第106話 冗談、よね……?
「ふぅっ……いいお湯だったわねっ」
「そ、そうねっ」
いつも通り嫁達3人とお風呂に入った私は、皆で私の寝室に戻ってきていた。プリシラとエルザには客間を用意してあるし、ソラリスには自室もあるんだけどみんな当たり前のように私と一緒に寝るつもりらしい。
確かに私のベッド、皆で寝れるくらい広いけどね。
「あの、今日も一緒に寝るの?」
「あら? 当然でしょ? だってこの子の部屋、あなたの部屋の隣だって言うじゃない。そんなの絶対放置できないわ」
プリシラが私の腕をぎゅうっと抱えながら、ソラリスのことをジトっと睨んだ。
確かに私だけのメイドであるソラリスの部屋は私の部屋と隣だし、ドアで繋がってる上にそのドアも自由にソラリスから開けられるけどさぁ。でも、いくらソラリスでも――
「まさか、結婚が認められた夜に即夜這いとか……しないよね? ね?」
「………………」
「ソラリス?」
プリシラと私を挟み込むような形で腕に抱きついていたソラリスが、目を左右に泳がせた。
「モチロンジャナイデスカ~イヤデスネェ」
何で棒読みなんですかねぇ……ソラリスさんや。
「ほら、油断も隙も無いじゃない……ねっ、クリス? 式まではあなたの身は私が狼さんから守ってあげるからっ? だから、今日は私と一緒に寝ましょ? ね……?」
抱きついた腕にぎゅうぎゅうと力を込めて、プリシラがニッコリとほほ笑んでくる。か、可愛いっ……
「あ~あ~? 金髪の狼さんが何か言ってますよ? お嬢様っ。私はただお嬢様を金髪の狼さんからお守りしようとしているだけなのにっ。ひどい言いぐさですっ」
ソラリスも負けじと私の腕にぎゅ~~っと抱きついてきた。やっぱりこっちも可愛い……
「まぁまぁ、こんな狼さん達と一緒に寝るなんて、結婚前だと言うのに危ないですよっ。という事で、今夜は私と一緒に寝ると言うのはどうですか? クリスお嬢様っ。私が守って差し上げます」
私の背中にピタリと張り付いているエルザが、お風呂上りでまだ湿り気の残る私の髪に顔を埋めている。ああっ……なんか最近ではこの子も可愛く思えて来た……
「そう言うエルザも、どう見ても狼でしょ!?」
「そうよっ!! 絶対ダメ!!」
「じゃあ、今まで通り全員一緒に寝るしかありませんね? お互いの牽制ってことで」
「そうねっ」
「仕方ありませんっ」
私の自由意思と言うのはどうやらないらしい。いや、嫁達と一緒に寝るの、私も好きだけどね?
それでもこう……狼に囲まれて寝る羊の気分って感じがビシバシするのよね……
「いや~それにしても……」
プリシラ達に引っ張られる形で、私はベッドに腰かけされされた。
「それにしても、流石はウィンブリア公爵家のお屋敷ね。あの大浴場ときたら……私の実家のホールよりよっぽど大きかったわよ」
「そうね、我が家のお風呂よりかなり大きかったわ」
「私は子供の頃から毎日欠かさずお嬢様のお背中をお流ししていましたので、慣れてますけどねっ」
「ぐぬぬ……クリスの小さい頃、か……。可愛かったんでしょうね……」
「それはもう……!! 天使がいるとしたらこういうお姿なんだろうなってくらい……いや、むしろ天使以上に可愛らしい子供時代でしたよっ、お嬢様はっ」
ソラリスが誇らしげに胸を逸らしたので、むぎゅっとその豊かなものが押し付けられた。
「そうね、確かにクリスお嬢様の子供の頃って本当に可愛らしかったわ」
「え……?」
エルザさん?
「言ってませんでしたけど、実は私、クリスお嬢様と小さい頃に社交界でお会いしたことがあるんですよ? その時はもう、こんな可愛い女の子がこの世にいるのかと驚いたものです」
「そうなんだ……会ってたのね、私達」
まぁ確かに、社交界なんて狭い世界だし、子供の頃に会っていたとしても不思議じゃない、わよね。私は全然覚えてないんだけど……
「覚えてないのも無理はありません、本当にちょっとだけでしたから、お会いしたのは」
ううん……そうなんだ。でも、悪いことしたなぁ。
「そうなると……クリスの小さい頃を知らないのって私だけなの……!? そんなのって……」
「プリシラ?」
「そんなの、ずるいわっ……私もクリスの小さい頃の姿、見たかったのにっ……」
そうは言われても……小さい頃の姿なんて、今更見せてあげることもできないし……
「肖像画ならあるけど……?」
「イヤっ! 生で見たいのっ!」
そんな無茶な……と私が無理難題に頭を抱えていると、ソラリスが、
「あ……じゃあ、当時の格好をお嬢様にしていただく、と言うのはどうでしょう」
「へ?」
なんか、とんでもないことを言い出した。
「ほら、お嬢様って小さい頃から背は大きめでしたけど、実はそれからあまり成長してないんですよ」
ええそうね。背も、そして胸も全然成長していないわよっ、はっはっは……
「なので無理をすれば、当時……まぁ10歳くらいの服までならギリギリ入るんじゃないかと」
「いやいや!? 無理じゃない!? 流石に!?」
「大丈夫ですっ! お嬢様のお体の成長は私が週単位で記録して把握してますから、それくらいならいけるはずですっ!」
「週単位って……お姉さま、全部暗記してますの?」
「それはもちろん。だって愛しいお嬢様のお体のサイズよ? 当然でしょ?」
それは当然……なのかしら?
「それくらい愛してくれていたのね、ありがとう、ソラリス……」
「お嬢様っ……」
見つめ合う私達、そこに――
「ちょっと!? いやいやいや!? やっぱり変だからね!?」
プリシラが、割り込んできた。
「いくら好きな相手の体のことだからって、そんな克明に記録して覚えているなんて……!! そ、その、は、ハレンチよっ……!!」
ぐさっっっ!!!!!!!
な、流れ弾が……
実はプリシラのことは好きな教科、苦手な教科は言うに及ばず、趣味、特技、更には入学時からの克明な身長体重3サイズの成長記録までぜ~~んぶ私、暗記しているのよね……
だって前世の私ってそれが記録されたプリシラノートを読むのが一番の楽しみだったんだもん……!!
「まぁそれはそれとして……」
それとして! なの!?
「ねぇクリス? その……私だけあなたが子供の頃の姿を見たことがないって不公平だと思わない?」
「そ、それは、その……」
プリシラノートのこともあるし、私は後ろめたさから何の反論もできなくなってしまう。
そして気が付いたらソラリスの姿が無い……え、もしかして……
「持ってきました!! お嬢様が10歳の頃に着ていたドレス数着です!!」
「でかした!!」
でかしたじゃないのよぉぉぉ!? 入らないから、絶対入らないから!! いくら何でもそんな……!!
「破けちゃうでしょ!?」
「大丈夫です! 私の記憶が確かならばギリギリ行けます!」
何でそんな自信満々なんですかねぇ!? そんなに私のサイズに自信があるの!?
「ほ~らお嬢様? 脱ぎ脱ぎしましょうね~?」
「ちょ……!? 何その昔の言い方……!! や、やめ……だ、ダメェっ……!!」
「お姉さま、逃げられないように鍵もかけました!」
「でかした!」
だからでかした! じゃないのよぉ!?
「ソラリス、私も着せ替え手伝うわ」
「ううん……でもこれは、私のお仕事で……」
「お願いっ!! ね? ね?」
あのプライドの高いプリシラが、手を合わせてソラリスにお願いしてる……!!
そんなに!? そんなに私のことを着替えさせたいの!?
「んもうっ……しょうがないですねぇ、では、2人で着せ替えましょう」
「ありがとうっ! 恩に着るわっ。……ふふふっ、子供の頃のクリス……楽しみねっ」
2人……いや、3人がじりじりと迫って来て、私は壁に追い詰められてしまった。3人とも、目がマジよ!? ねぇ、ちょっと……!?
「あ、いや、ちょ、待って、お願いっ……あ、あああああっ……!!」
そんな私の懇願もむなしく、その晩の私は3人の着せ替え人形にされてしまったのだった。
まぁ、プリシラは「可愛いいぃぃ!! 子供の頃のクリスってこんな感じだったのね……!! もうさいっっこうっ!!」と大層ご満悦だったから、それはそれで嬉しかったんだけど――
「結婚後も、たまにこんな幼い恰好して貰おうかしら……」
「いいですねぇ~」
「そうしましょう、そうしましょう。趣が変わって実によろしいです」
なんてこと、嫁達3人が言ってたんだけど……冗談、よね……?




