個別エンド【プリシラ】 神様はまだ見ていてくれた
夜、テラスで星を眺めているとあの日々のことを思い出す。
プリシラを失って、ただひたすらかなわない奇跡を願って、祈り続けた数十年。あの日に返して欲しい、愚かだった私にやり直す機会が欲しい、それが叶わないならせめて一目プリシラと会いたい。
そんなことを思いながら、ずっとずっと嘆き悲しんだ私の人生。隣にはソラリスもいてくれたのに、その想いにも気付かずに、ただひたすらプリシラとのあり得たかもしれない日々を想って、宝物のプリシラノートをめくった日々。
もしかしたら今私は死ぬ間際に夢を見ていて、本当は奇跡なんて何も起こっておらず、私は老婆のままなんじゃないか……そう思ったこともある、だけど、
「――どうしたの、何か考え事?」
――こうして私の隣で椅子に座って、手を繋ぎながら一緒に星を見てくれているプリシラの手の温もりが、これが現実なのだと教えてくれる。
「ううん、なんでもないの……ただ、幸せだなって」
私は、ぎゅっと強くプリシラの手を握る。その左手の薬指には、私との婚約指輪がはまっている。
「こうして、あなたと一緒にいられて……私、凄く幸せ」
「も、もうっ、何よ急に……照れるんだけど……」
プリシラからしたら不意打ちだったのか、月明かりの下でもわかるほどはっきりとプリシラの頬が染まっていた。
「……そもそも、私はあなたの嫁なんだから一緒にいるのは当たり前でしょ?」
「うんっ……そうねっ!」
プリシラが、私のお嫁さん。何て素敵な響きなんだろう……
「これからは、ずっと一緒よ? それこそ、私達がおばあちゃんになっても、ず~~っと、ね」
「……!!」
おばあちゃんになっても……
……私が一度おばあちゃんになった時、私の側にはプリシラはいなかった。それでも今回は、私とずっと、一緒にいてくれるという。
「…………ねぇ、プリシラ?」
「なぁに?」
プリシラは私のお嫁さんになってくれた。だから、これも言わないといけない。言う必要はないかもしれない、でも、それでも言わなくちゃいけない気がした。だから、
「――私が、おばあちゃんになった未来からやって来た、って言ったら信じるかしら?」
それを言われたプリシラは、ポカンとしていた。
「……はぁ? 何言ってるの? 夢でも見たの? それとも空想小説の話?」
「今の私はね、二度目の人生を歩んでいるのよ」
「もう……何を言い出すかと思ったら……まぁいいわ、面白そうだし付き合ってあげる。それで? どんな未来だったの?」
私の話を空想の産物だと思ったのか、プリシラは楽しそうに微笑みながら続きを促した。
「その人生ではね――私は、あなたと一緒にはいられなかったの」
「えっ?」
「私が、あなたを好きだってことに気付けず、あなたと完全に仲たがいしちゃって、それであなたとは卒業してから二度と会う事は無かったの」
「ちょ……」
「それでね、あなたがあの……何て言ったっけ? なんとか子爵って人と結婚して初めて、私はあなたを愛していたことに気付いたのよ」
「ちょ、ちょっと待って……?」
プリシラが、困惑した感じで私を見つめている。
「それからの日々は、本当につらかったわ……愛するあなたともう、二度と会えなくなっていたんだもの」
「え、いや、でもその……ほら、卒業後何年もしたら、会うくらい……」
「それもできないくらい、私達の仲は決裂していたのよ」
あの山小屋の中で、私がプリシラにした、酷いことで。
「私はずっと、あなたのことだけを想って何十年も過ごしたわ。あなたと友達になれた学園生活やデートを妄想したり、宝物のプリシラノートをめくったりしてね。……それしか私には出来なかったもの」
「クリス……」
「そして私は年をとっておばあちゃんになっても、ずっとずっと、やり直したいって願っていたの。……神様、もう一度、プリシラに合わせてくださいって」
「……」
「そうしたら奇跡が起こって――私は、こうしてあなたとまた会うことが出来た――というわけなのよ」
話し終わってしばらく沈黙が流れる中、途中から黙ったまま話を聞いていたプリシラが――ゆっくりと口を開いた。
「クリス……」
「うん……」
何を言われるだろう、私はギュッと身構えていると――
「――怖い夢を見たのね……」
「へ?」
プリシラから、ぎゅっと抱きしめられた。
「え? あ、あれ……?」
「ずっと不思議だったの。あなたの態度がある時から急に優しくなったから……つまり、その……前に言ってくれた『前世から好きだった』ってそう言う事だったのね?」
「え、えええ……?」
「私のことを失ってしまう夢を見て、それで――私を好きだってことに気付けた……そう言う事なんでしょ?」
いや? いやいや!? 現実なんだけど!? プリシラ、すっごい勘違いしてるよ!?
「何て言うか、その……夢でも何十年もただひたすら私を愛してくれていただなんて……照れちゃうわっ……でも、凄く嬉しい……」
「いや、ホントなんだって……!! 私、ホントに未来から……!!」
「またまた、そんなこと現実にあるわけないでしょ? 小説じゃあるまいし」
「え、えええ……」
あったんだけどなぁ……でも、まぁ……
「いやぁ~クリスったら、そんなに私のこと好きなのね~」
結果オーライだし、まぁいっかぁ。私がほっと胸を撫でおろしていると、
「――ところで」
「何?」
「――プリシラノートって、何?」
「あっ……」
いけない……秘密だったのに……今でも記入を続けてる、私の宝物なのに……!!
「ねぇ、何? それは夢の話? それとも……」
「あ、えっと……」
「ねぇ?」
こ、こわ……!? 目がマジよ!?
「そ、その……ね? 私、プリシラのこと大好きで……」
「うん」
「初めて会った日からね、プリシラに関することを全部調べたノートを付けていて……」
「例えば?」
「好きな物とか、嫌いな物とか……」
「他には?」
「……し、身長とか、体重とか……」
「それだけ?」
「………………す、」
「す?」
「スリーサイズの記録とかも……ず、ずっと付けてました……!! 今でも付けてます……!! ごめんなさいっ……!!」
私はがばっと頭を下げた。
反応が怖かったけど、それでもしばらくたっても何も返ってこない。そこで私が恐る恐る顔をあげてみると――
「…………っ」
プリシラが――――もう今まで見たことがないくらい、頬を赤く染めていた。
「……へ?」
「――そ、そんなに私のこと、好き、だったんだ……」
「あ、うん……」
最初は気付いてなかったんだけどね? だってこれ、いじわるのため――だと思ってデータを集めていたんだもん。実際はそれくらい執着するくらい好きだったってことなんだけど。
「その……私のスリーサイズとかの情報、見るの好き……?」
「うん、好き」
「も、もうっ……バカなんだからっ………………今も、ノート、付けてるって言ったわよね……?」
「う、うん……ソラリスに調べてもらってる……あの子、目視で正確に測定できるみたいで」
「…………はぁ~~~~」
それを聞いたプリシラが、大きくため息をついた。
「私達、もう結婚したのよ? だから、その……」
「?」
「……あ、明日からは、直に計らせてあげるわよっ……好き、なんでしょ?」
「え!? いいの!?」
ホントに!? わぁい!!
「ありがとう、プリシラっ……!!」
「べ、別にいいわよっ……! だって私、あなたの嫁なんだもん……!」
プリシラは照れ隠しのように、私を椅子から引っ張り上げると、寝室の方に手を引いて歩き出した。
「ほ、ほら……! もう寝ましょ……! って言うか寝かさないけどっ……!!」
「え、ええっ……も、もうっ、プリシラってばっ……えっちっ……」
「しょうがないでしょっ! あなたがこんな話をするからっ……!!」
そこで、プリシラがふと立ち止まった。
「そう言えば――さっき奇跡がどうとか言ってたわよね?」
「あ、うん、それがどうしたの?」
「いや、もしも神様が奇跡を叶えてくれるなら――」
「なら?」
「今の私なら、こう願うわね――『クリスとの赤ちゃんを授けて欲しいです』って」
「ふぇ……!?」
プリシラは照れくさそうにほっぺたをかいている。
「だって、愛する人の赤ちゃんってやっぱり欲しいし……もし奇跡なんてものがあるなら、それがいいなって」
「それは確かに、私もプリシラとの赤ちゃん欲しいけど、でも……」
「でも?」
「――――そんな奇跡が起きた場合、赤ちゃんって……“私が”授かることになるんじゃないかな~って……ほら、その……ね?」
「ぷっ……それもそうねっ……それは確かにそうだわっ」
そして私達は笑い合いながら、寝室へと入っていった。
――なお、神様はまだ私のことを見ていてくれたらしく――ウィンブリア公爵家はおおよそ10か月後、第一婦人そっくりの世継ぎを得ることになるのだった――
お読みいただき、ありがとうございますっ!!
これにて完結です……!! 見ていただいて本当にありがとうございました!!




