07 カネとコネでござる
「お、『ひかラブ』か。おつかれー」
「おつかれー」
「お疲れ様でござる」
夜。
すでに仕事は始まっていた。
冒険者ギルドで仕事初めの連絡をすると、早速ザンマたちは二手に分かれることになった。
「三人のころはできなかったけど、四人ならそっちの方が効率いいからな。さすがにひとりじゃ、主にオレが無理としても」
そして組み分けは、ザンマ・アーガンのペア、それからよっちゃん・シェロのペアになった。
その分け方の理由は、それぞれの役割にある。
ザンマは当然、近接戦闘型である。刀を振り回して、正面勝負で相手を倒す。わかりやすいスタイルだ。
そしてシェロも、得意なのは防戦だけと言うが、旋棍と呼ばれる、握り手のある短棒を用いた格闘術を使える。
一方で、アーガンとよっちゃんは近接戦闘ができない。それぞれが魔術師系統で、格闘では下手をすると一般人にも負けると言うのだ。
アーガンはよっちゃんに魔術の腕で劣ると言うが、逃げ足は勝っているという。
であれば、守りの役も引き受けられるシェロがよっちゃんと組むのがよかろうということで、今の組み合わせに分かれた。
「ひかラブ、とはなんでござるか?」
「うちのパーティ名。『光のはじまりファンクラブ』略して『ひかラブ』。わかりやすいだろ?」
「ほう。それはなかなか……。善行で名を上げれば、『光のはじまり』の評判も高まりそうでござるな」
「そうそう。これ、シアちゃんたちにちゃんと許可取って名前つけたんだけどさ。名前を借りてるって思うと、下手なことはできねえなって気も引き締まるよ。っと、お疲れ様ー」
「おいーす。お疲れー」
「お疲れ様にござる」
人とすれ違うたびに、ザンマはアーガンと一緒になって挨拶をしている。
不思議に思って、訊いた。
「随分、色々な御仁たちと知り合いなのでござるな」
「他の街だとどうだか知らないけど、ライトタウンは夜まで出歩ているやつが多いからな。こうやって街をぐるぐるやってりゃ、それなりに顔見知りはできるよ」
王都にいた頃、自分にはどれほどの知己がいただろうか。
思い返そうとして、無意味と気付いてザンマはやめた。
あそこはダンジョン攻略の拠点にしていただけだ。暮らしていたのとは、少し違う。
「おっと、酔っぱらい発見。声かけるか」
アーガンがとっと、と道端に寝そべった男のところに駆けていくのに、ザンマもついていく。
「おーい、兄ちゃん。意識あるかー?」
「んんんぁあ? でぇじょうぶだよ、おりゃ、酔ってねえよ……」
「いや嘘じゃんな。家どこ? 自分で帰れる?」
「んん……」
その言葉を最後に、男はそのまま地べたで寝入ってしまった。
ふう、と溜息を吐くアーガンに、ザンマは、
「放っておいてもいいのでござらんか? これほどの泥酔では、よもや悪事などできないでござろう」
「いや、放っておくと危ないだろ。パトロールが回ってるって言っても、全域を常にカバーできてるわけじゃないし……」
アーガンは、男の肩の下に腕を差し込んで、
「わり、ザンマ。そっち側持ってくれるか?」
「うむ。どこかに運ぶのでござるか?」
「ギルドに連れてくよ。あそこ、夜は一応詰め所みたいになってるし。他の冒険者も結構いるから、朝までそこに置いときゃいいだろ」
承知した、とザンマはもう片側に腕を入れて、ふたりはせーので息を合わせて、その男を持ち上げた。
「…………これ、このまま運んだらまずいかな」
「脱臼は免れぬでござろうな」
身長差。
ザンマの持った側だけ極端に腕を吊り上げられた男は、うう、と苦し気に呻いた。
「拙者が運ぶでござるよ。なに、大した重さではござらん」
「すまん、真の力が解放すればこのくらいオレひとりで余裕なんだが……」
真の力ってなんだ。
思いつつ、ザンマは酒臭い酔っぱらいを背負いこんだ。
@
「お、『ひかラブ』……、ってわけでもないのか? よっちゃんとシェロくんはどうしたんだ?」
からんからん、とギルドの戸を開けると、中にいた青年が真っ先にアーガンに声をかけてきた。
「今日は別行動。ひとりオタク仲間が増えたからな」
「へえ……って、ええっ!?」
茶色い髪の、品の良さそうな男だった。
高級げな装備を身に付けて、ギルドの真ん中の椅子にまとめ役のような顔で座っていた彼は、ザンマの顔を見ると、急にがたがたっ、と席から立って、
「ざ、ザンマ=ジン!? 『夜明けの誓い』の!? アーガンのところにいたのか!」
ああ、知られている。
ザンマはこの後の厄介な成り行きを思って、早々にこの場を離れたくなった。
背負った男を、近くの長椅子に横たえてから言う。
「今はもう『夜明けの誓い』の一員ではござらん。ただの新米オタクでござる」
アーガンも事情を察してくれたらしい。
ザンマの先を行くように踵を返して、茶髪の青年に「じゃあ、オレらは仕事に戻るよ」と声をかける。
それに青年は慌てて、
「ま、待ってくれ! 気分を害したなら悪かった。謝るから、少し話を聞いてくれないか」
ちら、とアーガンがザンマを見た。
ザンマはこっくり頷く。さすがに、真正面から謝られてなおも不機嫌を通すような場面でもない。
振り向くと、青年はにこりと微笑んで、
「僕はカイト=イストワール。この街で第三の規模の企業、『イストワール商会』の息子だ……って言うと親の七光り丸出しで嫌なんだけどな。君にだけはどうしても言わなくちゃならない。君、うちの祖父母を助けてくれただろ?」
「祖父母?」
「ほら、ここに来るまでに、馬車に乗り合わせて」
ああ、とザンマは思い当たる。
懐からそのときに貰った名刺を取り出してみると、確かに『イストワール商会 名誉顧問』と肩書かれていた。
「聞いたよ。王都から帰る途中に危険な目に遭ったところを、君に助けてもらったってね」
ただひとり事情が呑み込めていないアーガンが、ザンマに訊く。
「何かやったのか、ザンマ?」
「いや、何。大したことではござらん。王都からここに来るまでの道中でろぉどでぇもんに襲撃されたのでな。少し露払いしたところに、たまたまこの御仁の御家族も居合わせた、というだけのことでござる」
「…………へえ、『ロードデーモン』が」
ブーツを床に鳴らして、カイト=イストワールはザンマのすぐ傍まで寄ってくる。
そして、右手を差し出してきた。
「ありがとう。これでも祖父母とは仲が良くてね、僕のいないところで死なれたら一生の悔いになるところだった。感謝するよ」
ザンマも、何気なくその手を握り返した。
ぐっ、とカイトはその手を握る力を強めて、
「うちの家訓は『受けた恩は百倍返し』。何か困ったことがあったら言ってくれ。『イストワール商会』はもちろん、僕もこの街にふたつしかないBランク冒険者グループのうちのひとつ、『ホワイトランタン』のリーダーだ。『夜明けの誓い』ほどじゃないけど、見知らぬ街の道しるべとしては頼りにはなるつもりだよ」
「む、しかし……」
大したことはしてござらん、と言おうとしたのに、アーガンが横から口を挟む。
「『ホワイトランタン』は夜間パトロールだけじゃなくて、この手の街仕事の中核グループだからな。仲良くしておいて損はないと思うぜ」
ナイスアシスト、とカイトがアーガンにウインクを飛ばした。
そこまで言われれば、無下にするのも忍びない。
「かたじけない。何かあれば、頼らせてもらおう」
「ああ。……ところで、アーガンと一緒に居るってことは、ザンマさんもひょっとして『光のはじまり』のファンなのか?」
「うむ。昨日よりオタクになり申した」
そうか!とカイトはどういうわけか、安堵した様子で、
「『光のはじまり』のファンっていうなら、問題なさそうだ」
「問題?」
尋ねると、ああっと、とカイトは口ごもり、
「あんまり来たばっかりの人にライトタウンの悪いところのご紹介はしたくないんだけどな」
「どーせ『ブラックパレード』の話だろ? もう手遅れだって」
「何?」
カイトが訊くのに、アーガンは首を竦めて、
「昨日の握手会で『漆黒』が暴れてたよ。もうザンマはそれを見てる」
「ああ、昨日の……。聞いてるぞ。あいつら我が物顔でやってくれたらしいな。なあ、アーガンからも『光のはじまり』に言ってやってくれないか? 『イストワール商会』がスポンサーにつくって。そうすればあいつらには好き勝手させないってさ」
「オレだってそうしたいけどさ。ダメダメ。シアちゃんがそのへん、頑固だから」
「うーん、光るものはあるんだけどな……。あ、でもあれか。昨日、石油王がファンについたんだろ? 新規のファンが『漆黒』のやつらを金で黙らせたって聞いたぞ。そっちの方がスポンサーについたりしないのか?」
「それもダメ。その石油王、今は文無しだから」
「……は? 白金貨をぽんと払えるやつが文無しって、油田が一日で枯れたのか? それともよっぽど金勘定が下手なのか?」
「だってさ、ザンマ。どっちだ?」
え、とカイトが固まるのに、
「金勘定が下手というので、正解でござるな」
「…………いやまさか。確かに、元Aランクの少人数パーティならそのくらい持っててもおかしくはないけど……」
カイトは意を決して、
「もしかして、石油王?」
「ひと時だけ、そう呼ばれ申した」
ごめんなさぁーい!と。
夜のギルドに、謝罪の声が響いた。




