第13話 宝物
私が取り出したモノを見て震えているプリシラを見ながら、私は先日のソラリスとのやりとりを思い出していた。
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『でもさぁ、いくら策があるとは言っても、いきなりデートなんてやっぱり無理じゃない? もうちょっと段階を踏んで――』
『甘いっ!!』
『ひゃうっ!?』
ソラリスはいつもの決めポーズをしつつ私に指を突きつけ、私はその剣幕に尻もちをついた。
『いいですかお嬢様? お嬢様はプリシラと仲良くなりたいんですよね?』
『う、うん……』
『それで? 今まで何をしてきたんですか?』
『え、えっとそれは……毎日話しかけたり……』
『そこが甘いっ!!』
『えええぇ!?』
私は仁王立ちしたソラリスから見下ろされている。小柄なソラリスだけど、今は妙に大きく見えるのはその身から発せられる威圧感のせいだろうか。
『よろしいですか? お嬢様は今凄く不利な状況にいるんですよ? なにせお嬢様はプリシラに2年間も意地悪をしてきていて、これ以上ないほど嫌われてるんです』
『うぐっ……』
理解はしていたし揺るぎようのない事実なんだけど、改めて人から指摘されると堪える。
『しかも時間もありません。なぜなら私達は今年で卒業してしまうのです。そうしたらお互い貴族同士、毎日会うなんて夢のまた夢』
『た、確かに……』
『すなわち、この学園にいる間に仲を修復しないと恐らく2人はそれっきりでしょう』
それは当たっている。現に前の人生では二度と私はプリシラと会えなかった。完璧に私が悪かったんだけど。
『……どうですか? これでも今更段階を踏んでとか、悠長な手段を取っている場合だとお思いですか?』
『ソラリスの言う通りみたいね……』
私の返答を受けて、ソラリスは満足げに頷く。
『な・の・で、多少強引にでも速攻で距離を縮めるしかないんです!』
『それが……デート? でもそもそもどうやって……』
『ふっふっふ、そこですよお嬢様』
ソラリスは自信満々だ。その根拠は、手に持ったノートにあるらしい。
『そ、それは……『プリシラノート』!!』
そのノートとは、ソラリスがプリシラのことを徹底的に調べ上げたもので、そこにはプリシラの家族構成はもちろん、入学してからの身体情報……スリーサイズや体重、それに趣味や特技、好きな物や嫌いな物、得意な教科苦手な教科等々、ありとあらゆるプリシラの情報が記載されている。
……うん、今見ると我ながらドン引きするノートだ。まぁ私の指示で作らせたんだけど。
ちなみに私の前回の人生での宝物だった。このノートをめくってプリシラのことを想うのが、私の人生唯一の楽しみだったと言ってもいい。
擦り切れてボロボロになるまで読み込んだ私の宝物は、今はまだピカピカだ。
『この執念の産物ともいえるノートのおかげで、お嬢様はプリシラのことを、ある意味プリシラ本人よりもよく知っている、これは大きなアドバンテージと言えるでしょう』
『う、うん……そうね』
意地悪のために集めた情報が、仲直りのために使われるとはなんともはやではあるけれど、背に腹は代えられない。確かにソラリスの言う通り情報は大きなアドバンテージだ。
『それで、この中の情報の何を今回使うかと言いますと――』
『――ごくり』
『さて、ここで問題です。お嬢様が他の子より大きく勝っている点、すなわち武器とは何でしょう』
『……へ?』
なんで突然そんな話? 今関係ある?
『え、えっと……』
戸惑う私をしり目に、ソラリスは自分のペースで話を進める。
『まず! お嬢様がもの凄く可愛いと言うことです!!』
『えええ!?』
いや、そんな、いきなりそんなことを言われても……照れるんだけど。
『で・す・が、残念ながら現状プリシラはお嬢様をこの上なく嫌っているので、これは有効に働きません。嫌いな相手がどんなに可愛くてもアレですし』
『ううう……』
『あとは勉強が学年主席とか、運動神経抜群とか、それなのにちょっぴりドジっ子なとこがまたいいとか、色々ありますけど同様の理由で役に立ちません』
ど、ドジっ子……ソラリス、私のことそんなふうに思っていたのね。
『他にも色々ありますが~』
ソラリスはもったい付けるように、答えをなかなか言ってくれない。まるで焦れる私の反応を楽しんでいるようだ……いや、実際楽しんでいるでしょ。
『ソラリスぅ~』
『仕方ありませんねぇ~、そろそろ答えに参りましょう。――では、今使うべきお嬢様の武器、それは――』
私の反応を十分堪能したらしいソラリスはホクホク顔で、じっくりためを作ったのち、こう言った。
『――――コネです!!』
『コネ!?』
あまりにもあんまりな答えが返ってきたんですけど!?
『そ、それは……えええ……?』
『よろしいですか? お嬢様はウィンブリア公爵家のご令嬢であらせられるんですよ? その立場を有効に使わずになんとします』
『そ、それはそうだけど……』
『そのコネを使って今回用意するべき対プリシラ用の秘策というのが――』
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そうして手に入れたのが、今プリシラが手に持って凝視しているものというわけだ。それすなわち――
「こ、こ、これ……!! マリーベル主演『オペラ座に咲く百合の花、2輪』のチケット……!!」
そう、集めた情報の中に、プリシラが熱狂的と言っていいほどの演劇好きだという情報があり、そしてマリーベルというのが、プリシラがもっとも好きな女優だった。
つまりこのチケットこそ、これ以上ないほどプリシラの弱点を的確に突くソラリスの秘策というわけだ。
「あまりの人気にB席の入手さえ困難と言われているのに……!! まさかのSS席!? ウソでしょ!? どれだけ払えば……いえ、お金じゃまず手に入らない……プラチナチケットの中のプラチナチケットじゃない!!」
このお金では買えないほど貴重なチケットを、私は公爵家のコネで手に入れたのだ。それも2枚。
汚いと笑わば笑え。私には手段を選んでいる余裕なんて無いのだ。私はどうしてもプリシラと仲良くなりたいんだから。
「どう? 知り合いからたまたま貰ったんだけど……」
ウソだけど。あなたのために、そして私のためにわざわざ用意したものだけど。
「ど、どう……って」
もう言わなくても分かってるって顔だったけど、あえて言う事でダメ押しをする。
「デートコースのラストは、その『オペラ座に咲く百合の花、2輪』なんだけどな~」
プリシラにとって黄金以上に価値のあるチケットを前に、プリシラはゴクリと息を呑んだ。




