47 光でござる
最初に、アーガンがいた。
二番目に、シェロが来た。
三番目に、ヨルフェリア。
そして最後に、ザンマが辿り着いて。
四人は並んで、ライブステージを眺めていた。
「お前らは知らないと思うけどさ……」
ペンライトを振りながら、アーガンが言った。
「『光のはじまり』って、あの順でメンバー加入してったんだよ。シアちゃん、ゼンタちゃん、ローちゃんの順」
「知ってます」
「常識……」
「いや、そういうこと言ってんじゃないんだよ。お前らはリアルタイムで見てなかっただろって話で……」
「出た出た、古参マウント」
「アーガンくんの数少ない性悪ポイントのひとつ……」
「いや普段はこんなこと言ってないだろ! ……なあ、ザンマは知ってた?」
「否。……そうか。あの三人も、初めから三人だったというわけではないのでござるな。見ていなかった時間が、少し惜しまれるでござる」
「ほらー! ほら、お前ら聞いた!?」
「聞いてましたけど」
「それが何……という感じ」
暗い、ドームの中で。
珍しく四人は、最後列で壁に寄りかかって。
光り輝くステージを、じっと眺めていた。
外の世界に置いてきたもののことを、忘れたような振りをして。
「……なんだか、」
今度は、シェロが口を開いた。
「現実は……苦しいことばかり」
「は? ちょっといま現実の話とかしないでもらえます?」
「そーだそーだ。空気を読めー」
「……いや。今から私は……ここなら現実のことをどうたらという言葉にまとめようと……」
「ボクは現実としてここにいますけど?」
「よっちゃん、もう自分で何言ってるかよくわかってないだろ」
「……ザンマくん。どう思う」
「そうでござるな……。確かにここには何か、心を救うようなものがあるような気がするでござる」
「お前たちも……ザンマくんのように美しい心を持つべき」
「唯美主義はんたーい」
「心の多様性を尊重してくださーい」
光の中で、アイドルが踊っている。
愛される人。愛を与える人。
彼女たちの歌声に、指先に、表情に。
ただぼんやりと、見惚れていた。
「そういえば、みんなには言っておこうと思うんですけど」
ヨルフェリアが、言う。
「ボク……ヒナトとちょっと脈アリかもしれません」
「帰ってくれないか?」
「なぜよりにもよって……この場で恋愛の話を……」
「はー? これからもしかしたらボクも同棲してあの家を出ちゃうかもしれないからと思って、事前にこうやって話してやってるんですけど?」
「そっか。遠くに引っ越しても元気で、そして割分の家賃だけは納め続けてくれ」
「ヒナトさんの分を合わせて……二人分でいい……」
「二人とも狂っちゃってるのかな? ザッくんはボクのこと祝福してくれますよねー?」
「む? ……うむ。寂しくはなるが、応援しているでござる」
「あ~、幸せ……」
「そうかよ」
「おめでたい……人間」
あ、とアーガンがそのとき、何かを思い出したように声を上げた。
「でも、そういえばオレもだわ」
「え? 恋愛ですか?」
「いや、そうじゃなくてさ。家出てく、っていうやつ」
ふとその瞬間に、全員が静かになって。
ステージから聞こえてくる音楽だけが、四人を包み込んでいた。
「オレ、多分さ……。ここで終わりだわ」
そうか、とも。
寂しくなりますね、とも。
何も言わずに、四人は佇んでいた。
たった一瞬。本当なら何の関わりもなかったような自分たちがこの場所で会えたことを。
その、優しさと。
少しばかりの救いを、永遠に手放さないように。
「ザンマは?」
アーガンが、訊いた。
「ザンマは、何かないの? 言いたいこととか」
「……そうでござるな」
迷ったふり。
そういうのを、躊躇いとも呼ぶけれど。
「拙者は結局……誰も殺せなかったでござる」
「よかったじゃん」
告白に、アーガンは晴れやかに、そう応えた。
「……ああ。よかった」
「なんだかそれ、今日一番よかったことかもしれませんね」
二人も、笑って。
こんなことを、ザンマは思った。
ここまで生きてきて、よかった。
最後の曲が、流れて終わる。
ステージの上で、四人のアイドルが手を振っている。うち三人は見慣れた顔で、残りの一人は、あまり見慣れていない顔。
アンコールの大合唱が始まる。
あらら、とヨルフェリアが言った。
「時間、大丈夫なんですか?」
「今の時点で……結構押しているが」
「だいじょーぶだよ」
不安そうに立っていたアイドルたちに見えるように、アーガンが腕で、大きな丸のサインを送った。
それで安心したように、曲がまた、流れ出す。
もうほとんど涙ばかりで、歌にもならなくなってきたけれど。
それでも素敵なステージが、最後を越えても続いていく。
「あの子よりオレが悪魔になって飛ぶ方が速いんだ。だから、オレが最後にあの子を抱えて空まで飛んでいけば、もっとギリギリまでやれる」
「攻めますねえ」
「でも……素敵だ」
「少しいいでござるか?」
ザンマが、懐から小さな球を取り出す。
『ダンジョンコア』。
「これを使えば、もっと速く飛べたりは……」
「お、ザッくんいいもの持ってますねー。これ、ボクが使いますよ。この魔力で加速の補助をしてあげます。十倍速は固いですよ」
「それでは……星まで届いてしまいそうだ」
いいなそれ、とアーガンは言った。
「オレ、一回星に触ってみたかったんだよな」
「その気持ち、ちょっとわかるでござるよ」
「お、やっぱり? ザンマはわかってくれると思ったんだよなー。こういうの」
だって、と二人は目を合わせて。
悪戯をする子どもみたいに笑った。
「オタクは――」
「ぴかぴか光るものが好き、でござるからな」
あとは、ずっとステージを見ていた。
四人のうち三人は好きだったけれど、残りの一人のことは、よく知らなくて。
もしかしたらもっと前から好きになっていたら、こんなときもっとずっと応援してあげられたのかもしれないとも思ったけれど、時間は戻せなくて。
それに、世界中にいる全員を、あますことなく好きになるなんてこともできなかったから。
今日のこのライブで、少しだけ。
少しだけ彼らは――そのアイドルのことも、好きになった。




