分の可愛いメイドに食べさせなさいよ!!」
「あ、もう食べてもらったよ」
とても美味しいって言ってた。でも私がそれを告げると、プリシラは明らかにドン引きした感じで後ずさりをする。
「ウソ……信じられない……私、冗談で言ったのに……あなた、本当にそんな酷いことをしたなんて……最近少しは見直してきていたのに……! 鬼なの!? 悪魔なの!?」
「そこまで言う!?」
あんまりじゃない!? 流石に泣くよ!? 私でも!!
「ああっ……可哀そうなあの子……でも、こんな酷い仕打ちにも耐えるなんて、これも愛のなせるわざなのね……」
「もしも~し?」
なんかプリシラ、自分の世界に没頭してるんですけど。それからしばらくブツブツ言っていた彼女はゆっくりと顔をあげると、憐れむような目で私を見据えてきた。
「――さて、じゃあ私は教室に戻るわ。……ちゃんと責任取って看病してあげるのよ?」
「ソラリスならピンピンしてますが!?」
ぽんぽんとスカートのお尻を払って立ち上がるプリシラの顔は、明らかに私に対する評価が落ちてるって顔だった。
いかん、このままでは非常にまずい!! このまま帰すわけにはいかない!!
「待ってよ!! とりあえず見るだけでも!! ね!? ね!?」
「イヤよ!! 絶対真っくろ焦げでしょ!! それでもあの子なら喜んで食べそうだけど……私は絶対イヤっ!!」
「そんなことないから!! お願いお願いお願いっ!!」
「……ああっ、もうっ……私お腹すいてるのにっ、そんなの見たら食欲も引っ込んじゃうわよっ……」
「そんなことないから! ねっ!? 絶対美味しいからっ!!」
必死に食いすがる私に根負けしたのか、イヤイヤって感じでプリシラがベンチに戻る。よしっ!! これでこっちのものだ!!
「はぁ……見るだけだからね? 絶対食べないから」
そんなことを言っていられるのも今のうちだと思うけどなぁ~?
「ふっふっふ、その言葉、後悔させてあげるわっ……」
「いや、絶対しないから」
ほんとかな~? じゃあ目にもの見せてやろうじゃないか。
私がゆっくりと弁当箱の包みをほどいていくと、それを恐る恐るって感じで見ているプリシラは、まるで悪魔の封印を解いてる魔女を見るかの如くだった。
「――そらっ!!」
「ひっ……!!」
そして弁当箱の蓋を開けたら――プリシラってばそれこそ悪魔が中から飛び出したかのように顔を手で覆って身をすくめてしまった。ほんと失礼ね!
いや、気持ちはわかるけど。だって私がプリシラの立場だったとしても同じリアクションするだろうし。でもそれ、直ぐに後悔させてあげるから。
「…………」
しばらく防御態勢だったプリシラだけど、それでも好奇心に負けたのか匂いに釣られたのか、プリシラはその手の隙間からこっそりと弁当箱の中身を窺い……
「え」
――絶句した。




