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第27話 顔がいい

 私達は手を繋いだまま、図書室までやってきた。方向音痴のプリシラにわからないようにちょっとだけ遠回りをしたのはナイショだ。だって少しでも長い間、手を繋いでいたかったし。


「結構人、いるわね……」

「それはまぁ、試験が近いからねぇ」


 律義に手を繋いだままのプリシラは、周りから好奇の目で見られているのを自覚しつつ私の手を引いて、部屋の隅の方にある自習机を選んで腰を下ろした。


「ほら、座りなさいよ」

「あ、うん」


 私は名残を惜しみつつプリシラの手を離して、その隣に座る。でもこうしてプリシラと並んでお勉強できるなんて、今でも夢みたいだ。念のため確かめておこう。


「……何してるの?」

「いや、ちょっとね」


 突然頬をつねり出した私を、プリシラが妙なものを見る目で見ている。


「……まぁいいわ、それじゃあ始めましょうか」


 学園で今噂の真っただ中にいる2人が、仲良く手を繋いでお勉強をしに現われたことで図書室内はざわついているけど、それを気にしていても仕方ない。だってプリシラの現状かなり不味いだろうし。


「えっと……よろしく……お願いします」

「え、あ、うん」


 なんて考えていたら、プリシラがぺこりと頭を下げてきた。こういう点、ホント律義な子よね。

 そして私達はお勉強を開始した――



「それで、ここにはこの公式を代入すればいいのよ」

「なるほど……」


 私達の座っている机の周りには、私達に遠慮してくれたのかほとんど人はいなかったので、控えめながら声を出して教えることができていた。

 いや、遠慮も何も、全然そう言う関係でもないんですけどね?


「それでね、こっちはここをこうして……」

「ふむふむ……」


 私の話を素直に聞いてくれるプリシラの姿に内心で感動しつつ、私は彼女と2人っきりでのお勉強という至福の時間を堪能していた。

 なにせこの前のデートで演劇を見たときよりも距離が近いのだ。狭い自習机に2人で向かい合ってることもあって、ほとんど肩を寄せ合うようにして座ることになり、おかげで時折プリシラのいい香りが漂ってきて頭がクラクラとした。

 『プリシラの香り』って香水があったら作っているお店ごと買い占めるだろうってくらい素晴らしい匂いで、いつまでもいつまでも嗅いでいたくなるほど心地よく――


「ねぇ」

「ひゃっ!?」

「ど、どうしたの?」

「な、なんでもないわよっ?」


 まさかあなたの香りでボ~っとしていたなんて言えるわけがない。


「変な子ねぇ……でも、それはそうと、あなた教え方ホントに上手いのね」

「そ、そうかな」


 どうやら疲れてきたっぽいプリシラが雑談を始めてきた。とは言え今日のノルマは消化してないからまだまだ解放する気はないけど。

 だって教えてみてよくわかったけど本気でやばいもん、この子の現状。まず基礎から叩き込むしかない。これはなかなか頑張りがいがあると言うものだ。


「そうよ。先生の話よりよっぽど分かりやすいわ。あなた、教師になったらいいんじゃない?」


 そんなにかぁ、でも好きな人から上手いって褒められると何だか知らないけど凄く嬉しいよね。


「でも、そうもいかないか……何せ公爵家のご令嬢だものね」

「ん、まぁ、そうね……」

「きっと素敵な殿方を旦那様にして、跡を継ぐ定めでしょうし」


 そのつもりは一切無いけどね。それが貴族の家の跡取りに生まれた者の宿命とはわかっていたけれど、それでも私は前回の人生で一切を放棄して隠遁することを選んでいた。

 何故なら、あなたと一緒の人生を歩めなかったから。そんな人生に価値は無く、貴族も家もどうでも良くなっていたから。


「……将来はどうなるかわからないわよ」

「でもあなたほど高い身分じゃ、取れる選択肢なんて逆にほとんど無いと思うんだけど……」

「それはまぁ、その通りね……」


 身分というのは高ければ高いでその身を縛ってしまうということも、私自身よく分かっている。それでも私は、あなたと生きていく人生をつかみ取りたいと思っているんだけど。


「……あ、えっと、話が逸れたわね、それで、ここの部分なんだけど……」

「どれどれ?」


 またぼ~っとプリシラの事を考えていた私が、彼女が指さした箇所を覗き込もうとすると――


「きゃっ!?」


 私からぐっと距離を詰められたプリシラが、思わず席を立って私から離れた。


「――え、あ、ご、ごめんっ」

「あ、いや、こちらこそ急にごめん……」


 ……そうだよね。

 プリシラは嫌いな私とイヤイヤながら勉強しているんだし、そんな私が急に覗き込んできたらそれはイヤだよね。わかってはいたけれど、私はそれでもシュンとしてしまう。


「…………? あ! いや、違うのっ、その、あなたがイヤとかじゃなくて……いや、あなたのこと、まだ苦手なのは事実なんだけど、それでも今のは違うのっ……」

「???」


 私がシュンとしてしまったことに気付いたのか、声を抑えながら早口でまくし立てるプリシラに私は戸惑う。じゃあ何で離れたんだろう。嫌いな私に近づかれたから反射的に離れた。それ以外にあるんだろうか。


「だから、その……えっと……」


 私は椅子に座ったまま、彼女の言葉を待つ。そして彼女は「言いたくないんだけど……でも、そんな顔されたらね……誤解させるのも悪いし……」なんてごにょごにょ言いながら、渋々って感じで言葉を続ける。


「…………その……顔がいいから……」

「………………は?」


 そして返ってきたのは、全く予想外のものだった。


「だから、あなた……か、顔はいいんだもん。そんな顔で急に近づかれたら、いくら苦手でもビックリするわよっ……」


 プリシラの声は、彼女の赤い顔と反比例するようにドンドン尻すぼみになっていく。


「えええ!?」


 彼女が、私の顔を褒めている!? これは何!? 私、明日死ぬの!? それくらい幸せなんですけど!?

 頬を両手で挟みながら驚く私に、プリシラが呆れたような顔をしながら告げる。


「あのね……もうちょっと自覚しなさいよ。あなた、顔だけはほんと可愛いんだから」


 いや、若いころの私が結構可愛いってのは知ってはいたけど、それでも私からしたらプリシラが世界一可愛いんだけど。ちなみに2番目はソラリスだ。


「まぁその分性格が最悪で…………いや、最近はかなり、いや凄く良くなったけど……まぁある意味それ以上に変になってるけど……あれ、こうなると欠点が無いような……」


 プリシラはブツブツ言いながら、髪の毛をいじりつつ席に戻ってきた。


「…………まぁいいわ、とにかく、違うから。いいわね?」

「あ、うん……」


 わたしはまだまだ夢見心地で、ふわふわしていた。


「じゃ、続きをお願いするわ」

「うんっ……」


 そのせいか、それからしばらく勉強を教えていたはずなんだけど、その間の記憶は全くと言っていい程、残っていなかった……


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