個別エンド【ソラリス】 今日も、そしてこれからも円満
「あ、ほらほらお嬢様、お花、もうそろそろ咲きそうですよっ」
「そ、そうねっ」
結婚しておよそ一月、春の息吹を存分に感じさせる穏やかな気候の中、私はソラリスに手を引かれて一緒に中庭をお散歩していた。空は快晴だし、お弁当も持ってまさに絶好のお散歩日和というやつ……なのだけれども、
「懐かしいですねぇ~。子供の頃もこうして一緒にお庭で遊びましたよねっ」
「そ、そうね、懐かしいわっ」
「一度お嬢様が転んで泣いちゃったことがあって、私がおぶって帰ったこともありましたよね~」
「そんなことも、あったわねっ」
懐かしい思い出を振り返りつつ、私は短めなドレスの裾を掴んでぎゅっと引っ張る。周りにはソラリスしかいないんだけど、それでも誰かに見られてないかと辺りをキョロキョロと見回してしまう。
「――んもう、お嬢様ってば、なんでそんなにモジモジしてるんですか?」
「だってぇ……」
私がモジモジとしている理由、それは私の服装に原因があった。
「そんなに可愛らしいのに、恥ずかしがることないじゃありませんかっ」
「今更こんな恰好、恥ずかしいわっ……」
「いえいえ、実にお似合いですっ! 胸を張ってください」
ソラリスは自信満々にそう言うと、大きなリボンがついた私の頭をそっと撫でた。
「思い出しますねっ。お嬢様、小さい頃このリボンがお気に入りで、いっつも付けてましたよね?」
「そ、そうだけどっ……」
「それにこのドレス……まさにあの頃のまんまですっ! ああっ……たまりませんっ」
ソラリスは我慢できないって感じで、私をあやすようにギュッと抱きしめる。
「小さい頃のお嬢様……最高ですっ」
「も、もうっ……ソラリスったらほんと変な趣味してるわよねっ……」
そう、私は今ソラリスの要望で……子供の頃の格好をさせられたうえで一緒に中庭を散歩していた……まるで、幼い日の私達がそうしていた時のように。
ソラリスは自分のローテーションの時、こうして私にロリな格好をさせることをとても好んだ。曰く『だって私、お嬢様と子供の頃からお付き合いしたかったんですもんっ……その日々を取り返すためにも、ぜひお付き合いくださいっ』とのこと。
私としてはいい年してこんなフリフリの格好をするのは、ものすご~~く恥ずかしいんだけど、ソラリスからうるうるした瞳で頼まれるとどうにも断れず、結局私がロリな恰好をしてデートをするって展開になるのがいつもの流れになっていた。
ちなみにソラリスは子供の頃からメイド服だったので変わらずメイド服。私だけこんな羞恥プレイさせられるなんて……ずるいっ!
でも私には何十年間もソラリスの好意に気付かずにプリシラのことだけ想っていたっていう負い目もあるし、ソラリスからのお願いは何でも聞いてあげることにしていた。それに、まぁその……恥ずかしくはあるけれど、これはこれで……ってところもあるし。
「んふふ~お嬢様~~」
幼い恰好をした私に、ソラリスはたまらないとばかりに頬ずりをしてくる。それにしても、姉のソラリスは私にロリの格好をさせるのが趣味、妹のエルザは私に男装させるのが趣味と、なかなかに業の深いメイド姉妹ね……
「んもう……そんなにこの恰好がいいの?」
「それはもう……!!」
即答だった。
「ずっとずっと、こうするのが夢だったんですからっ……恋人として、幼いころから、許嫁みたいに過ごしたいってずっと思ってましたっ……お嬢様のお嫁さんになれたらどんなにいいだろうって、私……」
「ソラリス……」
「それが、私の身分ではお嬢様のお嫁さんにはなれないと知った時……私、世界が終わっちゃったんじゃないかってくらい悲しかったんですよ?」
ソラリスが、私を抱く腕にギュッと力を込めた。
「それで、せめて妾でもいいからってずっと頑張ってアピールしてきたのに、お嬢様ったら全然気づいてくれなくて……」
「ご、ごめんね……?」
うん、ずっと、ず~~~っと気付かなかった。それこそ、何十年もずっと。
だから私は、この子を絶対に幸せにしてあげないといけない。何十年分もの、想いにこたえるためにも。
……まぁ、幸せにされる、のは私の方かもしれないけど。
「でもそれが、まさかこうしてお嫁さんになれるなんて……夢にも思っていませんでした」
「エルザには、感謝しないとね」
「ですね、ホントあの子がいてくれなかったら、妾としてお側にいることしかできませんでした。それでも十二分に幸せなんですけど、こうしてお嫁さんとしてお側にいられることに比べたら……」
「そうね、やっぱり愛し合ってるんだもん、結婚したいわよね」
「はいっ……!」
ソラリスはそう返事しながら、花のような笑顔を向けてくれた。こんなにも可愛くて、献身的な子の想いに気付かなかったなんて、昔の私ってやつは、ほんとダメなやつね。
「あ~、えっと……それはそれとして、なんだけど……」
私はオホンと咳払いをして、話を変えた。
「なんですか?」
「その……私達、結婚したわけじゃない?」
「え、今更ですね?」
「あ、うん、今更なんだけど……」
私は前々からずっと思っていたことを、そろそろ言わないといけないと思っていた。今がいい機会、だと思う。
「だからその、ソラリスは私のメイドでもあると同時に、お嫁さんでもあるわけじゃない?」
本当は嫁入りと同時にメイドを辞めると言うのが世間一般では常識なんだけど、ソラリスは断固として私にメイドとしてご奉仕を続けたいと主張したので、未だにソラリスは私のメイドでもあり、嫁でもあった。
「はい、そうですね」
ソラリスは、私が何を言いたいのか分からないのか不思議そうに首を傾げている。
「だから……その……何て言うか……」
「はい」
「……名前で呼んで欲しいな……って」
「あっ……」
私の言わんとするところを察したソラリスが、ぽっと顔を赤くした。
「それはそうなんですけど、どうしてもメイドとしての癖が抜けなくて……ついついお嬢様って呼んじゃうんですよね」
「クリスって呼んで欲しいな~」
「むぅっ……」
「ねぇねぇ~?」
「――で、でもっ」
珍しく攻める私に対して、ソラリスが一層顔を赤くしながら、
「その……お布団の中では、お呼びしてますよね……? クリス、って」
「そ……!! それは……そう、なんだけど……!!」
私もカウンターを食らって、顔が赤くなったのが自分でもわかった。
主導権が完全に向こうにあるお布団の中でだけ、ソラリスは私の名前を呼ぶのが暗黙の了解になっていた。
「そっかそっかぁ~。お嬢様はクリスって呼んで欲しいんですね~」
「い、いや、だからそれは、普段から呼んで欲しいな~って……」
慌てる私に対して、ソラリスはニンマリと笑っている。
「――では、今からいっぱい呼んで差し上げますねっ」
ソラリスは私を抱っこから解放すると、その手を取って屋敷へとズンズン歩き出した。
「ちょ、どこに行くの……!?」
「どこって、お嬢様のお部屋に決まってるじゃありませんか」
「ふぇ!?」
「んもうっ……こんな日も高いうちから名前を呼んで欲しい、だなんて……お嬢様ってば大胆ですねっ」
「ち、ちが……!? そう言う意味じゃなくてね!?」
「ささ、参りましょ~」
私達の婦婦仲は、今日も、そしてこれからも円満だった――




