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38 四人目の解明、でござる


「ヒナトさまー!」

「あん?」


 振り向いたら、想像よりだいぶ低いところに女の子の顔があった。

 その人物が誰だかヒナトは知っている。オタクどもに無理やり連行された先で歌って踊っている姿を見たことがあるから。


 ロー。

『光のはじまり』とかいうけったいな名前のアイドルグループの一員。


 ヒナトは膝を曲げて、視線を合わせる。


「どうした?」

「第三拠点への食糧供給やりました報告です!」

「おー、そっか。ありがとな」


 くしゃくしゃ、とヒナトはその頭を撫でる。えへへ、と子犬のようにはにかむ顔を見ると、まあオタクの気持ちもわからんでもない、と思ったりする。子どもは可愛い。そういうものだ。


 ヒナトが率いる第二拠点は規模が小さい。その割に物資が潤沢だから各拠点との連携のための細かい仕事が多く、立ってるものは子どもだろうが働いてもらう、という環境と化している。その点このローは優秀だった。家業の給仕とアイドル業の経験から対人コミュニケーションが円滑な上、同世代の子どもたちと比べても明らかにしっかりしている。


 でも、とちょっと思った。


「よっちゃんはいなかったか? 正直あたし、あんまりその手の事務仕事得意じゃないから、できればそっちに……」

「よっちゃんはわたしが近づいたら『ひゃああああ!』って叫んで逃げちゃいました」

「……………」


 前言撤回。

 オタクの気持ちはわからない。


「あ、あとあと。もう一個なんですけど」

「おう」


 また厄介事じゃなければいいな、とヒナトは思っている。何せさっき、第一拠点からやってきた『ホワイトランタン』の連絡員に聞いた。王都陥落は事実。父と兄と弟が逃げてきたこと。ロージェスあたりがこっちに来ていることが戦力としてありがたいのは事実だが、王族として国のことを考えれば、これ以上ない危機である。第一拠点はカイトを中心に上手く機能しているのがわかっているから、下手に指揮系統の混乱が起きなければいい、もし起きてしまったら自分が王をぶん殴ってでも……と、取り留めのない心配事ばかりが頭に浮かんでくる中で、


「何か、レクリエーションをしたいんです!」

「……ん?」


 その提案は、予想していなかった。


「さっき、第三拠点の人たちに聞いたんですけど、向こうはすごく落ち込んじゃってるみたいで……」

「あー、向こうはリーダー向きのがいないから……」

「もう四日目ですし、これじゃみんなも参っちゃいます! だから……あの、こんなときに何を考えてるんだって思われるかもしれないんですけど、でも、そんなに遊びみたいなものじゃなくてもいいんです。ご飯にちょっと工夫したりとか、そういうのでも。みんなに息抜きをさせてあげたいな、って……」

「んー……」


 悪い話じゃないな、とヒナトは思う。

 確かにこういう閉鎖環境では心の動きが鈍くなる。ほとんど外にも出られないから、籠城に適性のない人間なんかはそれだけで心身の調子を崩すこともある。提案自体には一理あったが、


「今はちょっとな……。家とか壊されて仕事もなくなって、って状態だと何とも……。感情を逆なでして終わるかもしれないしな」


 人間の感情というのは一筋縄ではいかない。よかれと思ったことが惨事を引き起こすこともあるし、実行前から結果が懸念されるような行為は、あまり実行に移したくない。間違いなく摩耗は始まっているが、逆に言えば始まったばかりだ。今の時点では籠城の長期化が確実というわけでもないし、変に刺激するくらいなら多少のダメージを覚悟したうえで耐える方がマシなように思える。


「あっ、ご、ごめんなさい! 勝手なこと言って……」

「いやいや、いいって! いい提案だったよ。ただちょっとあたしの方で上手くやり方が見つけらんないっていうか……ちょっと考えてみるからさ。また何か気付いたら言ってくれ」


 はい!と元気に言って、ローが去っていく。もう少し言い方ってもんがあっただろ、とヒナトがひとり反省会を始めようとすれば、ぬっ、とその背後からヨルフェリアが姿を現して、


「世界で一番カワイイですね、ローちゃん……」

「ぅわあっ!!」


 振り向いたヒナトは、心臓を押さえながら、


「お、おまっ……見てたのか!」

「見てました、物陰から……」


 こいつこんな奴だったか?と再会から何十個目かの疑問符をヒナトが頭に浮かべていると、急にヨルフェリアは真面目になって、


「大丈夫だと思いますよ。レクやっても」

「え?」

「この街、王都とはちょっと違いますから。楽しさ優先っていうか……。文化とかエンタメにケチをつける習慣がないんです。どんな状況でも楽しければいいっていうか……。だからボクも、この街が大好きなんですけど」

「つっても……」

「歌って踊ってくらいなら大して物資もいりませんよ。大丈夫。この街の人は、そういうの好きです」


 あまりにも迷いなく言うので、反論する気も失って、両手を挙げて苦笑して、


「わかった。そっちは先輩に任せるよ」

「はい、任されまし――」


 この拠点で、気付いたのは二人だけだった。

 話を止める。目も合わせない。そんな暇はない。


 走り出す。

 迎え撃つために。





「実験記録、か?」

「そのようでござるな」


 パラパラと、その書類を二人は捲る。暗い部屋。斬り落とした扉も見せかけだけ元の通りにして、室内灯もオンオフのチェックで侵入が露見しないよう消したまま、アーガンの灯火の僅かな光だけを頼りにして。


「見覚えがあるな。こいつら、カイトから報告があった事件被害者だ」

「となると……ここはスィープモーターの書斎、ということでござるな」


 ああ、と頷いてアーガンは書類を戻すと、部屋の中を動き回り始める。引き出しという引き出しを開きながら。


「何を?」

「『ダンジョンコア』持ちの情報を探してる。たぶんそのままにしてはおかないだろ。鍵のかかった場所にあるはずだ」


 がっ、とその手が止まる。

 いちばん大きな机の、いちばん上の引き出し。


「ザンマ、開けられるか?」

「お安い御用」


 キン、と一閃。持ち手ごと、金属製の引き出しの一面が削れ落ちた。


「……当たりだ。クド=クルガゼリオ。あいつコアの適合者だったのか」


 四枚の紙を、アーガンは取り出す。厳重に保管されたそれは、実験成功体の資料。


 一枚目は、クド=クルガゼリオ。二枚目、三枚目は、


「クラヴィス、イリア……!?」

「知り合いか?」

「『夜明けの誓い』の……『大魔道』と『聖女』でござる」


 マジかよ、とアーガンは、


「それってつまり、素でヒナトとかシェロとかと同じくらいってことだろ? んなやつらがゴロゴロいたら……」

「アーガン殿、悩むのは後からでも構わぬ。四枚目を」


 そうだな、と三枚の紙を取り去って。


 隠された名前。


 それを、二人とも知っていた。


「これは――」

「――アーガン殿! 誰かこの部屋に来――」



 強襲。

 轟音。






「えっ、私がですか!?」


 第三拠点。

 ライブステージの前で、シアは自分を指差していた。


 そうですよ、とその会話の相手は笑う。このステージの管理会社長。五十代くらいのふくよかな女は、のんびりした調子でシアに言う。


「なんだかみなさんあまり元気がなくなってきてますから……。ここでパーッとアイドルさんに気分を盛り上げてもらおうかと思って」


 突発ライブのオファー。

 しかも会場使用費は求めない、という破格の条件で。


「あ、ありがたい話なんですけど……」


 最近は随分ファンも増えて資金も回せるようになったものの、ついこの間までアルバイトで貯めたお金でフェスに出ていたシアにとっては、なんだかちょっと貧乏くささが警告してくるような条件で。


「うちは三人アイドルですし、今それぞれ別の拠点に行っちゃってるんですよ」

「大丈夫、知ってます! 私だってそりゃあたくさんライブを見てきましたからね。でもほら、『光のはじまり』の皆さんは特に頭抜けてパフォーマンスがいいじゃないですか」

「きょ、恐縮です……」

「そういう背伸びしてないところもいいし……。大丈夫ですよ。そりゃあ三人の方がいいでしょうけど、一人ずつだって輝いてるんですから」


 そこまで言われると、とさらに悩ましげな顔でうぬむむむ、と考えこんでいると、



「シーアーさんっ」



 後ろから、声。


 振り向くと、そこにいるのは。


「『ルナ☆サバ』の……」

「モリアでーすっ!」


 ワインレッドの髪の、背の低い少女。



「一人じゃ不安ならさ、私と一緒にライブしない?」



 四人目。


『終末の獣』の『ダンジョンコア』。


 彼女がその保有者であると知る者は、まだこの場には、いない。



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