第30話 先生
「うわぁ……流石というか何と言いますか……」
壁に張り出された成績上位者の一覧を前に、私の横にいるソラリスが感嘆の声をあげた。
「またしてもお嬢様の総合トップ……私とプリシラのお勉強を見ながらこの余裕っぷり、ホント凄いですね」
「余裕でもないんだけど」
文武両道は家訓でもあるし、私は公爵令嬢としての務めを果たしただけだ。それに2人に教える傍ら自分の勉強にも手を抜かなかったし、そもそも2週目だからね、私。
「そういうソラリスこそ、しっかり上位に食い込んでいるじゃない」
「それこそお嬢様のおかげですよ。後でいっぱいお礼をさせてくださいねっ」
ソラリスはそう言うと私の腕に抱きついて、そのたわわなものを押し付けてくる。なんて羨ましい大質量なんだろうか。何度も思うけど、少し分けて欲しい。
「お礼?」
「ええっ、その……お嬢様さえよろしければ、また膝枕をさせて頂きたいんですけど……この前はご褒美でしたけど、今度はお礼として……」
ソラリスが潤んだ上目遣いで私を見つめてくる。とても愛くるしい姿だ。
「えっと、その、前にして差し上げたときにぐっすりお休みされてましたので、気持ちよかったのかなって……ダメですか……?」
早口で懇願する様にまくし立てているけど、それを私が断るなんてありえないよね? だってソラリスの膝枕最高だったもん。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
「い、いいんですか!?」
「もちろんっ。放課後が楽しみだわ」
「ああっ……お嬢様っ……」
背伸びしながら私を見つめてくる、可愛いソラリスの頭を撫でてあげていると――
「――ねぇ」
後ろから声をかけられた。
「え……? ぷ、プリシラ……!?」
プリシラが私に話しかけてくるなんて!? しかも人前で!? どういうこと!?
「あなた達、やっぱり付き合ってるんじゃないの……?」
そんな私の困惑をよそに、プリシラは私と、その私の腕に抱きついて頭を撫でられているソラリスを交互に見てからそう言った。
「え、違うけど?」
ソラリスは私の可愛い妹みたいなものだ。それに私が愛しているのはあなただし。
「ふぅん?」
「むぅっ……」
プリシラがちらりとソラリスに視線を向けると、そのソラリスが私の腕を抱きしめている腕の力を強めたのか、腕にかかるムニュリとした圧力が高まる。
「……まぁいいけど、それよりも……」
プリシラは腕を組んで、胸元まで垂れた美しい金髪をいじりながら――私の勘違いでなければ――やや顔を赤らめて、その口をゆっくりと開いた。
「…………あ、ありがとねっ」
「え」
唐突な『ありがとう』に、私は思わず固まってしまう。
「いや、その顔は何よ……先生」
「先生!? それどういうことですかお嬢様!?」
ソラリスが背伸びまでして、それはもう凄い剣幕で食いついてきた。
「あれ? 言ってなかったっけ? プリシラって私が勉強を教えてあげている間は、私のことを先生って呼んでるのよ」
「ん、まぁその、教えてもらってる立場なわけだし……こういうのは礼儀として、ね」
ちょっと口を尖らせて喋るプリシラ、可愛い過ぎる。
「聞いてませんよぉ!! 何それずるいです!! 私もお嬢様のこと先生ってお呼びしたいです!!」
「え、じゃあ次からソラリスもそうする?」
「はいっ!!」
力強い返事だった。その腕にかかる力もまた力強い。
「えへへ~。じゃあ先生、次の試験の時もお願いしますねっ」
「こらこら、勉強は毎日の積み重ねが大事なのよ?」
「はぁ~い」
私に撫でられて目を細めるソラリスを、プリシラがなんか考え込むような感じで見ていた。
「これで付き合ってないって、そんなのアリ……? でもまぁいいもの見れたし、ま、いっか……」
なんかブツブツ言ってるみたいだけど、よく聞き取れない。なんか心なしかにやけているように見えるのは気のせいだろうか。
「あ、それでプリシラ、ありがとうって何?」
「いや、このタイミングでありがとうって言えば、試験の成績のことに決まってるでしょ?」
「それは確かに」
その通りだった。ということは、良い結果だったんだろうか。というか私があれだけ精魂こめて教えたんだ。良くないと流石にへこむ。
「で、良かったの?」
「ええ、過去1番の出来だったわ。これならお父様も文句は言わないはずよ」
プリシラはそう言いながら胸を自慢げに逸らすと、その見事なものがゆさっと揺れた。羨ましい……私も揺らしてみたい……
「これもあなた……じゃなくて、先生の教えのおかげね、感謝してるわ」
「試験も終わったんだし、もう先生って呼ばなくてもいいんじゃないですか?」
ソラリスがプリシラにツッコミを入れる。何故か少しだけ言葉にトゲがあるような気がするんだけど、私の勘違いかな。
「まぁ、それもそうなんだけど、試験結果が発表される今日まではいいかなって」
「ふぅん、そうですか。でも私はこれから毎日お勉強を教えてもらいますからね~。ね、先生っ?」
「え、ソラリスそんなやる気なんだ? よ~し、今日からビシバシ行くからね?」
「はいっ、先生っ!」
ソラリスが嬉しそうにぴょんと跳ねた。可愛い。
「……ま、いいけど。じゃあね」
プリシラはそんな私達をじっと見た後、くるりと踵を返して歩いて行く。
「あっ……」
もうちょっと話していたかったけど、周りの注目も集まってきていたし仕方ないかなぁとか思っていたら、私の想いが通じた――わけではないだろうけど、プリシラがくるりと振り向いた。
「ああそうそう、言い忘れてたけど……」
ふわりと揺れる髪に私が目を奪われていると、彼女はイタズラっぽく微笑んだ。
彼女が私に微笑んでくれるなんて! そんな気分になるほど成績が良かったんだろうか。でもどちらかと言うと私よりソラリスの方を向いてるような?
「これで次、成績がガタ落ちしたらお父様に怒られちゃうし……また試験前はお願いしてもいいかしら?」
「え、あ、も、勿論っ!!」
私としてもまたプリシラとあんな近くでおしゃべりできる約束ができるなら、願ったりかなったりである。……しかし、しかしだ。
「できれば普段から勉強しておいてもらえると、私としてもやりやすいんだけど……」
「数学以外はやってるわよ。でも数学だけはダメなのよ。それにあなたの教え方凄く上手いんだもん」
プリシラから『上手い』って言われると、なんでこんなに嬉しいんだろうか。なんか胸のあたりがふわふわする。
「それじゃ、またお願いするわね……先生?」
「う、うんっ……」
プリシラはそう言うと、今度こそこちらに背を向けて去っていった。私は窓から差し込む光でキラキラと輝く彼女の金髪が見えなくなるまでそれをじっと見送る。
「んむぅぅ~~っ」
そしてソラリスは、なんか釈然としない感じで唸り声をあげていた。




