第14話 手段を選んでいる余裕なんて無い
「さ、どうするプリシラ?」
「うっぐぐぐ……卑怯よっ……こ、こんなもの用意してくるなんて……」
プリシラはこの公演を見に行きたいという欲求と、私なんかとデートしないとそれは叶わないという葛藤に顔をゆがめた。
……いやぁ、私ってまだまだ本当に嫌われてるんだなってその顔を見て実感するよ。でも、卑怯でも何でも、これが私の選ぶ道なのだ。
あなたと仲良くなりたい。そのためだったら私はどんな手でも打って見せる。
「あなたが演劇好きって聞いて、良かったらって思ったんだけど……それ、そんなに凄いチケットなんだ」
私はしらばっくれながらプリシラに尋ねると、プリシラはもの凄い勢いで食いついてきた。
「凄いも何も!! ……演劇界の至宝と言われるマリーベル主演、しかも演目は古典の傑作、『オペラ座に咲く百合の花、2輪』なのよ!? 演劇好きならどうしても見たいに決まってるじゃない!!」
「ふぅん? そんなに凄い女優なんだ……」
「知らないの!?」
なんかすごーく呆れたような顔された。そう言えばソラリスも私がよく知らないって言ったら、やっぱり呆れたような顔になりながらも丁寧に教えてくれたっけ。
「い、いや、勿論名前は知ってはいるよ? ただそんなに凄いとは知らなかったから」
先日ソラリスから教えてもらったばかりだけどね。そして敢えてあまりよく知らない“振り”をするように指示をされていた。そうすれば――
「しょうがないわねぇ~それじゃあ教えてあげるわっ! いい? マリーベルって言うのはね――」
絶対こうなるからって。
それからプリシラはマリーベルがいかに凄い女優か、自分がどれだけ彼女に憧れているかを、目をキラキラさせながら語ってくれた。でも、私はその内容よりも、あのプリシラが私に喜々として話をしていると言う事実で胸がいっぱいで、ろくに頭に入ってこなかった。
なんて可愛いんだろう、プリシラ。生きててよかった……
「――ちょっと、聞いてるの?」
「え? あ、う、うん、もちろん」
聞いてませんでした。だってずっとプリシラの顔ばっかり見てたし。
「そう? なんか上の空って感じだったけど……まぁいいわ、とにかく、素晴らしい女優なのよ、マリーベルは」
プリシラはそう言うと、なかなかに見事なその胸を逸らしながら「ふふん」と笑った。いや、ホント可愛い。
「なるほどなるほど……凄い女優さんなんだねぇ~」
「そうなのよっ!」
そうかそうか、それじゃあ……
「…………で? どうする?」
「っ……!? ど、どうするって……そんなのっ……」
さっきしたやりとりを、私は改めて繰り返す。このチケットがどれだけプリシラにとって価値のあるものか、それはたった今プリシラ自身にみっちりと確認させたところだ。ちなみにこれもソラリスの策のうち。
「私とデートしてくれるなら、これ、見れるわよ?」
「うぐぐぐぐぐぐぐぐっ……」
「SS席よ? SS席。これって凄いんでしょ?」
「それはもう……!! その席ならマリーベルの息遣いだって聞こえてくるってレベルの最高の席よ!! 演劇好きならヨダレを垂らして欲しがるわ!!」
ヨダレを垂らすプリシラ……見たい。すご~く見たい。
「あなたも?」
「……っ!!」
「ねぇねぇ? どうなの?」
私はじわじわと、じわじわと彼女を追い詰めていく。少しずつ逃げ道を塞いであるから、もう彼女に取れる手はほとんどない。
「ず、ずるいわっ……も、もう私に意地悪しないって言ったのにっ……」
「これは意地悪じゃないわよ? 提案よ。私とデートしてくれるなら、大好きなマリーベルの公演を“特等席で”見れる。ただそれだけ」
「あうううっ……」
「さ、プリシラ? 答えは?」
プリシラは自分が手に持っているチケットに視線を落とす。これがどれほど貴重なものなのか、彼女が一番わかっているのだ。
そしてそれを見に行った時にどれだけの幸福感と充実感を得られるかも、彼女はよくわかっている。
――それでも、それでもなお大嫌いな私と行かないとこれは手に入らないという事実に、彼女は悩んでいた。
ううん……ここまで悩まれるとマジでへこむ……ほんと私って悪行を重ねてきたのねぇ……
でも、ここは敢えて心を鬼にする。私に手段を選んでいる余裕なんて無いのだから。
「――はい、時間切れ~」
「あっ……!!」
私はプリシラの手から、その宝物と言っても過言ではないチケットをつまみ上げると、彼女はそれこそ大切なおもちゃを取り上げられた子供みたいにくしゃっと顔を歪ませた。
ぐあぁぁぁぁぁぁっ……こ、心が痛いいい……!!
でも、ソラリスはこの展開さえ予測していた。そしてここが踏ん張りどころだとも言っていた。
「そっかぁ……残念だけど、プリシラはどうしても私とデートしたくないのね」
「だ、だって……私、あなたのことまだやっぱり……そ、それに、今私達がデートなんてしてるとこ、誰かに見られたりしたら……」
「そうだねぇ、私達が付き合っているって噂が本当に見えちゃうかもねぇ」
「で、でしょ……!? だから……!!」
「――――じゃあこのチケットは捨てちゃうね?」
「…………なっ!?!?!?」
彼女は最初、私が何を言ったのかわからないような顔をして……そして、今日この世界が終わると言う事実を聞かされたような顔になった。事実、彼女にとってはそれほどの衝撃なんだろう。でも私は手を緩めない。
「う、ウソでしょ……!? あなた……!! じ、自分で何を言ってるか分かってるの!? それがどれだけ貴重なものかって、私言ったわよね!?」
「分かってるよ。――でもプリシラと一緒に見に行けないんなら、私にとってこれはただの紙切れだから」
そう、ただの紙切れなんだ。彼女と一緒に見れないなら、これはただの紙切れ。
「あ、あなた……そんなに私とデートしたかったの……?」
「うん」
私は即答した。
「あ~あ、残念だなぁ……プリシラとデート、したかったなぁ……」
そして私はチケットを両手で摘まみ、力を込めてチケットを破る『フリ』をして――
「――待って!!」
プリシラがほとんど叫び声に近い大声をあげながら、私の手を掴んだ……!!
「お願いっ!! 捨てないでっ!!!」
プリシラが!! 私の手を……!! 何てこと……!! これは流石に予想してなかった!!
「捨てられたら私っ……私っ……!!」
憧れのマリーベルに申し訳が立たない……。プリシラの口からそんな言葉が洩れ、すがり付くように腕を掴みながら潤んだ瞳で私を見上げてきた……!!
ああああああっ……!!!! んもぉぉぉぉ……!! 可愛いいいいいいぃ!!! 可愛いよぉぉぉ……!!!!
「じゃあ……いいのね?」
あまりの可愛さに卒倒しそうになるのをぐっと堪えて、プリシラに尋ねる。
「わかったわ……だから……捨てないでっ……お願いっ……」
そして私は、見事プリシラとデートの約束を取り付けることに成功したのだった。




