第25話 助けに来たのよ
「ねぇプリシ――」
「っ……!!」
放課後を見計らって廊下を歩いていたプリシラに話しかけたら、そのプリシラは脱兎のごとく逃げ出した。
「ちょ……!! 待ってよっ!!」
「なっ!? 来ないでよぉっ!!」
人をよけながら逃げていくプリシラだけど、彼女はお世辞にも運動神経のいい方とは言えない。その足取りがもたついている間に、私はぐんぐん距離を詰める。
「速っ……!?」
「逃げないでよ、プリシラっ、話があるんだってば」
「私は無いわよっ!」
追い抜いて通せんぼをされたプリシラが、息を切らしながらなんとか逃げ道を探っている。しかし彼女の足では私から逃げ切るのはどうやっても不可能だ。
「お話ししましょ? ねっ?」
「だ、だから、今あなたと話なんかしてたら、噂が……」
そう言いながらプリシラは周りを伺うと、既に周囲には野次馬が集まってキャーキャー言っていた。もう手遅れである。
「ほらぁ!?」
「えっと、人気の無いとこに行きましょ? ね?」
「ううぅ……仕方ないわねっ……」
逃げ切れないと悟ったのか、それともこのまま注目されていても事態は悪化するだけと思ったのか、プリシラは私の申し出を渋々受けてくれた。
「……あなた、足速すぎ……!! どう見てもお嬢様の足じゃないわよ!? 国体でも狙えば!?」
人気の無い中庭に移動して、プリシラがまず口にしたのはそれだった。
「いや、お嬢様って、そう言うあなたもれっきとしたお嬢様じゃない」
「公爵令嬢とは格が違うわよ!! ……ああもうっ、それはともかく……」
ともかくなんだ。
「話って何なの? さっきも言ったけど、今私達が話なんかしてたら周りがどう噂するかくらいわかるでしょ?」
「うん、まぁ」
学園の噂的には、もう私達は完全に付き合っていることになっているのだ。女の子同士って事と、自分で言うのはアレだけど私とプリシラでは爵位が天と地という事も相まって、その道ならぬ恋の噂に周りが注目しきりというわけである。
この時代、まだまだ女の子同士のお付き合いとか結婚とかは珍しい方に入るからねぇ。
「……ねぇ、一応確認するけど、一連のこれ、あなたの新手の意地悪ってわけじゃないのよね? いや、そうじゃないってのは、あなたが山小屋で覚悟を見せてくれたことでわかってはいるけど……それでも現状があんまりにもあんまりだから」
「いやいや、それは無いってば。私がプリシラに意地悪するなんてもうあり得ないから」
「そう……いや、それならいいんだけどさ……」
プリシラは何とも釈然としない顔をしている。
「それに手を握って学園まで帰ってきて、噂を決定的にしたのはプリシラでしょ?」
「そ、それは、約束だったから……!!」
プリシラの約束は絶対に守るという律義さが、この現状を招いたとも言える。だって私、こんなの予想してなかったもん。
「はぁ……まぁ、確かに私のせいでもあるのよね……」
「うんうん」
「ただ事実なんだけど腹も立つのよ」
「うんうん」
「だ、だって……!! 私がよりによってあなたと付き合っているなんて……!!」
「うんうん」
「あなたさっきから『うんうん』しか言ってないわよ!? ……それより話って何なのよ」
大きくため息をつきながら、プリシラがどっかとベンチに腰を下ろす。どうやら話を聞いてくれる気になったようだ。
「えへへ……」
「何で隣に座るのよ……まぁ、いいけど……で、何?」
「あ、うん、それなんだけどね?」
私は1つ深呼吸をして、隣のプリシラの匂いを堪能し――じゃなくて、呼吸を整える。
「えっと、プリシラ?」
「だから何よ」
「……もうすぐ中間試験だけど、大丈夫?」
「……!?」
まさかそんなことを言われると思ってもいなかったのか、プリシラがぎょっと目を見開いた。
「し、試験!?」
「そう、試験」
「そ、そんなの、別にどうという事も――」
ウソだね。もうとっくに調べはついてるんだよねぇ。
「特に……そうだなぁ……数学とか?」
「んなっ……!?」
「どうなの? プリシラ?」
「だ、だから、何の問題も無いに決まってるじゃない……!! 何を言うのかしら!?」
精一杯の虚勢を張るプリシラだけど、ソラリスが調べてくれたデータの前では虚しいものだ。私は一気に追い詰めにかかる。
「ふぅん? 昨年末の試験で38点だったのに大丈夫なんだぁ? さぞかし勉強したんだろうねぇ?」
「……!!!! な、何でそれを……!!」
「確かに勉強はしてるみたいだけど……次の試験範囲はプリシラが特に苦手なとこだよね? 本当に大丈夫なのかなぁ?」
「だ、大丈夫に……決まってる……じゃなぃ……」
その言葉は尻すぼみにしぼんでいく。たぶん自分が一番まずいってことを理解しているんだろう。だってプリシラの学力が前回と大して変わらないなら、待っているのは19点という致命的な点数、そして実家からの大目玉と仕送りの減額という未来だ。
「ちょっと聞いちゃったんだけどさぁ? 次赤点取ったら……大変なことになるんだって?」
「何で知ってるの!?」
それは調べたからねぇ、ソラリスが。
「仕送りが減らされちゃったら、大好きな食べ歩きも少なくなっちゃうかもねぇ」
「そこまで知ってるの!? あなた色々詳し過ぎない!? ちょっと怖いんだけど!!」
好きな相手のことなら何でも知りたいと思うものなのよ。
「さ、どうするの? プリシラ?」
「ど、どうするって……勉強するしかないじゃない……」
「ふぅん? それで何とかなるの?」
「だ、誰かに教わるって手もあるし……」
「あなたのお友達、数学得意な子いたかしら?」
「うぐっ……」
プリシラのお友達はみんな文系お嬢様タイプで、数学が得意な子は皆無だともう調査済みなのだよ。
「だ、だから何なのよ!? 私が悪い点を取るのを笑いに来たの!? あなたさっき、もう意地悪しないって言ったのに!!」
「だから、誤解よ。私はね、あなたを助けに来たのよ?」
私は両手を広げて、プリシラに向き直る。
「助けに……?」
「そ、ちなみに、私の順位は知ってるかしら?」
「……学年主席でしょ? それも全科目……。何? 自慢しに来たの?」
「だから、助けに来たって言ったでしょ?」
プリシラはまだ事態が飲み込めてないって感じだ。無理もないけど。だって私が助けてくれるなんて、まだまだ違和感バリバリだろうし。
「私が、あなたにお勉強を教えてあげるわ」
「………………は?」
プリシラは、それはもう何とも言えない顔をした。




