第11話 怒ってても可愛い
「あああああ……」
私は自分の部屋のベッドで、枕に顔を埋めながら足をジタバタさせて悶えていた。嬉しいやら恥ずかしいやら恐ろしいやら、様々な感情がごちゃ混ぜになって襲ってきて、私は奇声をあげながら枕にぐりぐり顔を押し付けている。
その理由というのは……今日の教室での出来事だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨日のプリシラ遭難事件があって学園中が私達の噂で持ち切り。そんな状況の中恐る恐る教室に行った私を待ち受けていたのは――
『クリス様!! あ、あのっ……!! お、おめでとうございますっ!!』
『すっかり騙されましたわっ!! まさかお2人がこっそりお付き合いされていたなんて!!』
『ああっ……道ならぬ恋……何て素敵なんですのっ……!!』
恋の話題に興味津々のクラスメイトからもみくちゃにされるという事態だった。もう目が好奇心でギラギラしていて怖いのなんの。この世代の恋に対する関心の強さを改めて思い知らされる。
『い、いやあの……そ、それはちが――』
私の否定の言葉は、キャイキャイ言いながら私を取り囲む声にかき消されて虚空に消えていく。ちなみにソラリスは私に密着したまま押しつぶされていた。大丈夫!? あなたちっちゃいもんね!?
『いがみ合うように見せかけて、実はこっそり愛を育んでいたんですね!?』
『そして2人は雨の降りしきる山小屋で2人っきり、お互いを激しく求めあい――その時の様子をぜひ詳しく!!』
『あ、あの!! 実は私も女の子が好きで――』
『女の子同士ってどうやってするんですか!? 私、凄く興味が!!』
なんかカミングアウトがあった気がする。あと誤解が誤解を生んで、今やもう私とプリシラが隠れて付き合っていたと言うのは公然の事実になっているらしい。
――でも違うの!! 確かに私はプリシラと仲良くなりたいし、あわよくばお付き合いさせて頂きたいとは思っているけど、現状は恋人関係でも何でもないの!!
それどころか、今もプリシラの私に対する好感度はマイナス方向に針が振り切れた状態で、友達でさえないのぉ!!
私がプリシラにもう意地悪するつもりも無くて、友達になりたいって思っていることは伝えることに成功はしたものの、まだ全然嫌われてるんだからぁ!!
もみくちゃにされる中、そのもう一人の当事者であるプリシラはどうかと人混みから伺うと――
『………………!!!!』
怒ってるぅぅぅぅ!!!! ものすごい怒ってるぅぅぅ!!! なんか顔を真っ赤にして、羞恥と怒りで赤鬼みたいな顔でこっちをにらんでます!! 怖いっぃぃぃぃ!! ……でもプリシラ、怒ってても可愛い……いや、そんなことを言ってる場合じゃなくて、何とか噂をどうにかしないといけない。
せっかく私の気持ちを伝えたのに、これじゃあ何て言うかある意味逆効果だ。
『だ、だから、私とプリシラは付き合ったりしてなくて――』
『はいはい、わかっていますとも。そういう感じで今後も行くんですよね?』
『いや、感じとかそういうんじゃ――』
『でも、ここまで大っぴらになったんだし、もう隠す必要も……』
『おバカさんねぇ、それでもあえて隠すからこそ燃え上がるんじゃない』
『そっかぁ~』
そっかぁ~……じゃない!! 全然違う!! 事実が1ミリも含まれていない!! 勘違いですべてが構成されている!!
それからどう説明しても、お年頃で頭がピンク色になっているクラスメイトは信じてくれず、プリシラの怒りのボルテージはガンガン溜まっていったのだった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ああああああ……!!」
私は今日の出来事を再び思い出し、見悶えながらベッドを転がり回って、
「ふぎゃっ」
ベッドから落ちた。
「……何してるんですか、お嬢様」
購買部への買い物から帰ってきたソラリスが、手に紙袋を抱えながら呆れたような顔で見下ろしてくる。
「お、お帰りソラリス」
「ただいまです。いや、それより何してるんですかって聞いてるんですけど」
「え、えっとその……」
私は頭をかく、まさか私とプリシラが付き合っていると言う噂――勘違いなんだけど――が、嬉し恥ずかし、でもどうしよう……で見悶えていたなんて言えるはずも――
「察するに、『お嬢様とプリシラが付き合っているという噂と言うか勘違いに嬉し恥ずかし、でもどうしよう……って感じで見悶えていた』ってところですか」
「当たってる!? ほぼ完ぺきに当たってる!?」
「それは今のお嬢様のだらしなく緩んだ顔と、乱れたシーツを見たらわかりますとも」
え、そんな緩んだ顔してる? 私は頬に手を当てて自分の顔をぐにぐにとした。
「はぁ……もう、で? どうするんですか?」
「ど、どうするって……何が?」
「いや、今後の方針ですよ。プリシラと仲良くしたいんですよね?」
「う、うん。それはそうなんだけど……」
でも今の現状はかな~りまずい。プリシラは恥ずかしさと怒りからか、遭難事件以前よりも近づくなオーラ全開なのだ。
「どうしよう……」
「はぁぁぁぁぁ~~~~」
ソラリスはまたため息をついた。
「困ったお嬢様ですねぇ……しょうがない、私が策を授けてあげましょう」
「ソラリスぅ!!!!」
私はガバ!! と起き上がりソラリスに抱きつく。流石私の頼れるメイド……!! あれ? なんか今朝も同じことしたような気がする。
「ふあっ……や、やんっ……と、突然抱きつかないでくださいよぅっ」
「え!? あ、ご、ごめんっ」
「んもうっ……そういうとこですよっ」
どういうとこだろう。ソラリスは乱れたメイド服を直しながら赤い顔をしている。
「……おほん!! いいですか? ではお嬢様がプリシラと仲良くなるためのステップ1、それはですね……」
「ごくり……」
私は固唾を呑んでソラリスの言葉を待つ。
「――デートです!」
「無理に決まってるでしょ!?」
即答した。
だって話しかけるのも困難な状況なんだよ!? そんな状況でデートに誘うなんて、無理も無理、大無理に決まってる。
ところが私の否定をさらりと受け流すように、ソラリスは不敵に笑う。
「くっくっく……さにあらず、我に秘策アリです」
そしてソラリスは、その策とやらを自信満々に私に語り出した。




