第103話 帰省
冬休みになり、私と私の彼女3人の計4人は自宅へと帰省する馬車に揺られていた。
「まさかこうなるとは、人生って何が起こるか本当に分からないわね」
雪がちらついている景色を窓から眺めながら、プリシラがぽつりとつぶやいた。
「何が?」
「何がって……今の状況よっ。……まさかあなたの実家に行くことになって、それも、何て言うか……嫁として紹介されに行くなんてね」
プリシラは赤い顔をしたまま、隣に座った私の肩を抱きよせた。私は幸せいっぱいでプリシラの肩に頭をコトンと乗せると、プリシラが私のあごにスッと手をかけたので私が目を閉じると――
「んっ」
キスをされた。
もう馬車に乗ってから何十回されたか分からないくらいのキスだ。
「あああっ……!! プリシラ様ずるいっ……席、早く替わってくださいようっ……!!」
「いやよっ。まだ5分くらいはあるはずよ? それまではこの子は私のものなんだから。ね? エルザ?」
「そうね、交換まであと4分40秒よ」
「もう~~~っ、長いっ……! あと5分が本当に長いっ……!!」
懐中時計を見ながら答えるエルザに、ソラリスが身をよじる。
帰省の馬車の中では私の隣に1人しか座れない以上、私の隣を3人が取り合ったので時間で私の隣を交代する、というルールにしていた。そうしないと本当にケンカを始めそうだったし。
でも2人はともかく、エルザまで私の隣に座りたがったのは意外だったけど、どうも聖夜祭のダンスパーティー以降、三人曰く『惚れ直した』とのことで私を取り合う状況が続いていた。
プリシラは対面に座ったソラリスとエルザ――特にソラリスに見せつけるように、私のことをぎゅっと抱きしめると、ソラリスが羨ましそうに見つめて来た。
「あああっ……もうっ……いいなぁっ……」
「あら? そうは言うけれど、あなたがこの子の隣に座っていた時だって散々見せつけてくれたじゃない。そのお返しよっ。ねぇクリス?」
「それは――むぐっ!?」
答えようとした私の唇は、その途中でプリシラに塞がれてしまった。
「――ふふっ、愛してるわっ、クリス……」
「わ、私もよっ……」
「ああもうっ……式まで待ちきれないっ……早く卒業してあなたと結婚したいわっ」
聖夜祭が終わって以来、プリシラはそればっかり言っている。二言目には私と結婚したい、結婚したいと口にしている。
私は力いっぱいプリシラに抱きしめられながら、本当に私ってこの子と喧嘩していたのかしら? と疑いたくなるほどだった。それくらい、私はこの子から愛されていることを実感していた。
「――ところでクリス?」
「なに?」
「その……私があなたのお嫁さんになるってことだけど……あなたのお父様とお母さまは、許して下さったのかしら……」
「ああ、それは――」
プリシラ達を彼女にすると決めてから、実家にこの子達と結婚させてもらいたい旨の手紙を送った。
その返事は、『詳しく聞かないと正式に許可は出来ないけれど、聞いた限りでは許可を出せないことも無い。だから冬休みに連れてきなさい。それはともかく女の子が3人とは、我が娘ながらやるなぁ……』とのことで、こうしてみんなで実家に向かっている途中だった。
我が親ながら懐が深いと言うか何と言うか……だって次期伯爵となるエルザはともかく、プリシラは小さな男爵家の次女だし、ソラリスなんてメイドなんだから。
私自身、身分で結婚できない相手がいるなんて馬鹿げているとは思うけど、それでも貴族としての体裁というものがあると言うのも分かる。それでも両親は頭ごなしに否定しないのだから、本当に感謝しかない。
「多分、大丈夫よ。きちんと説得しないといけないだろうけど、話せばわかってくれると思うわ」
「そう――良かったぁ……この状況でダメなんて言われたら私――」
「言われたら?」
「――あなたの妾になるしかないと思ってたもの」
「ぶっ!?」
め、妾って!?
「何を驚いているの?」
「だ、だって妾って……!! そこまで考えていたの!?」
「当たり前でしょ?」
プリシラは、こともなげにそう言った。
「だって……あなたと初めて会った時に一目惚れしてから、どうにかしてお嫁さんになれないかと考えたけど……その……どうしてもだめなら妾でも……何て妄想したりもしたのよ?」
「そ、そうなんだ……」
プリシラが、私に一目ぼれしてくれていたとは聞いていたけど、まさかそこまで妄想とは言え考えてくれていたなんて……それに比べて私ったら、そんなプリシラに気付かずいじわるしていたとは……本当に私ってばバカだったんだなぁ……
「そうよ。だって私とあなたってそれくらい身分が違うんだもの」
「それにしたって……あなたはれっきとした貴族なのよ?」
貴族が妾になるなんて、聞いたことないわよ? まぁ愛人、とかならよく聞くけど、妾と愛人では全然違う。妾の場合はその恋人の家に住むことになるんだから。
「だから、その……」
プリシラは恥ずかしそうに、私から顔を逸らした。
「妾になってもいい……今の私はそれくらいあなたに惚れているってこと……言わせないでよっ」
「プリシラっ……」
そこまで言ってくれるなんて……流石に照れる……っ。
「ああ~~~~暑い!! この馬車の中暑すぎじゃないですかねぇ!?」
私達の様子を見て、ソラリスが悶えていた。
「ホントですね~お姉さまっ。ここは1つ私達も負けじとイチャイチャしたほうが……」
「ダメっ、私はお嬢様のものなんだからっ」
「ちぇ~っ」
「そうよエルザ、ソラリスもあなたも、私のお嫁さんになるんだからねっ」
「お嬢様っ……!!」
「はぁ~い。じゃあ私も、張り切っちゃいますねっ」
……いや、何を?
「さて、プリシラ様、お時間ですよ? お隣を替わってくださいっ」
「んもう、しょうがないわねぇ……あまり見せつけないでよ?」
「どの口でおっしゃってるんですかねぇ……どの口で……」
ブツブツと文句を言うソラリスとプリシラが席を交換して、ソラリスが間髪置かずに抱きついてきた。
「えへへ~お嬢様~~っ」
「も、もうっ……ソラリスったらっ」
そうして私は、実家への道を馬車に揺られていった。もちろんその間中ずっと代わる代わる愛の言葉を囁かれ続けたのは言うまでも無い――




