第31話 お弁当作戦
「う~ん、どうしたらもっとプリシラと仲良くなれるかしら……」
「そうですねぇ……あ、はい、お嬢様、あーんっ」
「あーんっ」
私はソラリスが『あーん』してくれたクッキーをパクリと食べる。
「美味しいですか? お嬢様」
「ええ、やっぱりソラリスの焼いたクッキーは最高ね」
「えへへ~。おほめ頂き恐縮ですっ。ささ、もう1個どうぞ。はい、あーんっ」
「あーんっ」
私は自室でくつろぎながら、対プリシラ用の作戦会議を行っていた。議題は勿論、「どうやったらプリシラと仲良くなれるか」だ。
お茶受けのお菓子はソラリスが焼いてくれた特製クッキーで、実に美味である。
「私ばっかり食べさせてもらってたら悪いわよね、ほら、あーんっ」
私もクッキーをつまんでソラリスに差し出してあげると、ソラリスは顔いっぱいの笑顔を浮かべた。
「お嬢様っ……ありがとうございますっ! 身に余る光栄ですっ……では遠慮なくっ……」
「ふひゃっ!?」
距離感を間違ったのか、ソラリスは差し出した私の指ごとパクリとくわえてしまった。んもうっ、くすぐったいっ。
「えへへ、ごめんなさいお嬢様、間違っちゃいました」
「そそっかしいわねぇ、ソラリスは。私の指なんて食べても美味しくないわよ?」
「そんなことありませんっ! とても美味しゅうございましたっ!!」
「もう、冗談が上手いんだからっ」
「冗談ではないんですけどねぇ……」
ソラリスはちょっとむくれているような、照れているような何とも言えない顔をしている。
「――さて、思いがけないご褒美も頂いちゃいましたし、ここでとっておきの策を授けましょう」
「おっ! 待ってましたっ!!」
特にご褒美ってつもりも無かったんだけど、ソラリスがいいならそれでいっか。私はじっとソラリスの次の言葉を待つ。
「それは……」
「ごくり」
「『お弁当作戦』です!!」
「『お弁当作戦』!?」
腰に手を当てて「ふんす」といつもの決めポーズを決めて見せたソラリスが、自信満々にその詳細を話し出す。
「いいですか、お嬢様。プリシラは演劇が大好きですが、それと同じくらい食べることが大好きです。よって、食べ物も物凄く効果的なのですっ!!」
「な、なるほどっ!」
「言葉は悪いですが、いわゆる餌付けですね。胃袋を掴んでしまえばこっちのものってわけですよ!!」
「確かに!!」
私はその素晴らしい策に相槌を打つ。
「しかも大食いのプリシラは人目を気にして食堂ではお腹いっぱい食べることもできず、追加でこっそりと購買のパンを買って人気の無い裏庭で食べているんです。でも、うちの学園って食堂のご飯は美味しいんですが、購買のパンは正直……」
「あんまり美味しくないって聞くわよね」
「そうなんですよ。味にうるさいプリシラからしたら、かなり辛いはずです。そこで! プリシラに美味しいお弁当を差し入れてあげれば、感謝されるばかりかランチまでご一緒できると言う寸法なのです!」
「なにそれ、最高じゃない!」
「ふふん、でしょう?」
ソラリスは自慢げに笑っている。この顔をしている時のソラリスは本当に可愛い。
「幸いなことにこの学園には、メイドがお仕えするお嬢様に料理を作るための厨房が用意されているので、お弁当を作るのは簡単です。私もよくここでお嬢様にお料理作ってますし」
「ソラリスのご飯、美味しいよね~」
「ありがとうございますっ」
ちなみに、プリシラはお付きのメイドが付いてくるほどの爵位ではないので、空腹を満たすため人目を避けて購買部のあまり美味しくないパンを食べるしかないってのが現状なのだ。爵位が低いとはいえ貴族令嬢であるプリシラは、料理なんてできるわけがないし。
「以前のプリシラならお嬢様からの差し入れなんて完全に拒絶していたでしょうが、悔しいことに――おほん、失礼」
「今悔しいって――」
「気のせいです」
そっか、気のせいか。
「喜ばしいことに、デートをしたりお勉強を見てあげたりしたことで恐らくですが、『素晴らしい出来のお弁当なら、押せばギリギリ受け取ってくれるかな……?』くらいには好感度は回復していると推察します」
「おおおお……」
これまでの努力の賜物ね! でも未だに『素晴らしい出来のお弁当で押せばギリギリ』レベルなのね……道は遠いなぁ。
「そういうわけで、まぁ、正直あんまり気は進まないのですが、この不肖ソラリスがプリシラのお弁当を用意しましょう」
メイドとしての技能を完璧に叩き込まれているソラリスは料理の腕も天下一品で、その腕前はこの学園にいるコックさんですら比較にならないって噂は学園中に広まっている。
そして私の専属メイドであるソラリスの料理を味わえるのが私だけという事も相まって、『ソラリスさんの料理、一度でいいから食べてみたい』というのは生徒たちの切なる願いとなっているらしかった。
つまり、『素晴らしい出来』を遥かに超えるソラリスの料理なら、味にうるさいプリシラでさえ満足させることは間違いないのだ。
しかし、しかし――だ。
「えっとさ、それなんだけど……」
「はい? 何ですか?」
「私の手料理じゃ……ダメかな?」
「……………………えっ」
ソラリスは、なんと言って誤魔化そうか必死で考えてるのが丸わかりって顔をしていた。
「え、あ、あの……そのですね? 私でしたら、お嬢様が私のために作ってくれたお料理なら、例え消し炭でも、お腹を壊すと分かっていても喜んで頂戴いたしますが……」
酷くない? いや、それでも食べるって言ってくれてるから酷くは無いのか。
「食べるのが大好きで、なおかつお嬢様を未だに苦手に思っているプリシラにそんなモノ出したら……間違いなく『バカなの!?』が返ってきますよ」
言いそうだ。でも、そうはならないのだよ。
「ふっふっふ、私の料理の腕を知らないのね?」
「いや、存分に知ってますが。だってお嬢様、お鍋どころかおタマさえ握ったことありませんよね?」
失礼なっ。でも確かに『この時代の私』は料理なんて全くしたことがない。何せ自分で言うのもあれだけど、私はいわゆる深窓の令嬢ってやつだったから。
しかし、今の私は80過ぎまで生きて、そして過去に戻ってきているのだよ!更にプリシラを想う以外することも無かった私は、その長い人生でソラリスから徹底的に料理も習っていたのだ!!
つまり……!!
「そこまで言うんなら、今から見せてあげましょう」
「あ、ちょっと待ってください、家に伝わる秘伝の胃薬を取ってきますので……」
「ひどぉい!」
「冗談ですよ、勿論薬に頼ることなく、かじらせて頂きます」
消し炭が出てくるのは確定だと思っているな、こいつ。だが見てなさい? 絶対驚くんだから。
「……美味しい……え? えええええ!?」
厨房に連れてこられて覚悟を決めている感じだったソラリスは、直ぐに私のあまりに良すぎる手際に度肝を抜かれていた。
――そして食べての感想はご覧の通りだ。
「――な、なんで!? しかもこれ、私の味付けそのまま……!! 私、お料理なんて教えてませんよね!?」
それはね、1週目の私がソラリスから免許皆伝を貰うまで、血のにじむような努力をしたからなのよ。何せ時間は腐るほどあったし。
「さ? これならどうかしら?」
「か、完璧です……これならプリシラでも確実に食いつくでしょう……」
何か魚みたいな言い方だなって思いながら、私は明日の仕込みを開始するのだった。




