第23話 悶絶していたのは言うまでもない
いや、何それ。
「捨てる? 誰が? 誰を?」
「お嬢様が、プリシラを、です」
「意味わかんないんだけど!?」
何でそうなるの!? おかしいでしょ!? だって私達、捨てる捨てない以前の仲なんだけど!? 付き合ってもいないのに捨てるなんて不可能よ!? それに例え付き合っていたとしても、私がプリシラを捨てるなんてそんな勿体ないこと、天地がひっくり返ってもあり得ないよ!?
「いやぁそうは言いますけどお嬢様?」
そこでソラリスが言葉を区切る。
「――プリシラがお嬢様に『捨てないでっ!!』ってすがり付いているのを見た、って子が何人もいるんですよ?」
「………………は?」
はぁぁぁぁぁ!? 何それぇ!?
「そのうちの1人は私の知り合いで、絶対嘘なんかつかない子です。なんか真に迫るって感じだったって言ってました」
何が、一体、どうなってるの!? 誰か教えて!?
「心当たりはないんですか?」
「そ、そう言われても……捨てるって、わけわかんないんだけど……」
捨てる……捨てる……捨てる………………?
………………あっ
――そこで私は、私がプリシラにチケットを見せたときのやり取りを思い出す。
私は人気の無い校舎裏にプリシラを呼び出して、デートを迫っていた。いや、お願いしていた。
でも、彼女にとって黄金以上に価値のある舞台のチケットを対価として用意しても、それでもなお色よい返事は貰えなかった。それほどまでに、私は彼女から嫌われていたから。
『そっかぁ……残念だけど、プリシラはどうしても私とデートしたくないのね』
『だ、だって……私、あなたのこと、まだやっぱり……そ、それに、今私達がデートなんてしてるとこ、誰かに見られたりしたら……』
そんなことを言いながら、デートを受けてくれないプリシラだったけど、それでもそのチケットに未練があるのは見え見えだった。かと言ってチケットに釣られて嫌いな私とデートを、それも自身にとっての初デート(これは後で知ったことだけど)をするなんてプライドが許さなかったに違いない。
そこで私は賭けに出た。そのチケットを、破り捨てるフリをしたのだ。
『――――じゃあこのチケットは捨てちゃうね?』
そう言われた時の彼女の表情は、今でも忘れられないほど鮮烈に覚えている。まさに世界が終わってしまうような顔をしていたっけ。
その公演が見られないならまだしも、その喉から手が出るほど欲しい舞台のチケットが目の前で引き裂かれて紙切れに代わってしまう。それは彼女にとって身を引き割かれるに等しかったに違いない。
でも、彼女と一緒に見られない舞台のチケットなんて、それこそ私にとって紙切れに等しいのだ。
『あ~あ、残念だなぁ……プリシラとデート、したかったなぁ……』
そして私がそう言いながら、彼女にとっての宝のチケットを破ろうとしたとき、プリシラはどうした? その時彼女は――
『お願いっ!! (チケットを)捨てないでっ!!!』
と、言って私にすがり付いた。私は賭けに勝ったんだ。
……そう、大きな声で、『捨てないで』と言いながら『私』に『すがり付いて』いたのだ。
いくら人気の無い校舎裏とは言え、あれだけの大声を出せば……それは誰かに聞かれても……おかしくはない……よね。そしてその声を聞いた人は、私にすがり付いて『捨てないで』と繰り返すプリシラを目撃することになる。
さて、そんな場面を見た人はそれをどう思うか。
「あ、あはははは……」
私の口から乾いた笑いが出てくる。
それは確かにプリシラが私に『恋人として』捨てないよう懇願しているようにも見えるだろう。というかそうとしか見えない。
まさか私がチケットで釣ってデートをお願いしているとは夢にも思わないはずだ。というか分かったらその子は超能力者であり、そっちの道で食べていくことを模索したほうがいい。
ゆえに――
「ホント良かったね~。プリシラ~」
「だ~か~ら~、違うんだってぇぇぇ!!」
こうなる。
そしていくら否定しようとも、私に捨てないでとすがり付いていたことと、手を繋いでデートから帰ってきたことの合わせ技の前では、その否定も照れ隠しをしているようにしか見えないのである。
まぁ真相は全然違くて照れ隠しでも何でもなくガチの否定なんだけど。
「じゃあなんで校舎裏なんかでクリス様にすがりついていたの?」
「うぐっ……そ、それは……その……」
「事実なんでしょ?」
「そ、そうだけどっ……それには理由があってっ……」
「どんな理由?」
「それは……言えないのっ……言いたくないっ……」
プリシラにしたってチケットに釣られてデートをしました、とは彼女のプライドに関わる話だし、バツが悪くて言い出せまい。まぁ私と付き合っているという噂とどっちを取るかなんだけど、それは貴族としてのプライドの方を選んだらしい。なんとも彼女らしいけど。
「ほぉらぁ! やっぱりぃ! 別れ話でも切り出されてたんでしょ?」
「だからそれは誤解だってばぁ!!」
「まぁまぁ、そこに突っ込むのは野暮ってものよ。今はとにかく、仲直りできた2人を祝福しましょ?」
学級委員長が、何の悪意も無くまとめに入る。悪意が無いってのがプリシラにとって歯がゆいところだろう。それは大きな間違いなんだけど……。でも私から否定することもできない。
だってそれにはプリシラとのチケットの一件を説明しないといけないし、プリシラが言わないと判断したものを私から言うわけにもいかないもんね?
「そうねっ、おめでとう! 2人共っ!!」
そして――『プリシラが私に捨てられそうになったところを、デートでよりを戻した』と言う、真実がどこにも含まれていない噂はほとんど確定事項となって学園中に広まった。
プリシラが真実を語ることもできず、1人悶絶していたのは言うまでもない――




