31 おねだり at nightでござる
「なんかこうしてみんなでいるのも久しぶりじゃねえ?」
アーガンがしみじみと言うのに、ヨルフェリアが「ですねですね」と嬉しそうに頷く。
深夜。
仕事をしていた。
ライトタウンの夜は長い。近日は通り魔への警戒態勢もだいぶ抜けてきて平常の状態に戻ってきつつあるから、もうすぐ日付が変わるというころになってもなお、街明かりは煌々として絶えずにいる。
夜間パトロール業務。
歩いているのは、ザンマ、アーガン、ヨルフェリア、シェロ、そしてヒナトだった。
「へえ……。夜に出歩くのってこんな感じなんだな」
「あれ、ヒナトさんは全然夜遊びとかしないんですか?」
「しねーって。一応あたし、姫だしな。あんまり変なことは……」
「ははは。ないすじょーくでござるな」
「何笑ってんだてめぇ」
喧嘩か?とヒナトがザンマの胸倉を掴み上げるのをアーガンが「まあまあ」と苦笑いして仲裁に入る。その横ではヨルフェリアが仏頂面のシェロにいきなり足カックンを仕掛けて笑っている。
こら、とシェロが叱った。
「緊張感が……なさすぎる。もう少し真面目に……やるべき」
「はーい」
「って言ってもよ……。この街そんなに治安悪そうには見えねえけどな」
物珍しそうにヒナトは首を巡らせてあたりを見ている。
結局、しばらくヒナトもこの街に滞在することになった。
てっきりザンマ自身、自分を伴うにしろ伴わないにしろヒナトはすぐに王都に帰っていくものだと思っていたから意外だった。しかしそれがなんでも、パーティメンバーであるクラヴィス=デイルヴェスタとイリア=パーマルとの連絡が取れないらしい。
ふたりとも公爵家と教会という、王家ほどではないにせよ強大なルーツを持つふたりである。失踪というわけではないだろうが、実家に隠れられてしまうとちょっとやそっとでは連絡が取れない。今はヒナトが王族としてのコネクションを使ってふたつの勢力に探りを入れている段階。当面個人としてはやることがない、ということでこのライトタウンにそのまま身を置くことになった。
「確かにヒナトさんの言うことにも一理ありますよ」
したり顔でヨルフェリアが言う。
「通り魔事件もザッくんの大活躍で収まりましたしね。……まあ、そっちの三人は何やら随分カイトくんと怪し~ことをしてるみたいですけど」
「怪しい……まあ、怪しいか」
渋い顔のアーガンが、シェロに話を振る。
「そういや、最近はどうなんだ? ぶっちゃけ、表立った動きとかは特にない感じに思えたけど」
「…………アーガンくんがいないとき、『ロードデーモン』が出た」
「はあっ!?」
声を上げたのはヒナト。
「それ、おまっ……!」
「申し訳ないが……もう少し静かに。ギルドの方で……混乱を避けるために情報を封鎖している……」
「いやだって、それ、」
洒落になんねえだろ、とヒナトは言う。
「『ロードデーモン』つったらボス級じゃないにしろでかいやつが相手ならBランクが出なきゃきついだろ。この街じゃ相当……」
「幸い私の受け持ちの地区だったから……被害は出ていない」
言葉を飲み込んで、ヒナトはザンマを見る。ザンマは頷いて、
「シェロ殿は強いでござるよ。素の近接戦ならばお主も勝つとも負けるともわからん」
「…………ふーん」
「もっとも……近接戦に限るという前提は無意味……。私よりヒナト様の方が……総合的には強い」
「いーよ、気ぃ遣わなくて。あと様付けもいい。城の中にいるときならともかくさ。……でも、そっか。そのレベルであのクルガゼリオとかいう通り魔相手に負……待てよ。そりゃあたしもその通り魔とイチイチでやったら負けるってことか?」
「条件次第でござろうな」
「なんだよその微妙な言い方」
「わからぬわけでもあるまい。総合力で見れば大きな力の差はない。向こうは近接戦に大きく寄っていたでござるが、そのときお主が中距離戦、遠距離戦に持ち込めるかはそのときの駆け引き次第でござる。この状態なら、勝敗などやればやるたび違うでござろう。……向こうの鬼札をしのげるかどうかがカギかもしれぬな」
「……なんでそんなのがこの街にいるんだよ」
挙句の果てに『ロードデーモン』だあ?と呆れたようにヒナトは頭に手をやって、
「ダンジョン攻略よりタフじゃねーか。この街」
「この間までは平和な街だったんですけどねえ」
「……いや、そんなことないぜ」
ヨルフェリアの言葉に反駁したのは、アーガン。
「少なくともオレが来たときから、物騒な街だよ。見えなかっただけだ。……なあ、ザンマ」
「む?」
「その、物は相談なんだけどさ」
言い淀むアーガンに、ザンマは続きを促す。
「拙者が力になれることなら」
「用件聞く前からそんなこと言うなよ……。あのさ、この中で一番強いのはザンマ、って認識でいいんだよな」
ザンマ、シェロ、ヒナト。
その三人の視線が、一斉にヨルフェリアに集中した。
ぽーっとしていたヨルフェリアが、その視線の意味に遅れて気付いて、ぶんぶんぶんぶん、と手と首を勢いよく横に振る。
「いやいやいやいや! そんなに強くないですって、ボク!!」
「つっても、ヨル……よっちゃんだって、デイルヴェスタの家を出てんだから結構魔法使えんだろ」
「ま、まあそうですけど……。ボクのジョブって魔法士系の中でもだいぶ支援寄りですからね。『補助魔法士』っていう……まあ一応上級職ですけど。どう考えてもザッくん相手には勝てないですよ」
「なるほど。人と組んで真価を発揮する型でござるか」
「聞こえいいですねそれ。気に入った!」
ということで、とザンマはアーガンに向き直って。
「そういうことになるらしいでござるな」
「そっか。じゃあさ、その……」
はーっ、とアーガンは大きく息を吐く。
珍しく、緊張したような顔で。
「いやこれ、いざやろうとすると緊張すんな……。よっちゃんとシェロはこういうのよくできたよ。マジで尊敬する」
「……何を?」
「ほら、最近みんな、色々昔のこととか話し合っただろ。だから、オレもいい加減覚悟決めようと思ってさ。……あのさ、ザンマ。これ、すげえ嫌なお願いになっちゃうかもしれないんだけど」
なんでござるか、と先を促すと、アーガンもようやく意を決したようにして。
こう言った。
「もしもオレのこと殺さなくちゃいけないと思ったら、遠慮なく殺してくれ」
は、と息が洩れる。
それは、ザンマだけではない。この場にいた誰もが、ほとんど同じように。言われたことの意味がわからずに、ただ息を呑んだ。
でもそれだって、ただの前置きに過ぎなくて。
本当に、彼が言いたかったのは。
こんなこと。
「オレさ――――悪魔なんだ」




