第12話 それくらい嬉しかった
ソラリスから策を授かってからその準備に1日かかり、そして放課後、私は満を持して1人廊下を歩くプリシラに話しかけた。
「ねぇプリシ――」
「話しかけないでっ」
速攻で拒絶された。いや、無理もないけど。だって私達の仲がまだ険悪なままなこともさることながら――学園は今まさに私達の話題で花盛り、しかも噂には尾ひれが付いてドンドン拡散していっているみたいだし。
「今私達が話したりしてたら、更にどんなこと噂されるかわかったものじゃないでしょっ!?」
プリシラはその可愛い顔を恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤に染めていた。窓の外は夕日で赤く染まっているけどそれに負けず劣らずの赤っぷりだ。
「いや、それもごもっともなんだけど……」
「だったらほっといてよっ!!」
「いや、それでも話があるんだって」
「私は無いわっ!!」
「お願い!! ちょっとだけでいいから!! ねっ!?」
「い~やっ!!」
「いい話があるのっ!! ねっ!? ほんの少しだけ、お願いお願いお願いっ!!」
「ああもうっ……しょうがないわねぇっ……!!」
拝み倒すように粘り強く食い下がる私に根負けしたのか、それともこのまま話しかけられていると誰かに目撃されてしまうと考えたのか、その両方か、しぶしぶプリシラは首を縦に振ってくれた。
「……それで? いい話って何よ」
人目に付かない場所という事で私達は校舎裏に移動していた。プリシラは腕組みをしながら壁にもたれている。
「あ、えっと、その前に……ごめんね? こんなことになっちゃって」
まずは謝る。
「まったくよ!?」
プリシラが私にビシッと指を突きつける。
「あ、あなたのおかげで、私は学園中で噂されてるんだからね!? しかもよりによって……わ、私とあなたが……つつつつつ、付き合っているだなんて!!」
「ねぇ?」
「しかも私があなたを押し倒したことになってるのよ!? どうしてくれるのよ!!」
「いやぁ、ホントどうしてこうなったんだろうねぇ」
「あなたのせいでしょ!?」
はい、その通りです。
「あなたが本気だって示すために火に足を突っ込もうとしていなかったら、私はこれさえもあなたの高度な意地悪だろうって思ったわよ!?」
「あ、アレは偶然だったって信じてくれるのね」
アレっていうのは私がプリシラに押し倒されているようにしか見えない場面で、狙いすましたようにソラリス達が山小屋に入ってきた例の件についてだ。
アレは本当に神様の意地悪というかグッジョブというか……いや、やっぱり意地悪ね。
「……まぁ、あの時のあなた、怖いくらい真剣で、嘘とか演技とかには全く見えなかったから、それに……」
プリシラはそこで言葉を区切ると、再び腕を組んでぼそりと呟いた。
「その……あなたが私を探しに来てくれたってのも、本当だったみたいだし……」
「えっ……」
「そ、それと、あなたが来てくれなかったら私今頃風邪ひいて寝込んでいるか……もっと酷いことになってたかもしれないから……」
「ぷ、プリシラ……」
「――と、とにかく!! その点について“だけ”は感謝しているのよ!! それだけっ!!」
そう言うとプリシラは顔をプイと背けてしまった。
……えっ?
……プリシラが、私に、感謝を……? そんなことが……!?
「……っ」
「――ちょ!? なんで泣くのよ!?」
突然涙をこぼし始めた私に、プリシラが慌てふためく。
「だ、だってぇ~」
私のことを嫌っていた……いや、今でも十分嫌いみたいだけど、そのプリシラが私にお礼を言ってくれるなんて……
もうそれだけで人生をやり直したかいがある。それくらい嬉しかった。
「ほ、ほら、これで涙拭きなさいよっ!! これじゃあまるで私がいじめているみたいじゃない!!」
プリシラはそう言うと、ハンカチを貸してくれた。いい匂いがするっ……
「あああっもうっ、調子狂うわねっ……。私に喜々として意地悪していたあなたはどこへ行ったのよ……」
その大バカ者は遥か遠い時の彼方へと去りました。今ここにいるのはあなたのことを心底愛している女の子です。
「もうあなたに絶対、絶対に意地悪なんてしないからっ……」
「それはわかったわよっ……まぁこの状況はそれ以上にひどい状態なんだけど……」
まぁ、それはそうかも。
「……それで、話を戻すけど、いい話って何よ」
なんともやりにくそうな感じでプリシラが話の続きを促してくる。
「あ、うん、それなんだけどさ……」
「なに?」
いざ言うとなると、やっぱり怖気ずく。それでも私は勇気を振り絞って、プリシラに言った。
「デートしない?」
「さよなら」
踵を返して去っていこうとするプリシラを、私は大慌てで回り込んで食い止める。
「ま、待って待って!!」
「私とあなたがデート……!? バカなの!?」
いや、そう来るだろうとは思っていたけどさぁ。
「今私とあなたがデートなんてしてごらんなさいよ!? 噂を完全肯定するようなものでしょ!?」
「うん、それは確かに」
「そもそも!! そもそもよ!? あなた分かってないの!? ……私はまだあなたのことが大嫌いなのよ!?」
――それは分かってる。痛いほど分かってる。
「そんなあなたと私がデートするわけないでしょ!? 冗談言わないでよ!!」
それももちろん分かってる。でも私には秘策があるのだ。
「まぁまぁ、いい話って言ったでしょ?」
「デートのどこがいい話なのよ――」
「――『これ』を見ても、同じことが言えるかしら?」
私が制服の内ポケットから取り出した『これ』を見てプリシラは――
「……………………なっ!?!?!?」
目を丸くし、驚愕の表情を浮かべた。




