第21話 その背中を見つめて
「最っっっっ高だったわっ……!!」
劇場から出てくると辺りはすっかり暗くなっていた。街に街灯の灯りが灯っていくなか、プリシラはまだ興奮が全然覚めないようで足取りが軽いなんてもんじゃない。
「舞台も素晴らしかったし、なによりマリーベルとロゼッタに会えたなんて……! 今でも夢みたいよっ!!」
喜んでくれているみたいで何よりだ。でも、それよりも……
「あ、あの、プリシラ……?」
「何?」
顔いっぱいに笑顔を浮かべたプリシラが私に振り返った。超可愛い。
「その……手、なんだけど……」
「手がどうしたの?」
どうしたも何も、プリシラの手がマリーベルと会った時から今まで、ず~っと私の手を握りしめているんだけど。
「その、いつまで握っててくれるのかなって……」
指摘して手を離されるのも凄く惜しいけど、こんなにドキドキしてたら私の心臓も持ちそうにないし、何よりプリシラも、もう私なんかと手を繋いでいたくないだろう。
でもそう言ったら、プリシラが何とも言い難い顔をした。
「は? だってあなた『デートの間中、握ってて』って私にお願いしたじゃない」
「えっ、そうだっけ……?」
覚えてない……そんな大それたこと言ったっけ? テンパってて『マリーベルと会っている間』、を言い間違えたんだろうか。
「そうよ。だからこうして約束通り握ってるんじゃない。まだデートは終わってないでしょ?」
「そ、それはそうだけど……でも、いいの?」
「良くは無いわよ。私だって好きであなたと手を握っているわけじゃないんだから」
それは……そうだよねぇ……これはプリシラからのただのお礼なんだから。
「でも私、一度した約束は絶対守るって決めてるの。それが例えあなたとした約束でもね」
「えっ」
プリシラは私をしっかりと見据えている。
「そういうわけだから、あなたを部屋まで送り届けるまで手は離さないから」
「ええっ!?」
ほ、ホントに!? それまでずっと握っててくれるの!? 私の心臓大丈夫かなぁ!?
「さて、お腹すいたわ。ご飯に行きましょ?」
照れまくる私とは対照的に、プリシラは『約束は守らなきゃ』くらいにしか思ってないって顔で私を食事に誘ってくれた。
「え……!? いいの……!?」
「何が」
「いや、その……私と一緒で……いいの?」
私なんかとご飯を食べるなんてプリシラは嫌じゃないんだろうか。でもそう言われたプリシラはお腹をさすりながら、何とも言えない恥じらうような表情を見せた。
「ん……まぁ、だってお腹すいたんだもの……このままじゃ寮に着く前に……その……」
「あぁ、お腹が鳴っちゃうと?」
「言わないでよ!! それ聞かなかったことになってるでしょ!? 察してよ!!」
「あ、そ、そうだね!!」
そうだった。あの可愛い音は聞かなかったことになってるんだった。
「あ、ああ~、そう言えば私もお腹すいちゃったなぁ~~。ご、ご飯にでも行きたいなぁ~」
「はぁ……さっきのマリーベルを見た後だとなんて落差なのかしら……」
プリシラが私の小芝居を見て、それはもう盛大なため息をついた。
うっさい!! 大根役者で悪かったわね!! こっちは素人なんだもん、仕方ないでしょ!?
「まぁいいわ、じゃあ行きましょ」
プリシラは一刻も早くお腹に何か入れないと、お腹が鳴ってしまうって顔をしている。普段この子どうしてるんだろう? こっそり間食でもしてるんだろうか?
「え、あ、うん……!! また私にご馳走させてね?」
「だからそれは悪いって言ってるのに……」
「まぁまぁ、私の顔を立てると思って」
「そう言われると弱いのよねぇ……」
相手のメンツを潰すのは貴族として避けるべきことという習慣が身についているプリシラは、その言葉で私に再び奢られることを了承してくれた。
そして……プリシラは先ほどの宣言通り、律義なプリシラはそれからも私から決して手を離そうとはしなかった。
ご飯の間は流石に離していたけどそれでも食事が終わったらすぐ手を握ってくるし、私がトイレに行ってる間も個室の前で待たれて、手を洗ったらまた即座に握ってくれた。
もう幸せで幸せで倒れちゃいそうだったけど、それでも何とか踏みとどまった。私頑張った! ちなみにプリシラのご飯は超大盛だった。
そして今、私達は学園の寮まで帰ってきたんだけど――
「……ねぇ」
「言わないで。分かってるから」
先日のプリシラ遭難事件で盛大に話題になった私達、その私達が仲良く手を繋いで廊下を歩いていて、2人共デート帰りにしか見えない恰好ときたもんだ。
そりゃあ周りから注目されちゃうに決まってるよね。
「やっぱりあの噂ってホントだったのねっ……!」
「人目をはばかることなく手を繋いで……!! もう2人はそういう仲なのね」
「デートしてきたんだぁ、きゃ~~っ」
噂をするひそひそ声が聞こえてくるたび、プリシラのこめかみに青筋が浮かぶ。それでも決して手を離そうとしない辺りほんと律義な子だ。
でもこのままじゃあ噂が事実として定着しちゃうんだけど……。いや、私は勿論いいんだけど、プリシラからしたら許しがたいことだろう。
「もう着いたようなものだし……離してもいいんだよ?」
「イヤよっ。それじゃあ私が約束を破ったことになっちゃうじゃない」
「ええぇ」
「あと少しなんだから、あなたもキリキリ歩きなさいっ」
顔を真っ赤にして手を痛いほど握りしめてきながら、プリシラはずんずんと歩いて行く。私はそれに引っ張られるようにしてトテトテと歩く。
そして私の部屋の前まで来ると、そこにはソラリスが待っていた。
「あ、お帰りなさい、お嬢様、デートは楽しかったで――」
その言葉は途中で途切れ、ぎょっとした顔になる。
だって嬉しさと困惑でごちゃ混ぜになっている私とは対照的に、プリシラは羞恥を堪えるように顔を赤くし歯を食いしばりながら、私の手を握り締めているのだ。
そんな、何をどうしたらそうなる、ってものを見たら、ぎょっとするのも当然だよね。
「た、ただいま、ソラリス」
「は、はい……」
「ここまでね」
プリシラはそう言うと、ずっと握っていた私の手をするりと離した。名残惜しい気もかなりしたけれど、それを言うのは贅沢すぎるってものだろう。
「じゃあねっ……まぁ、今日は、その……楽しかったわっ」
「えっ」
「デート相手があなただってことを差っ引いても……楽しかったって言ってるのよ」
プリシラはぷいと顔を背けながら、腕組みをしている。心なしか、いや、多分私の気のせいだろうけど横顔が若干赤いような? いやいや、まさかそんな。
「そ、そっかぁ……」
でも、それは良かった。彼女が楽しんでくれたなら、何よりも嬉しい。
「まったく……私の初めてのデート相手がまさかあなただとはね……夢にも思わなかったわ」
「初めて……?」
「そうよっ。……まぁいいわ、おやすみっ」
「お、おやすみっ!!」
プリシラはぶっきらぼうながらもおやすみを言ってくれた。それが例え礼儀から仕方なく出たものだったとしても、私の心は弾んでしまう。
背を向けて廊下を歩いて行くプリシラの姿が見えなくなるまで、私はずっとその背中を見つめていた。




