36 たまにはでござる
「あ、もう交代?」
「はいっ! お疲れ様ですっ!」
「いやいいよ。もうザンマが見張りに立ってるときは悪魔も寄ってこないし」
「まだ三時間くらいは立っていてもいいでござるが……」
「いえっ! 有事に備えてお二方には適度に休んでもらうようにとリーダーからの指示ですから!」
妙に肩ひじ張った若い冒険者の言葉に、ザンマとアーガンは建物の中に入っていく。もう夜中だしとりあえず飯でも食うか、なんて話しながら、警戒中に凝った肩をぐるぐると回して。
あれから四日が経った。
状況は均衡。ただし、散発的に悪魔の襲撃がやってくる。
街の中には、三か所の避難拠点が設けられた。結果的に分散してしまっただけではあるが、現状そこまで防衛に苦労しているわけでもなく、市民の移動に伴うリスクを勘案して、そのままの状態で落ち着いている。
一つ目は、『イストワール商会』本社。冒険者ギルドとの合流にも成功した、最も多数の人員を抱える拠点。カイトが中心となって集団を引っ張り、単体戦力としてはシェロが常駐している。
二つ目は、五番街の大型市場。複数の飲食店街や商店街などの逃げ遅れた避難民たちが集う場所で、複数のテナントが入っていた比較的大きな建物を拠点としている。避難民自体は少ないが、飲食物等の調達に立地がよく、避難拠点としての価値の他、籠城戦のライフライン確保のための重要地でもある。平時はヨルフェリアが采配を振り、有事にはヒナトが先頭に立っている。
三つ目が、ザンマとアーガンのいる場所。
すなわち、ライトタウンの文化の象徴。
ライブステージを擁する、この大型会場である。
雨天時のためのドーム屋根のおかげで、ほとんど建物内と同じようにして暮らせている。避難拠点としても防衛拠点としても優れたところはなく、戦力としてはザンマとアーガンという破格の二人を抱えてはいるものの、リーダーとなる人物がおらず、やや不安定な状態で揺れている。
「あの、アーガンさん」
水分補給をしているところに、たとえば早速市民がやってくる。
「どうも食料が足りないとか、そういう声が倉庫の方から聞こえてきたんですが……」
「んん?」
けほ、と軽くアーガンは噎せて、
「んなことないと思うけどな。ちょっと前に第二拠点の方から補給分けてもらったばっかだし」
「そう言っても……、私も詳しくはわかりませんが、そういう声が聞こえてきたものですから」
一瞬アーガンの顔に、「オレが確認に行くのか」という気持ちが浮かんだ。
そしてその次に「オレが確認に行くんだな」という気持ちが浮かんだ。
「……わかった。ちょっと後で見ておくよ。ありがと」
「いえ、すみません」
ぺこ、とその人物は頭を下げて、どこかへ去っていく。改めてアーガンは水を一口飲み下して、
「……オレ、よっちゃんと場所変わってきていい?」
「言っておくが、ヒナトも細かい勘定はできんでござるよ」
「んじゃヒナトと……いやきちぃわ。オレ、あんな強くねえし。シェロも無理だし……あー。どうしよっかな……」
「『イストワール商会』に人の無心にでも行ってくるでござるか?」
「いや、」
たぶんそういう問題じゃないんだろうな、とアーガンは言って、
「別にみんな、やろうと思えばできるよ。ここのやつら、結構賢いのが多いし。……オレに訊きに来るのは、誰かに頼りたいからだろ。夜巡回で結構顔知ってるやつ多いし、それに明らかにこの中で一番強いザンマの隣にいるしな。頭良さそうに見えるんだろ」
「む。……そう思われてるでござるか?」
「そりゃそうだ。ここに着いた瞬間、ドームよりでかい悪魔を叩っ斬ってるんだから。この間のクルガゼリオのやつもあるし、みんなザンマが最強だと思ってるよ」
実際そうだし、と独り言のように付け加えた。
「人気者はつらいね。みんな急に赤ちゃんになっちまう。あーしてこーして、って言ってほしくてさ」
ザンマは驚いた顔をして、
「……疲れてるでござるな、アーガン殿」
「え? そう?」
「普段だったら絶対に言わないでござるよ、そんなこと」
「…………」
ザンマの言葉に、アーガンは少しだけ考え込むような顔をして、
「おりゃ、」
と急に首を傾けて、隣に座るザンマの肩に、頭をぶつけてきた。
ザンマが何かを言う前に、そのぶつかった反動で逆側に首を傾けて、もう一度勢いづけて肩にぶつかってきて、こんなことを言う。
「つーかーれーたー」
「壊れてしまったでござる……」
「そりゃ壊れるよ。王都だって落ちたんだろ? いつまで続くと思う? こんな生活」
うんざりしてきた、と細く息を吐くアーガンに、ザンマは、
「わからぬな。悪魔の数は減る気配がない。『ブラックパレード』はシェロ殿と『ホワイトランタン』の奮闘でだいぶ数を減らしたでござるが……。援軍が来る見込みもないとなると、かなりの長期戦を見込む必要があろう」
「それ、思ったんだけどさ」
「む?」
「向こうの援軍は来ないのか?」
言われて、ああ、とザンマも思い当たった。
「確かに……もう四日でござるからな。そろそろ敵の本隊がこちらに到着してもおかしくはないやもしれぬ」
「だよな。……あ、あともう一個」
「なんでござるか?」
「『ロードデーモン』のことなんだけどさ」
少しだけ、アーガンは声を潜めて、
「おかしいと思わないか?」
「何がでござるか?」
「いや、あんまりにも当たり前だからみんな見逃してたと思うんだけどさ。……普通『ロードデーモン』ってこんなに徒党組んで襲ってきたりしないだろ」
「……『ダンジョンコア』が命令権、になっているとか」
「やっぱりそう思うよな? ……正直言うと、オレ、ちょっと試してみたんだよ」
ぎょっ、とザンマは驚いて、
「それで、どうだったのでござるか」
「なんかダメだった。手ごたえ自体はあるんだけどな……。なんだろう。先に書かれてる命令がある、って言えばいいのかな。オレの方の命令が通んないんだよ」
「……となると、別の人物が」
ああ、とアーガンは頷いて、
「『ダンジョンコア』の融合者が、この命令を出してる可能性が高い……。こんだけ頻繁に襲撃かけてくるんだ。もしかしたら近くにいるのかもしれない」
ザンマが時計を見る。休憩時間は始まったばかり。食事を摂って、シャワーを浴びて、それから眠って……。
それをするだけの時間はたっぷりあって。
そしてその時間は、別のことにも使える。
刀を手に、立ち上がる。アーガンもどっこいしょ、と大儀そうに立ち上がって、
「いつまでもこんなんじゃキリがねえだろ――たまにはこっちから行こうぜ」




