第16話 胸がいっぱい
「ふぅん……いいお店ね」
私達はお昼ご飯のため、あらかじめ調べてあったレストランに来ていた。席に座ったプリシラが店内を軽く見回して感想を言う。
「でしょ?」
「でもちょっと意外って言うか……あなたみたいな公爵家のご令嬢が来るにしては、その、そこまで格式張っていないのね」
店内はプリシラが言う通りなかなか素敵ではあるものの、そこまでゴリゴリの高級店という感じではない。
ではなぜこの店を選んだかというと、これもソラリスのアドバイスによるものだ。
ソラリス曰く――『プリシラは確かに貴族ですけど、こういう言い方はアレですが下級貴族です。そんなプリシラをお嬢様が普段行くようなお店に連れて行ったら、多分かしこまりすぎていてろくに楽しめないと思います。なので敢えて少しランクを落としましょう』、とのことだった。
「いやぁ、実はあまりそういうのは好きじゃなくて」
「ふぅん、そうなんだ、そっちも意外ね。でも私、こういう店好きよ」
「そっか、良かった」
ごめんなさい、見栄張りました。ホントは格式張ったお店しか知らないの。でも何よりもプリシラに楽しんで欲しかったから、ソラリスの提案を受けたのだ。
「さ、注文しよっか。何でも自由に頼んでいいからね」
「そ、そう? じゃあ……」
プリシラは上機嫌にメニューに目を落として、何を頼もうかとウンウン悩みだした。その様子は本当に楽しそうで見ているこっちも嬉しくなってしまう。
そんな彼女が迷って出した注文というのが、
「――――えっと、じゃあこの『シェフオススメ季節のサラダ』と『ウィニー鳥の香草焼き』にしようかな……」
と、いうものだった。
でも、これは私が仕入れた彼女の情報からすると、とても本心からの注文とは思えなかった。
「――それだけ?」
「えっ?」
「それだけって聞いたの」
「だ、だって、これくらいで十分で――」
「それウソでしょ?」
「……っ!?」
私から指摘されたプリシラは、ギョッとした顔をする。
「プリシラって、実は結構食べるんでしょ?」
「そ、そんなこと、な、ないわよ……?」
そう答えるプリシラの目は泳ぎ、言葉はしどろもどろだ。でも、調べはついてるんだよねぇ。
「でもそれが恥ずかしいから、学園の寮の食堂ではいつも抑えて食べてるのよね?」
「何で知ってるの!?」
私があなたのことを知りたくて徹底的に調べたからよ、とは言えない。調べてきたソラリスの話では、『休日に1人こっそりレストランに入って幸せそうに、お腹いっぱい食べてました』とのことだ。私も見たかったなぁそれ。
「実はあなたの知り合いの知り合いから、たまたま聞いちゃって」
「ええええっ……そんなっ、バレないようにしてきたのにっ……」
「まぁまぁ、いいじゃない食べることが好きでも」
「だってっ……恥ずかしいものは恥ずかしいんだもん……」
そうかなぁ、健康的でいいと思うけど。
「まぁそういうわけだから、遠慮せずお腹いっぱい食べてね」
「でもっ……」
「秘密は絶対に守るから。ねっ?」
「……」
「私なんかの言う事じゃ、信用できない?」
「…………まぁ、燃え盛る焚火に足を突っ込もうとまでして覚悟を見せてくれたわけだし、今更その辺は疑ってはいないけど……」
プリシラはそう言うと、唇を指でむにむにとさわった。これが考え込むときの彼女の癖らしい。
「……でもいいの? 私本当に食べるんだけど……見たら引いちゃうかも」
「もちろん。いくらでもどうぞ」
大好きなプリシラの食事を目の前で見れるんだし、引くなんてありえないもの。むしろどれだけ食べるか楽しみだ。ソラリスが『アレは凄いですよ』って呆然としながら言ってたけど、はてさて……
「わかったわ、それじゃあ……」
プリシラはそう言うと、ニコニコとしながら再びメニューに目線を走らせた――
「ああ……美味しかったぁ~~」
幸せそうにお腹をさすりながら、プリシラは満足したように目を細める。
「……いやぁ、ホント凄いわねぇ」
「だ、だから言ったじゃない、私食べるわよって……」
その言葉通り、プリシラの目の前には空になったお皿が所狭しと置かれていた。これは全部プリシラが1人で平らげたものだ。その量は、同年代の女の子と比べてゆうに3~4人前はある。
「それに、ここのご飯凄く美味しかったんだもん……」
「それはよかったわ」
流石ソラリス、いい店を紹介してくれた。
「でも、それはそうと……あなたそんなに食べないの? ほとんど食べてないじゃない」
その言葉通り、プリシラの目の前には空のお皿が並んでるのに対して私の方には一皿だけ、しかもそのお皿にもまだ食事は残っている。
「えっと……その、私って普段からこれくらいよ?」
「そうなの? それじゃあ元気出ないと思うんだけど……もうちょっと食べた方がいいわよ?」
彼女はそう言ってくれるけど、本当の理由は大好きなプリシラと初めて一緒にご飯を食べていると言う事実に胸がいっぱいになって、ろくに喉を通らなかったから。
それに彼女は食事に夢中で私の方なんか全然見てなかったけど、それでもプリシラの前で食事をするとなると私の方こそ恥ずかしくて恥ずかしくて、ご飯どころじゃなかったのだ。
まぁプリシラはそんな私とは全く正反対に、こっちが気持ち良くなるくらいの食べっぷりだったわけなんだけど。当たり前だけどやっぱり私は全く、これっぽっちも彼女にそういう相手と思われてないらしい。いや、本当に当たり前なんだけどね。
「でも、本当に美味しかったわ……幸せ……」
「あ、そうだ、ここ甘いものも美味しいんだけど……先に言っとけば良かったね」
失敗した。つい嬉しさの余り忘れてしまっていた。でもプリシラはきょとんとした感じで私を見つめている。
「何で?」
「いや、そんなに食べたら入らないでしょ?」
「???」
プリシラは小首を傾げて不思議そうな顔をした。
「――入るけど?」
「えっ」
今度は私が不思議な顔をした、んだろうと思う。
「入るわよ。まだ全然」
……マジですか。
「腹8分目が健康の秘訣よ。今はまだ7分目ってところかしら」
ひえぇぇ……
「甘いものなら猶更ね。ちなみにオススメは?」
「え、えっと……確か『フルーツとベリー山盛りの幸せタルト』がいいって聞いてるけど……」
「タルト…………ホールでいい?」
わぁい、もう何でもこーい。そんな期待に満ちた目で見られたら、頷くしかないじゃない。
「ど、どうぞ……」
「やったぁ!!」
そして彼女はテーブルに襲来した特大のフルーツタルトをほとんど一人で平らげてしまった。私も少し貰ったけど、凄く美味しかった――




