第28話 ダメなわけないよ!?
「んっ……あ~、つっかれたぁ……」
「お疲れ様っ」
勉強もひと段落付いて、私達は喫茶室で休憩していた。この喫茶室は図書館の隣に設置されていて、勉強に疲れた学生たちにひと時の安らぎを与える空間だ。
もっとも、休憩後即お勉強を再開できるように、という学校側の意図が見え隠れしているような気がしてならないけど。
「いや、でも本当に助かったわ。今日1日でかなり分かった気がする」
「それは良かったわ」
不思議なことに教えている間の記憶はほとんど無いんだけど……それでもなんか上手く教えることができていたらしい。実に不思議だ。
「でも、まだまだこのままじゃあ赤点まっしぐらだからね? 明日からもビシバシいくからそのつもりで」
「ひぇぇ……手加減してよね……」
プリシラはしゅるしゅるとしぼんで机に突っ伏した。
でも教えてて分かったけど、どうもプリシラってしっかり勉強はしていたみたいなんだけど、どうもその努力の方向が間違っていたらしくて、これからはしっかり方向性を定めて教えてあげたら多分何とかなるだろうな、とは思った。
「テストまで毎日私が教えてあげるからね?」
「ううう……お願いするわっ……」
しっかりと毎日の約束も取り付けることができたし、私は内心ウキウキで紅茶を一口飲むと、上質な茶葉から丁寧にいれられたことがわかる香りが鼻をくすぐった。
「ああっ……疲れた頭に甘いものが染みるわっ……」
喫茶室はお茶の他に甘いお菓子も出してくれるので、テーブルの上にはお茶と小さなケーキが1つずつ並んでいて、プリシラはちまちまと良く味わうようにしてケーキを口に運んでいる。
「それだけでいいの? もっと食べたいんでしょ?」
「そ、そうだけどっ……でも、こんな大勢生徒がいる中で食べられないわよっ、意地悪っ」
プリシラが抑えた声で抗議しながら、私にキッと目線を向けてくる。可愛い。
こんな細い見た目なのにかなり大食いな彼女だけど、普段は人前でいっぱい食べることを恥じらって我慢しているってとこもまた可愛い。
「そりゃ、本当はこんなんじゃなくて、ホールで丸ごと食べたいわよっ。お腹すいてるし」
「ほ、ホールって……」
ケーキを丸ごと食べたいとか、どんだけだって思う。しかもそれでその細さってどうなってるんだホント。
「それだけ食べて太らないの……?」
「え? 全然。私食べても太らない体質だから」
「……」
ふぅ~ん? そんなこと言われると、久しぶりに意地悪したくなっちゃうなぁ~? 私が普段どれだけ抑えて食べてると思っているのだ。
そう言えばソラリスもそこそこ食べる方だけど全然太ってない。むしろお胸はすくすくと育っている。プリシラのお胸もなかなか立派なものだし、やはり秘密は胸なのか……? 世の中不公平だ。
「ふふっ、それにしても」
「え?」
「あなたとこうして一緒にお勉強をして、お茶まで飲んでるなんて……春先には全く考えて無かったわ」
それは、そうだろうねぇ……前世の私達の仲は、この辺りの時期からそれはもう酷いものだったし。
そう言えば、『この辺りの時期』と言えば、1つ気になっていることがあった。……プリシラが前世で結婚した子爵の跡取り息子、その彼とプリシラが急速に仲良くなっていったのが、確かこの辺りの時期だったはず。
そのきっかけは……山小屋での私の過ちでプリシラがひどく傷つき、その傷ついたプリシラを慰めるという形だった。
でも今回は山小屋での過ちは回避したからそのきっかけは潰したはずだ。それにソラリスからの報告でも、彼とプリシラが接触しているという報告は無い。ということはまだ大丈夫なはずだけど、それでも運命の収束を考えると確認しておきたかった。
「そう言えば、勉強を先生以外から教えてもらうのって私初めてかも」
「そうなんだ」
プライドの高いプリシラらしい話だ。……あれ、でもこれは、この話の流れならいけるかもしれない。私は不自然にならないようにそっと話を切り出す。
「初めてと言えば、デートしたのも私が初めてだったのよね?」
「言わないでよ……」
プリシラがややげんなりしたような表情を見せた。いや、そんな顔しなくても……まぁ仕方ないけど。
「で、でも意外よね~。プリシラ可愛いのに、そういう相手とかいないの?」
「え?」
「いやほら、仲良くしてる相手とか、その……お付き合いしている人とか、いないのかなって」
正直こんな踏み込んだ話をする仲ではないことは分かっているんだけど、どうしても今聞いておきたかった。手遅れにならないよう、情報は常に仕入れておかないとね。
それに恋バナが嫌いな女の子はいないはず……!! 私はそれに一縷の望みをかけ――
「そう言うあなたはどうなのよ?」
――食いついた! プリシラはやや興味を引かれたような顔をしているし、やっぱり恋バナはいつの時代でも女の子に有効なようだ。
「私?」
「あなたが言うなら、私も言うわ」
「いや、私は全然、そう言う話は全く無いわ」
親からは夜会とかのたびに殿方を紹介されたりしてきたけど、どうしても興味が持てなかったのだ。その理由が目の前のプリシラに恋をしていたからとは、当時の私は全く気づいていなかったけど。ほんと大バカである。
「へぇ、公爵家のご令嬢が意外ね」
「ま、まぁね……そう言うプリシラはどうなの?」
私はゴクリと息を呑み、プリシラの言葉を待つ。すると彼女は口をへの字にまげて、髪をいじりつつ渋々って感じで口を開いた。
「……て言うか、初デートがあなたって時点で察してよ……」
「え、つまり……?」
「いないわよ。あいにくとね」
私は飛び上がって叫び出したいのをグッと堪えた!
やった!! 運命はちゃんと変わっている!! これも私の努力の結果だと信じたい!!
「ほ、ホントに?」
「ホントよ。こんなので見栄張ってどうするのよ」
「あ、じゃあ、その……子爵家の彼は? 何か知り合いって聞いたけど……」
「子爵家……? ああ、グラーク家のあの人? 良く知ってるわね。別に、ただの知り合いよ。お父様から夜会で紹介されて、それだけ。それがどうしたの?」
よし!! よしっ!! 全然仲は深まっていない!!
「べ、別に~? そっかぁ、プリシラもそういう相手いないんだ~? へぇ~?」
「何でそんな嬉しそうなのよ……私に恋人がいないのがそんな嬉しいの?」
「うん!! 凄く嬉しい!!」とは流石に言えない。そんなこと言ったらプリシラ、ブチ切れそうだし。
「ま、まさかぁ、そんなことないよ?」
「……まぁいいけど」
やや釈然としないって感じのプリシラは、ケーキをぱくりと口に放り込んでゆっくりと味わい、そして紅茶を飲み干してから私に向き直った。
「……さて、続きをしましょうか?」
「お、頑張るわね、プリシラ」
「当然よ。だってどうしても赤点を取るわけにいかないんですもの」
プリシラは握りこぶしを作って、その決意を表す。どうやら本気でお仕置きの仕送り減額を回避したいらしい。そんなに食べ歩きが好きか。いや、好きなんだろうなぁ。
そんなことを考えていた私は、
「……じゃ、その、またよろしくお願いするわね…………先生っ……」
「……!?」
プリシラからの不意打ちで思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。
何、今の!? 私の聞き間違い!? でもどうも聞き間違いにしてはプリシラの顔が赤い。
「い、今、先生って言った?」
「だって……あなた本当に教え方上手いんだもの……だから、その、敬意を表して……ダメかしら?」
プリシラが恥ずかしそうに髪の毛をいじっている。これは彼女が恥じらった時に見せる癖で、それはもう猛烈に可愛い。というか可愛さで私が失神しそう。
「ダメなわけないよ!?」
先生……先生……!! プリシラが私のことを先生だって!! なんて素晴らしいんだろう!!




