第107話 初めての2人っきり
「んふふ~どうですか、クリスお嬢様っ、気持ちいいですかっ?」
「え、あ、うんっ。気持ちいいわっ」
今日はソラリスの妹指導という事で、私がエルザさんから膝枕をされながら耳掃除をして貰っていた。
メイドの基本技能である膝枕と耳掃除を実地で教えるのは、本来なら姉のソラリスの役目なんだけど、そうなるとソラリスがエルザを膝枕することになってしまう。
でも、ソラリスのお膝は私だけのものだから、そんなの絶対にダメに決まっている。だからこうして、エルザのお嬢様として私がこうして膝枕される役をしているというわけだ。
「いいですか、エルザ。ちゃんとお嬢様に気持ちよくなって頂けるよう、ちゃんと頭も撫でて差し上げながらお掃除をするんですよ?」
「はぁ~い。こうですか?」
エルザのほっそりとした指が私の頭をサワサワと撫でる。それはソラリスの慈愛に満ちたナデナデとはまた違った味わいがあって、これはこれで……と言うものだった。
もちろんソラリスのナデナデとは天と地レベルで差はあるものの、将来性は期待できるナデナデだ、うん。
「あれ? そう言えばプリシラは?」
「プリシラ様でしたら、奥様から呼ばれて仲良くおしゃべりしてますよ? なかなか気が合うみたいですね、あのお2人」
「そう」
お母さまは本当におっとりした方だし、プリシラとはタイプが正反対だけどそこが逆にウマが合ったんだろうか? いずれにせよ姑となるお母さまとプリシラの仲が良好なのはいいことだ。
「あ、えっと……それでですね、お嬢様?」
「なぁに?」
「実はその……私ちょっと仕事が残っていたのを忘れていまして、ちゃちゃっと片付けてきますのでその間エルザのことよろしくお願いいたします」
「えっ」
「大丈夫ですよ、エルザもメイドとしての鍛錬はしっかり積んでいるみたいですから、膝枕ならそこそこやれる、と姉からお墨付きを出しましょう」
「いや、それはいいんだけど……」
確かにお膝はソラリスとはまた違った感触ですっごく気持ちいいいし、耳掃除も心地よいけど……でも、えっと……
「あ、エルザ、言っておくけど、2人っきりになったからってお嬢様に手を出しちゃダメだからね?」
そうそこ! そこなのよっ! まぁでも、そんなに心配することも無いと私自身思うんだけど。だってそもそもエルザは私のメイドになりたいから嫁になりに来たわけで……でも、最近では惚れましたって言われたしなぁ……いや、でも大丈夫でしょ。
「じゃあお嬢様、直ぐに戻ってきますので、それまでよろしくですっ」
「あ、うん……」
そしてソラリスは小走りで部屋から出ていき、部屋には私とエルザの2人だけが残された。
そう言えば、彼女が3人も出来てから、2人っきりになるのって何気に初めてかも……
「クリスお嬢様っ」
「な、なぁに!?」
「痒いところはございませんか?」
「え、ええ。大丈夫、よ……?」
「そうですか、もしあったら遠慮なく言ってくださいねっ。私、クリスお嬢様にご奉仕するの大好きなのでっ」
エルザはそう言うと、実に心地よい手つきで耳掃除を続けた。
なんかこう……彼女から愛に溢れたご奉仕をされていると、凄く幸せよねっ。彼女冥利に尽きるって言うか……あとでプリシラにもご奉仕してもらうかしら、なぁんちゃって――
「――お嬢様っ」
「ふぇ!? な、なに!?」
いけない、いけない、つい不埒なことを考えていたわ。
「どうしたの?」
「いえ、その……2人っきり……ですね」
「え、あ、そうねっ」
そう言えば私、エルザと2人っきりになるのって実は初めてかも? だってエルザってつい最近まで友達……ではあったけど、どちらかというとプリシラの親友で、ソラリスの妹って立ち位置だったし。
その子が今ではこうして私の未来の嫁となって、こうして膝枕をしてくれているんだから……運命ってホント分からないわねっ。
「私達が2人っきりになるのって、実は初めてなんじゃないですか?」
うんそれ、私も同じこと考えてた。
「ああでも、ダンスの時は2人でしたね」
「そうね」
「あの時のお嬢様、何度も言いますけどすっごくかっこよかったです……あれで私、お嬢様に惚れちゃったんですもん」
「なんか、照れるわね……」
こう、あまり意識していなかったから、今更意識しちゃっ照れるって言うか……そうよね、この子も私のこと、好き、なのよね、ホント今更だけど
「でも私、お嬢様とデートしたことないですよね?」
「あ、そう、ね」
「キスも、したことないですよね?」
「そう、ね……」
確かに、2人っきりになるのも今がほとんど初めてなんだから、デートもした事は無いし、ましてやキスもまだだった。
「えっと……する?」
嫁の中でただ1人デートもまだというのも、やっぱり悪いし――
「え!? いいんですか!? ではさっそく!!」
「へ!?」
気が付いたら瞬く間に体勢を入れ替えられて、ベッドに押しつけられていた。
「ちょ……!? な、何を!?」
「え? だって今、する? って……ああっ……お嬢様ってばいい匂いっ……」
な……!?
「ち、違うわよっ!! そう言う『する?』じゃなくてっ!!」
「それ以外に、何をするんですか? あ、鍵をかけてこないと……」
「そうじゃなくて!! デート!! デートよっ!!」
こ、このままじゃ食べられちゃうっ……!! 式もまだなのにっ、そんなっ……いけないわっ……!!
私がなんとかエルザの下から逃げ出そうと、モゾモゾともがいていると――
「――――ふふふっ」
エルザが、堪えきれないように吹き出した。
「――んもうっ、わかってますよぉ。やだなぁ」
「へ?」
「私だってそれくらいわかりますよっ。私はお嬢様ほど鈍くはありませんからっ」
冗談、だったの……? すっかり騙されちゃったわ。
エルザはそんな私の反応を楽しむように、私の鼻をツンツンとつついた。
「やっぱりお嬢様はからかわれているお顔も可愛いですねぇ」
「もうっ、いじわるっ……」
「ふふっ、でも、言質は取りましたからね? 私ともデート、してもらいますよ?」
「それは、勿論よっ」
「私だけ仲間外れってのも、寂しいですし……」
「その……ごめんね?」
「いいんですよっ、しっかり初デート、楽しませてもらいますからっ」
「え? 初デート、なの?」
「いけませんか……?」
「いや、そんなことはない、わよ?」
でも意外……と言うかなんというか、エルザほどのお嬢様なら誰かとデートしたことくらいあると思ってた。
「なので、すっごく楽しみにしてますねっ」
「ええ、任せてっ」
私はエルザにのしかかられたまま、ぐっと親指を立てた。
「あと――初キスも、デートの終わりにお願いします」
「え……あ……うんっ」
この子の初キスを、私が貰えるんだ……やばい、けっこう嬉しいかも。
「――あ、お姉さまの足音が近づいてますね。ほらほらお嬢様っ、早く元の体勢に戻りましょうっ」
「あ、はいっ」
そして私達がそそくさと膝枕の体勢に戻ったところで、ソラリスとプリシラが部屋に戻ってきたのだった。




