第24話 ご褒美
「はぁ……」
放課後の自室、私はテーブルに頬杖をつきながら落ち込んでいた。
「お行儀が悪いですよ、お嬢様」
「だってぇ」
「何か元気ありませんけど、どうかしたんですか? デートの後はあんなに楽しそうだったじゃありませんか」
「そのデートのせいなのよねぇ~」
デート自体は凄く楽しかった。手を尽くした結果、どうにかこうにかプリシラも喜んでくれたみたいだし、まずまず成功だったと言っていいと思う。
ただ問題はその後で……デートの結果、私とプリシラが付き合っていると言う噂が本格的に流行ってしまい、しかもその内容が『私に捨てられそうになったプリシラが『捨てないで』とすがってデートで仲直りをした』なんて真実とは程遠い代物なのだ。
それでもプリシラはチケットに釣られてデートしたという真相を語るわけにもいかないので、噂はますます広がるばかり。
結果として、私はプリシラからある意味デート前よりも避けられてしまっていた。だってこんな状態で話でもしようものなら、周りからからかわれてしまうのは火を見るよりも明らかだからだ。
「あああっ……プリシラっ……」
せっかくデートでわずかながら距離が縮まった……と思いたいと言うのに、これでは元も子もない。
「お嬢様、ホントにプリシラと仲良くなりたいんですね」
「うん」
だって私は前の人生でそればっかり考えて生きてきたんだから。
「何かいい手はないかなぁ?」
「まぁ、無いことも無いですよ」
「ほんと!?」
私は椅子から立ち上がると、ソラリスに詰め寄ってその肩を掴んで揺さぶると、その見事なたわわもゆさゆさ揺れた。
「何々!? どんな方法!?」
「ちょ……!! ち、近いですっ……!! そ、そんな近づかれたら私っ……」
「え、あ、ごめん」
「もうっ……お嬢様はもうちょっとご自分の可愛さを自覚された方がいいですよっ。いきなり来られたらドキドキしちゃいますっ」
「またまた、ソラリスったら冗談が上手いんだから」
「冗談じゃないんですけどねぇ……まぁいいです、それで、その方法ですが……」
ソラリスはオホンと1つ咳ばらいをすると、テーブルの上で両手を広げて見せた。
「これです!」
「……?」
これ、と言われても……今は私がソラリスに勉強を教えているところだったから、テーブルの上には教科書とノート、それに筆記用具くらいしかないんだけど。
テストが近くなってくるとソラリスに勉強を教えてあげるのが習慣になっていたからね。
「えっと……?」
「ですから、お嬢様の長所を生かすんですよ。お嬢様、全科目学年主席じゃありませんか」
「ん、まぁそれはね」
でもそれは公爵令嬢の務めとして、学業にも手を抜かず入学時から頑張ってきた成果なんだけど。決して楽をして主席にいるわけでは無い。
「でもそれをどう生かすの?」
「それはこれですよ」
ソラリスはそう言うと、プリシラに関するありとあらゆる情報が記載されている『プリシラノート』を取り出した。
ちなみに私は内容を一言一句漏らさず暗記している。
「えっとですね、このデータによりますと……プリシラは数学が極端に苦手なんですよ」
「あ、うん。それは知ってる。昨年末の試験でも38点で赤点だったのよね。去年通しての平均でも43.4点だし、ホント数学は苦手みたいね」
「……」
「どうしたの?」
「いえ……ノートも見ずにさらりと答えるんですね……」
若干ソラリスが引いていた。だってしょうがないじゃない。その宝物のノートをめくるのが、前世での私の1番の楽しみだったんだもん。
「ま、まぁそれはさておき!」
さておかれた。
「このままだと確実にプリシラは近々来る中間試験でも赤点を取るでしょう」
「まぁ、でしょうね」
それはそうだろう。ちなみに次の試験でのプリシラの点数も私は覚えていて、ノートにまだ記載されていないその点数は、19点……致命的とも言える点数だった。それによって実家から大目玉を食らったプリシラには、罰として仕送りを減らされてしまう未来が待っているのだ。
「そこでです! お嬢様がお勉強を教えてあげるんですよ!」
「なるほど……!」
「プライドの高いプリシラのことですから、最初は渋るでしょうけど、そこはなんとかごり押ししてください。彼女だって自分の状況がいかにヤバイかは分かっているはずです」
「そうね」
「私の調べた情報によりますと、次赤点だったら仕送りを減らすと通達されているとかいないとか」
うん、それ正解。
「それを使って脅せと……ソラリスも悪よのぉ」
「いやですねぇ、お嬢様、脅すなんて人聞きの悪い。ただ『次赤点取ったらまずいことになったりするんじゃないかしら?』って言うだけですよ~」
「それもそうね」
私達はふふふと含み笑いをする。
「じゃあその線で行きましょう! 待っててね、プリシラ! 私が赤点の未来を回避させてあげるから!!」
「あ、で、その……ですね?」
「なぁに?」
ソラリスが、何か言いにくそうにモジモジしてる。
「その……上手くいってプリシラにお勉強を教えることになったとするじゃないですか?」
「うん」
「……それでもその……私のお勉強もまだ、見て……頂けますか?」
「え? 当たり前でしょ?」
私が即答すると、ソラリスがパッと顔をほころばせた。
「ありがとうございますっ!! ……プリシラに教えることになったら、そっちにかかりっきりになっちゃうのかなって……」
「そんなわけないじゃない。ちゃんと教えるわよ」
これまでもそうしてきたんだからね。今更途中でやめるなんてありえないし。
「……すみません、メイドの身でありながらお嬢様にお勉強を教えていただくなんて、分不相応だってことはわかってるんですけど……」
「何を言っているの。あなたはメイドである以前に、私の大切なお友達でしょ?」
「ああっ……お嬢様っ……!!」
ソラリスは手を胸の前で組んで、感激したような顔をしている。
「私、お嬢様のこと大好きですっ……!!」
「ありがと。私も好きよ」
生まれてからこれまで、私と一緒にいてくれたソラリス。前世でもずっといっしょだったもんね。
「あの……甘えるついでに、その……」
「なぁに?」
「えっと……今夜はその、久しぶりに…………」
「久しぶりに?」
「い、一緒に寝かせていただいてもよろしいでしょうかっ……?」
恥じらうように、ためらうように、ソラリスが上目遣いでおねだりして来た。
「あらあら、甘えんぼさんねぇ」
「は、はいっ、私、甘えんぼなんですっ」
「いいわよ。子供の時はよく一緒に寝てたもんね。懐かしいなぁ」
「そうですね……」
声が若干沈んでいるような気がするけど、気のせいだろうか。
「でも急にどうしたの? 一緒に寝たいだなんて」
「え、あ、その……えっと、プリシラとのデートも上手くいったみたいですし、…………ご、ご褒美が欲しいなって……」
「こんなご褒美なら、お安い御用よ」
「お嬢様っ……嬉しいですっ……」
ソラリスがじっと私のことを見つめてくる。とても綺麗で、吸い込まれそうな瞳だ。
「あの……私、これからもお嬢様がプリシラと仲良くなれるよう頑張りますからっ……それで、その、上手く行きましたら、またご褒美をいただけると嬉しいです……」
「わかったわ。いつもありがとね、ソラリスっ」
「はいっ、お嬢様っ……」
その夜、私達は仲良く1つのベッドに入って眠った。子供の頃と違って大きくなった私達には、1人用のベッドに2人は多少窮屈だった。
それでも懐かしさからか、私はソラリスを抱きしめたまま、直ぐに穏やかな眠りについたのだった。




