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34 ライトタウンの攻防でござる


「ザンマ!! こっちに来てる!」

「――っ!」


 剣閃冴え渡る。

 抜き放たれたザンマの刀は、一振りで七の悪魔を引き裂いた。


 ザンマの背後には、アーガン。そして彼に抱えられる一般市民。


「手が……足りぬ……!」

「あんたら! 自分で歩けるか!? 歩けるんだったら『イストワール商会』に向かえ! 防衛拠点になってる!」


 コクコクと頷いて、助けられた市民が走り出す。その進行方向に立つ『ホワイトランタン』の一員が空から来る悪魔に襲われようとしているのを見るや、アーガンが手をかざし、炎の魔法でそれを燃やす。


「――ッ!」


 頭痛を堪えるように、手を頭に。その間にも、ザンマの手は十を超える悪魔を斬り捨てている。


「キリがない……! アーガン殿、まだいけるでござるか?」

「いけなくても……やらなくちゃしょうがねえだろ」

「――避難状況は」

「進んでる……けど、なんか妙だ」

「妙?」


 ああ、とアーガンは頷いて、


「こっちに来る人間の数が減りすぎてる。……どっかに別の防衛拠点を作っちまったのかもしれない」

「しかし、『ホワイトランタン』すら『イストワール商会』に集中的に配置しているのでござるから……」

「そっちの戦力は手薄のはずだ。……行くか?」

「当然」


「だ、誰か!! 巨大な『ロードデーモン』が! こっちに!!」


 叫び声に目を向ければ、街の冒険者が逃げ惑っている。その背を追うのは、家を越える巨体。半人半獣の大悪魔。


 ザンマが駆け出す。

 その背を追いかけるように、アーガンが炎の魔法を飛ばす。


 一足一刀。間合いに入る直前でザンマはぐるりとその身体を翻し、アーガンの生み出した炎を刀身に纏わせる。



「――――〈魔刀・火焔〉」



 振り向きざまに、肩から股へ抜けていく一閃。

 高熱に炙られ、血も撒き散らさないまま、悪魔の身体は二つに両断された。


 後から走ってきたアーガンが、ザンマに追いつく。


「――余計だったか?」

「否。いい体力温存になったでござる」


 人の流れに逆らって、ふたりは走り出す。





「心配すんな! あたしがここを抑えるからお前らは落ち着いて『イストワール商会』まで避難しろ!!」

「あれ……『夜明けの誓い』の『勇者』じゃ……!」

「Aランク冒険者だ!! 助かったぞ!!」

「ヒナトさん! 右前から大型来てます! サポートするので決めてください!」

「あいよ!」


 ヒナトが剣を諸手に握る。

 誤差一秒足らず。人の背ほどもある狼が、目にもとまらぬ速度で駆けてくる。


「〈もっとも速く(ライト・)辿り着くもの(スタッフ)〉――!」

「〈天輪回座〉ッ!!」


 けれどヨルフェリアの補助を受けたヒナトの剣撃は、それすら上回る。

 足から腰、腰から腕、腕から指、指から剣。速度のすべてが余すことなく注がれた最小の円運動が、すれ違いざま、狼の悪魔の口から尾までを両断する。


 べしゃり、と悪魔が地に伏せれば、歓声が響いた。


 ヒナトは剣を天に高く掲げ、叫ぶ。


「王国第一の剣はここに! 古よりの定めに従い、この宝剣で貴殿らの生命を守ることを誓おう!」


 夏の太陽に、その刀身が光る。

 血にまみれていても、王国の民であれば誰でもわかる。


 代々、市井に武芸修練に出される王族が持つもの。

 この地を切り拓いて国を建てた初代王が遺した宝剣。


 声援と感謝を背に、ヒナトが悪魔を斬り倒す。市民たちの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、口の端で微笑む。


 その後ろで杖を構えているのは、ヨルフェリア。


「か、カッコイイです、姫様……」

「柄じゃねえんだけどな。ま、ちょっと恥ずかしいくらいで元気になってくれんなら儲けもんだ。……今、周りはどんな感じだ?」

「だいぶこっちは避難が進んでいます。ザッくんたちが前のめりで進んでるおかげですかね。そろそろ全体にバリケードを張って、防衛ポイントを絞っていくのも――待ってください」

「あん?」

「いや、今、声が……」


 ヨルフェリアが杖を振る。風の魔法。遠くの声を拾うための。片耳を押さえながら目を閉じて、それに必死に聴覚を傾けて、


「――五番街で、逃げ遅れた人たちがいるみたいです。しかも悪魔の群れに囲まれて……」

「オーケー。ナビゲートは?」

「任せてください、三分で着かせますよ。でもその前に、」

「この辺を掃除していかなきゃな。全開で一発撃つぞ! 気合入れろ!」

「はい!」


 杖と剣が、同時に振られる。

 強烈な光が、あたりを包み込んだ。





「がッ――!」

「『ホワイトランタン』の雑魚どもが! 粋がってんじゃねえぞ!」


『イストワール商会』敷地内、緊急避難所前。

『ブラックパレード』の男が、『ホワイトランタン』の面々を蹴散らして、踏み躙っていた。


「貴様ら、一体……!」

「わかんねえか? いい子ちゃんども。力だよ! ちょっと弱いもの虐めしてりゃ力が貰えるってんだ。やらない手があるかよ、ってな!」

「ぅグッ――!」

「――そこまでだ」


 カン、と。

『ブラックパレード』の男の鎧に、ナイフが当たった。


 その主はカイト=イストワール。――ボロボロの身体の。

 男は噴き出して笑う。


「おいおいおい、どうしたよ! 顔だけが取り柄の七光りがよ! まるでド底辺の浮浪者じゃねえか!」

「リーダー! この男『ブラックパレード』の二番手の……!」


 レイピアを、カイトは構える。

 急ごしらえの避難所だから、戦闘のためのリソースがまるで足りていない。カイト自身も自らの治療を後回しにして、利き腕以外の場所に傷のない場所が存在しない有様。


 それでも剣を手放さないのは、この街を守りたいから。


 カイトの目つきに、対峙する男の表情も変わる。大鉈を腰から抜いて、大きく風を切るように振るう。


「死んでも知らねーぞ、ガキ」

「こちらの台詞だ」


 勝負は一瞬。

 男が踏み出すその瞬間に、カイトは魔法を使った。氷の魔法。ほとんど魔力切れを起こしかけているから些細なものではあったけれど、ほんのわずか、男の足が地面に貼りつき、それが剥がれると摩擦係数の低い足場が残る。


 その隙に、捨て身でカイトは踏み込んだ。

 抜き身。鋭くも、叩かれれば折れてしまう。自らの得物とよく似た氷柱のような一撃。


 それが、男の首元を貫いた。

 けれど、それだけでは終わらない。


「しまッ――」


 体格の差。

 その男は首を貫かれてなお、大鉈の軌道を止めなかった。脳天へ向けて、大人一人では持つのが精一杯なほど巨大な、肉厚の鉄塊が降ってくる――、


 のを。

 カキン、と。


「な――」

「シェロくん!?」

「忙しいところ……すまないな」


 軽々と旋棍で受け止めた、シェロがいて。


 ギリギリと男が体重をかけてくるのを、軽々と片手で受け止めたまま、カイトに話しかける。


「中で治療待ちの混乱が……起きている。できればカイトくんに……一度説明に……」

「ナメてんじゃねえぞクソガキがぁ!!」


 じろり、とシェロが男を見た。

 たった一瞥。その視線だけで男は臆して、しかしそれを隠すように大鉈を引いて、再び雄たけびとともにそれを振り下ろそうとした。


 もう、その振りかぶりが頂点に達する瞬間には、決着している。


 パン、と軽い音を立てて。

 扉をノックするような、何気ない動作で。


 シェロの拳が男の顔を叩いて、ただそれだけで、男はがくりと膝をついて倒れた。


「そ、そいつ……」


 カイトは動揺を隠せない、という声で。


「『ブラックパレード』の二番手、って……」

「確かに……一番手より弱くて、三番手より強かった。……妥当」

「は、」


 カイトは、気が抜けたように、半笑いのような顔になって。


「いま僕……君のこと好きになっちゃいそうだ」

「それより……ゼンタちゃんを好きになってほしい。最近握手列に並ぶのが私だけひとりで……寂しいから」


 そんなことをシェロが言えば、とうとうカイトは声を上げて笑い出して、


「そうだな。今度一緒に行ってみようか。すべてが終わったら、ね」

「……楽しみ」


 ああ、と二人は頷き合う。

 けれどすぐにカイトが慌て始めて、


「っと、それでええっと、」

「治療部屋……。そもそも人が溢れているし、それにカイトくん……君も治療を受けた方がいい」

「ここは頼んでも?」

「問題ない。……おそらく長期戦になる。今のうちからペースを掴んでおくべき」


 そうだな、とカイトがシェロに拳を差し出す。

 少し怪訝な顔をした後、シェロがそれに拳を付き合わせると、カイトは清々しく笑って、


「じゃあ、しばらくの間バトンタッチだ! 何かあったら呼んでくれ!」

「呼ばないように……気を付けよう」


 カイトが避難所の中に走り去っていく。

 どこかでカイトを呼ぶ声に、シェロが応えて駆けて行った。



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