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第20話 お付き合い

「さ、着きましたよ。こちらになります」


 支配人が足を止め、私達は楽屋の扉の前に立っていた。


「こ、この部屋にマリーベルが……」

「はい、いますよ」


 支配人からの回答に、プリシラが息を呑んだ。繋いだままの手もかすかに震えていて、彼女がどれだけ緊張しているかよく伝わってくる。


「ありがとうございました」

「いえいえ、御父上に何卒宜しくお願い致します」


 深々と頭を下げる支配人にお礼を言って、私は楽屋のドアを開ける。足がすくんでいるらしいプリシラの手を引いて中に入ると、そこには20代後半に見える2人の女性が私達を待っていた。

 主演女優のマリーベルと、その相手役のロゼッタだ。


「あらあら、まぁまぁ……!」

「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」


 最初何かに驚いたような顔をした彼女達は、席から立ち上がるとにこやかに話しかけてきた。


「クリス様でいらっしゃいますね? マリーベルと申します。御父上にはいつもお世話になっております」

「ロゼッタです」

「いえいえ、こちらこそ、素晴らしい舞台でした」


 私は2人と挨拶を交わす。しかし肝心のプリシラはというと――


「………………」

「プリシラ?」


 ダメだ。固まっている。


「お~い?」

「………………」


 憧れの人に会えた感動からか、魂を抜かれてるって感じだった。


「あ、えっと、すみません、この子あなた達の大ファンで、その……感動して言葉が出ないみたいで」

「まぁ、それは嬉しいわね」


 2人は舞台衣装を着た格好のまま、優雅な仕草でクスクスと笑う。


「ほら、プリシラっ、挨拶して」

「……はっ!? え、ええと!! ぷ、プリシラと言います!! 2人の大ファンでしゅっ!!」


 噛んだ。そしてなんかからくり人形みたいなぎこちない動きで、我に返ったプリシラがお辞儀をした。


「えっと……その……!! 素晴らしい舞台でした!! 感動しました!!」


 なんだその初等部の子供みたいな感想は。もうちょっと何か言えないのか。


「ありがとう。楽しんでもらえて嬉しいわ」


 それからしばらくプリシラは舞台について熱っぽく感想を語り、2人もそれを嬉しそうに聞いていた。

 そしてそうこうしているうちに緊張が解けてきたのか、プリシラは一番聞きたかったっぽいことを質問する。


「特にあのっ……最後に会えた2人が抱き合うところ、もう最高で……!! 舞台が涙で滲んで見えないくらいでした……!! どうしたらあんな素敵な演技ができるんですか……?」


 興奮気味にプリシラが尋ねと、2人は顔を見合わせていたずらっぽく笑った。


「そうねぇ……それは……」

「それは?」

「それが演技であって演技じゃないからかしら」

「……? それはどういう……?」

「こういうことよ」


 マリーベルはそう言うと、傍らのロゼッタを愛おしそうに抱き寄せると――


「ええええっ!?」

「ふわぁぁぁぁ……!?」


 ――キスをした。私達の目の前で。


「ま、マリーベルさんとロゼッタさんが恋人同士だって噂、本当だったんですか!?」

「そうよ」


 マリーベルはそう言いながら可愛らしくウインクをして見せた。


「年内には結婚会見をする予定なんだけど、それまでは秘密よ?」

「は、はいっ!! わかりましたっ!!」


 プリシラが、凄いことを知ってしまったって顔をしている。そりゃまぁファンの中で恐らくこのことを知っているのはプリシラだけだろうから、驚きもするだろうね。


「とまぁそういうわけで、公私ともにパートナーだからこそあのシーンに深みが出るのかもしれないわね」

「な、なるほどっ……でも、そんな大事な秘密をどうして初対面の私たちに教えてくれたんですか?」


 うん、そこは私も不思議に思っていた。いや、女の子同士での結婚ってこの時代的にはまだ珍しいからねぇ。私がおばあちゃんになっていた、今から60年後あたりには女の子同士で結婚するのも珍しくなかったけど。


「まず1つは、お世話になっている公爵閣下のご令嬢であるクリス様と、そのお友達だからってことね、特別よ」


 なるほど……これもサービスというやつなんだろうか。


「でもそれ以上にこのことを教える気になったのは――」

「あなた達が私達の仲間だから、ね」


 マリーベルとロゼッタは私達を交互に見て優しく微笑んでいる……けど……?

 えっ?


「え? 仲間?」

「あの、それってどういうことですか?」


 私とプリシラが疑問を口にする。仲間って? 演劇仲間ってこと? でも私は演劇をやってないし、プリシラも見る方専門っぽい。そんな私達が仲間ってどういうこと?

 頭に?を浮かべる私達に、2人が不思議そうな顔をしながら――とんでもないことを言った。


「――だってあなた達も女の子同士で」

「お付き合いしてるんでしょ?」



「……………………は?」


 プリシラが、凄い顔になった。なんかこう、それはもう凄い顔としか言いようのない顔だ。


「今、何ておっしゃいました? 私の聞き間違いでしょうか?」


 プリシラの! 顔が! 怖い!!


「だから、あなた達、付き合ってるんでしょ?」


「…………はぁぁぁぁぁ!? 何ですかそれぇ!?」


 プリシラの絶叫が部屋の中に響き渡る。そんなにイヤ!? いや、そりゃイヤだろうけどさぁ。


「え? 違うの? だって公爵様からは『娘がデートで交際相手を連れて行くから会ってあげて欲しい』って連絡があったんだけど……」


 それでこんなこと教えてくれたの!? 同じ女の子同士で付き合っているって思ったから!? でもそれ違うんです!!

 ちなみにお父様にはデートの相手が女の子だって言ってないし、交際相手ってのもお父様の早とちりだ。


「違います!! 私達付き合ってなんかいません!!」

「そうなの?」

「そうです!!」

「でも、今はデートしてるのよね?」

「そ、それはそうなんですけど……でも違うんです!! 私がこの子と付き合ってるだなんて、とんでもないです……!!」


 流石にチケットで釣られてデートしている、とは言い出せないプリシラだった。


「いやぁ、でも……ねぇ?」

「照れ隠しにしてはあんまりかなぁ?」

「て、照れ隠し!?」


 クスクスとからかう感じのマリーベルとロゼッタに対し、プリシラが『なにそれ!?』って顔になる。


「照れ隠しなんてしてません!!」

「そうは言っても動かぬ証拠が目の前にあるんだけど」

「証拠……!?」

「――そのさっきからずっと仲良く繋いで決して離さなさいその手、どう見ても付き合ってるじゃない」

「……!!!!」


 プリシラは、私との約束で繋いだままになっている自分の右手を見る。


「ね~? 部屋に入ってきたときから今までず~っと繋いでるんだもん。こっちが照れちゃうわ」

「熱々よね~」


「こ、これは……!! その……!! ち、違うんですっ……!!」


 違うと言いながらも約束してある以上決して離そうとしないあたり、律義なプリシラっぽい。好き。


「とにかく! 私達付き合ってなんていませんから!!」

「そうなの~?」

「怪しいなぁ~」


 いや、ホントに付き合ってないんですけどね、私は付き合いたいと切に願っているんですけど。


「私がよりによってこの子と付き合うなんて、絶対ありえないんですっ!!」


 そう力強く断言されると、ちょっと……いや、かなりへこむ。


「絶対?」

「絶対です!! 私達凄く仲が悪いんですからっ!!」


 そうなのよね……仲、悪いのよね……まぁ私のせいなんだけど。


「でも未来はわからないものよ」

「そうそう。私達だって、最初はケンカばかりしていたもの」


 マリーベルたちはそう言うと私達の目の前で再び抱き合って口づけを交わした。うわぁ、熱々だぁ。


「だから、あなた達も……ね?」


 でも……私達の仲はそれどころじゃないくらい険悪だからなぁ……そのためには一体どれだけの努力が必要なんだろう。


「それでも!! 絶対にありえませんから!!」


 再度絶対と言い切るプリシラに対して、それでも私は絶対に諦めないと心に誓ったのだった。

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