第109話 幼馴染
「お嬢様、どうしたんですか?」
「いや、だって……」
エルザとの初デートでとりあえず喫茶店に来ていた私は……キョロキョロと周りを見渡していた。これだけ周りを気にする理由、それは……私の今の格好が、男の子だからだ。
街の人々の中には私の顔を知ってる人もいるだろうし、もしバレたら凄く恥ずかしい……ような気がする。いや、実際恥ずかしいでしょ? これ。
18にもなって男装して、しかも傍らにはメイド服姿の女の子、しかもその実態は公爵令嬢と伯爵令嬢だという……ほんと、どんなプレイなの? それに冷静に考えたらこれってどちらも仮装じゃない?
「んもう、そんなに恥ずかしがっちゃって……男の子の格好をしていることの何が恥ずかしいんですか?」
普段から仮装――本人曰く魂の衣装とのことだけど――しているエルザは実に堂々としたもので、いつ周りの人にばれないかとビクビクしている私とは対照的だ。
「こんなに似合ってるのに……はぁはぁ」
エルザの息が荒い。それにうっとりとした目をしながら、私の腕にギュッと抱き着いてきている。本人的には今の私の姿に大満足の様だ。
「似合ってるなら余計に恥ずかしいと思うんだけど」
「何をおっしゃるんですか。どこからどう見ても美少年、なのに中身は美少女……はぁぁ、たまらないじゃないですか」
「んもう……エルザってばヘンタイなんだからっ」
「ヘンタイ結構ですっ、だって今の私、すっごい幸せなんですもんっ」
エルザはニッコリと笑うと、私の腕を抱いている腕に力を込めた。
「理想のお嬢様にお仕えできて、しかもそのお方の妻にもなれて、更にこんな美少年にも化けられる……もうクリス様は私の理想のお嬢様そのものですっ……」
「そ、そう……?」
「はいっ! 私は、クリス様にお仕えして、そして愛するために生まれてきたんだと確信しましたっ」
「喜んでくれてるならそれでいいけど……」
本当に幸せそうだし、まぁいっか。こういう愛の形があってもたまにはいいだろう。
「愛しのお嬢様が同時に愛しい女性でもあるなんて、私は幸せ者ですよっ」
「私もエルザのこと、好きよっ」
本当に思わぬ形で付き合って、そして嫁にすることになったこの子だけど、性格はいいし可愛いしで、結構好きになっていた。この子の結婚生活も多分楽しいものになるだろうと、ここ最近一緒に暮らしてそう確信するくらいにはこの子のことを分かってきていたし。
でも……前世では私、この子のこと全く知らなかったのよね。それがこうして嫁になると言うのだから世の中って本当に分からないわ。
「それで、いつから私の嫁になりたいと考えていたの?」
「そうですねぇ……プリシラと仲良くしているお嬢様を見て、この人だっ!! って思ったんですよね。それに前からお姉さまにはメイドとして凄く興味がありましたし、なのでお近づきになりたいなって思って夏にご一緒させてもらったんですっ」
「そうだったんだ」
「はいっ。ちなみに合宿に行く前から、私が第二婦人でってことはプリシラに言ってありました」
「ぶっ!?」
その頃からそんな話を、プリシラと……!?
「で、でも、その頃プリシラって私のこと全然好きじゃなかったんじゃ……」
「まぁ、あの子素直じゃないですからね、それにお2人、色々あったみたいですし……でも、実際のところその頃からプリシラ、結構気持ちは傾いていたと思いますよ?」
「そうなの!?」
「はい、だってあの子、お嬢様みたいな子絶対好みですから。幼馴染の私が言うんだから間違いありません」
それは聞いたけど……でも、そっかぁ、幼馴染……かぁ……
「……エルザとプリシラって幼馴染なのよね……?」
「そうですけど?」
「その、昔っから仲……良かったの?」
「ええ、それはまぁ、勿論よかったですよ? 私とプリシラは大親友と言っていいくらいですし」
「そう、なんだ、ふぅん……」
「それが何か……? って、あ」
私の反応を見てエルザが、まるで遊べる玩具を見つけたか子供の如く……本当に楽しそうにニンマリと笑った。
「いや、あの、えっと……」
「そっかそっかぁ~そうですよね~。大っ好きな女の子の幼馴染に大親友がいたら……それは気になりますよね~」
「あ、あわわわ……」
「うんうん、いいですよ~その反応、実にいいです」
「ち、違うのよ、えっと……」
「ああもうっ、お嬢様ってばなんて可愛いんでしょう……」
エルザはそう言うと、私の頬にそっと指を添えて来た。
「もうっ……食べちゃいたいくらい可愛いですっ」
「だ、ダメだってばっ……私達まだ式もあげてないのよっ……」
「そうですけど、でも……それくらい可愛いなって」
「も、もうっ……」
ひとしきり私をからかって満足したのか、エルザがすっと手を離した。
「ふふっ、ご安心ください。私にプリシラへの恋愛感情は全く、これっぽっちもありませんから。プリシラからも同様だと思いますよ?」
「そうなんだ……」
「ええ、私たちの間にあるのはあくまでも友情です。ご安心しましたか?」
「う、うん……」
やっぱりその、気になるものね。プリシラは私とのデートやキスが初めてだって言ってたけど、エルザ側からはどうだったのか、とか。
「それにしても……」
エルザは何故か、さっきからチラチラと後ろの席の方を見ている。なにかあるんだろうか?
「鈍いわりに独占欲ばっちりですねぇお嬢様は」
「だってぇ……」
何十年もの想いがこもってるんだもん。それくらい、ずっとずっとプリシラを愛し続けていたんだもん。絶対に、他の人には渡したくないんだもん。
「そんなにプリシラのこと好きなんですか?」
「好き、大好き」
後ろから、ガタッと何か物音が聞こえた。
「それにソラリスお姉さまも独り占めしてますし……私、プリシラには恋愛感情はありませんけど、お姉さまには結構あるんですけど、恋愛感情」
「ダメっ、あの子は私のだもん」
また後ろから、ガタッと物音が聞こえた。
「そう言うと思ってましたけど。お姉さまからも『私はお嬢様専用だからダメよ』って言われちゃいましたし」
お嬢様専用……ソラリスったらそこまで言ってくれたんだ……凄く嬉しい。
「まぁあれですね、2人共幸せ者ってやつですね~? ねっ?」
「え、ああ、そうね」
妙に大きな声で、私にそう聞いてくるけど……一体何なんだろう?
それから私達は街を一通り回ってデートを楽しんだ後、実家へと戻って来た。
「ただいま~」
「お帰りなさいっ!! お嬢様っ」
「お帰りっ、クリスっ!」
何か2人共、えらい上機嫌なんだけど……どうしたんだろう?
「何かいいことでもあったの?」
「何でもありませんよ~。ええ、なにもありませんとも」
「そうね、決して凄くいいことを聞いちゃったから、とかそう言うんじゃないから」
「そ、そう……」
何かよくわからないけど、まぁいっか。
「それより2人共、キスはまだなのよね?」
「え、あ、うん」
だって2人の前でしてって言われてたし。
「じゃあほら、さっさとしちゃいなさいよ」
「え!? 今スグ!?」
「そうよ、だってせっかくのデートだったんでしょ? だったら締めくくりはキスに決まってるじゃない、ほらほら」
「え、あ、うん」
私は2人に促され、ちょこんとベッドに座らせられた。
そこに、エルザがゆっくりと迫って来る。
「お嬢様っ……では……いいですか……?」
「あ、やっぱり私がされる方、なんだ」
「それは当然ですっ」
「当然ね」
「当然ですっ」
3嫁が綺麗にハモった。さいですか。
「では、目をつむってください」
「は、はいっ……」
目を閉じた私に――エルザがそっとキスをしてきた。
エルザと私の初キスは、他の2人の嫁ともだいぶ違う、意外……と言っては何だけど優しいキスだった。




