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第15話 待ちに待った初デート

「楽しみだな~~早く来ないかなぁ」


 待ち合わせ場所の公園に30分も早くついてしまった私はベンチに腰かけながら、デートの約束の相手であるプリシラを待っていた。

 前回の人生では、プリシラノートをめくりながら彼女とのデートを妄想したり、夢に見たりすることが私の楽しみだったけど、それらは覚めてしまえば儚い幻。起きてからよく枕を涙で濡らしたものだったけれど、ついにそれが現実のものとなる日が来たのだ。


 約束を取り付けてから今日の休日まで3日、楽しみ過ぎてろくに寝つけずソラリスに子守唄を歌ってもらってようやく寝る毎日だった。

 とにかくそれくらい楽しみでしょうがなかった。


「あ~楽しみだなぁ~」


 もう何度目になるかわからない独り言を言ったその時、


「ちょっと――」

「ふぇ!?」


 横からいきなり声をかけられた。


「ぷ、プリシラ!? いつからいたの!? って言うか早くない!?」

「いや、あなたに言われたくないんだけど……」

「も、もうっ、来てるなら声かけてよ! 私が独り言言ってるの聞いてたの?」

「聞くつもりは無かったんだけど……その……あなたがあまりに嬉しそうで……声、かけにくくって」


 プリシラは複雑な顔をしながら、ベンチに座る私のことを見下ろしている。


「…………ねぇ、そんなに私とのデート、楽しみだったの?」

「うん」


 私は即答した。だって何十年も、あなたと2人っきりで出かけるこの日をずっとずっと待っていたんだから。たとえそれがモノで釣ると言う卑怯な手段で得たものだったとしても、それでも私は待っていたんだ。


「むぅ……そうはっきり言われると調子狂うのよね……」


 プリシラは、むずがゆそうに頬を指でかいている。


「………………ねぇ」

「ん?」

「…………あなた、本当にクリスなの?」


 長い沈黙の後、プリシラが私に尋ねる。


「そうだけど? それ以外に見える?」

「いや、どうも別人みたいって言うか……まるで人が変わったみたい……」


 それは伊達に80年も生きてないし。80年生きてれば性格も変わるよね。それに、自分の本当の気持ちに手遅れになってから気付いて、後悔の人生を送ってきたらなおさらだ。


「心を入れ替えたのよ」

「それにしても変わりすぎでしょ……あなたが最初からそんなんだったら、私……」


 『私……』の続きは聞けなかった。今の私にはそれを聞く資格がないから。


「――それはそうと、私服可愛いね、プリシラ」

「えっ!? あ、うん、ありがと……」


 突然話が変わって、プリシラが驚いて反射的にお礼を返してきた。今日のプリシラは目一杯おめかししてるって感じで、普段の制服姿とはまた違って凄く可愛い。


「へ、変じゃないかしら……その、SS席なんて私座ったことないし……」

「大丈夫、可愛いよ」

「だ、だから、可愛いとか……よく真顔で言えるわねっ……」

「だって事実だもん」

「うぐっ…………あ、あなたも可愛いわよっ、私服……」


 多分社交辞令だろうけど、プリシラが褒められたお返しに私のことも可愛いと言ってくれた。


 それだけで私は天にも昇る気持ちになる。


「……」

「ちょっと、どうしたの?」

「……はっ、ご、ごめん、ちょっとね」


 あまりの幸福感に気を失いかけてたなんて言えない。変な子扱いされてしまう。


「ホントあなた、変わったわね……」

「そうかな」

「そうよ……」


 それきり、私たちの間には沈黙が流れる。聞こえてくるのは噴水の水音と遠くから響く子供たちの声。

 そしてその静寂を打ち破ったのは――



 ――くぅっ


「……っ!?!?」

「……え?」


 何、今の音……まさか……


「き、聞いた……?」

「え、あ、うん……」


 聞いたと言うか聞こえたと言うか、聞いてしまったと言うか。


「え、えっと……」

「そ、そこはウソでも『え? 何? 聞こえなかった』ぐらい言いなさいよっ!!」

「え!? あ、ご、ごめん、何も聞いてないよっ」

「遅いわよバカぁっ!!!!」


 プリシラは、静寂を破った今の音の出どころ……自分のお腹を押さえて顔をこれ以上ないほど真っ赤にした。

 そう、今の音はプリシラのお腹が鳴った音だったのだ。


「いや、でも可愛い音だったよ?」

「それでフォローのつもりなの!? バカなの!?」


 頭から湯気を吹き出しながら怒るプリシラ。いやでも、本当に可愛い音だったんだけど。できればもう一度聞きたいくらい。

 時代が進んで科学が発展したら、今の音を日記でも見返すように、もう一度聞きなおしたりできるようになったりするんだろうか。……まさかね。


「ううううう~~っ、も、もう帰るっ!!」

「いやいや! 今帰ったらマリーベル見れないよ?」


 あまりの恥ずかしさに踵を返して帰ろうとするプリシラを私は慌てて引き留める。


「そ、それはそうだけどっ……!!」

「マリーベル、見たいんでしょ?」

「……うんっ」


 プリシラは、子供みたいにコクンと頷くと、それでも恥ずかしさに身をよじった。


「うううっ……お、お昼時だから悪いのよっ……それはお腹くらいなるわよっ」

「忘れるから!! 私は何も聞かなかった!! うん! そうしよう!!」


 ウソだけど。後で日記にしっかり書いておこう。すっごい可愛い音だったって。


「――さ、さぁて、じゃあそろそろお腹もすくころだろうし、ご飯に行こうか?」


 あえてわざとらしく、話を切り替えてあげる。


「そ、そうね……いや、別に私はそこまですいてないけど……」


 意地っ張りな子だ。でもそこが可愛い。


「今日は私が奢るからねっ」

「ええ!? いや、それは悪いわよ!! それにあなたに奢って貰う理由が――」

「――今日は無理言って付き合ってもらったんだから、ここは私に出させてもらえないと私の立つ瀬が無いんだけど?」


 そう言われたプリシラがぐっと言葉に詰まる。


「…………ま、まぁ、そう言うことなら、ご馳走になるけど……」


 プリシラも貴族である以上、相手のメンツを潰すことは避ける癖がついている。なので例えそれが嫌いな私相手でも、こう言えばこう返さざるを得ないのだ。


「じゃあ行こっか」


 こうして60年以上、待ちに待ったプリシラとの初デートは始まった――


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