24 友達だろ、でござる
「なんかさっき、そこに変なやつがいたぜ」
「む?」
アーガンが久しぶりにライブに来られる、という話を聞いていた。
ついでに、この間一緒にデザインした新しい自主製作ファンTシャツも、たぶん服屋で出来上がってるだろうから取ってくるよ、と聞いていた。
だからうきうきでいたザンマは、アーガンを見つけて喜んで、そして早速出来上がったというTシャツを着ていた。
「なんか金髪の……」
「うわあっ!」
アーガンが指さした先を見て、声を上げたのはよっちゃんだった。
でーん、と裏路地から表通りの間のところで倒れ込んでいるヒナトを見つけて、思いがけないほど素早く駆け寄る。
「ひっ、姫様! 大丈夫ですかっ!」
ヒナトはよっちゃんの腕の中で唸っている。というか、うなされている。
そこに悠長に歩いてきたのはザンマとアーガンで、アーガンはヒナトを指差しながら、ザンマを見て、言った。
「姫様?」
「らしいでござるよ」
拙者は全然信じてござらんが、とザンマは言う。
へえ、とアーガンは頷く。オレも全然わかんないや、と言って。
そして通行人も、わはは昼間から酔っぱらいが倒れてらあ、くらいの温度で彼らを通りすぎていく。
どうして一国の姫であるはずのヒナトの知名度がこんなに低いのかと言えば、ちゃんと理由があった。
公式の場に出るときにはものすごい量のエクステをつけられ、ものすごく気合の入った化粧が施され、あとこれが一番重要なのだが、あらかじめ大量の台本を渡されてその通りにしか動いていないので、普通にふらふら街を歩いているときとはまるで別人なのである。
ゆえに、普通に歩いているヒナトが第一王女だとバレることはほぼないし、なんなら第一王女のヒナトと『夜明けの誓い』のヒナトの名前が並んだところで、同名の有名人なんて珍しいなあハハハ、くらいのことをみんな思っているのである。
以上。
「よっちゃん殿」
とザンマは声をかける。
「そやつは放っておいて平気でござるよ。ごきぶりよりしぶといでござるからな」
「えっ、いや――! でも、」
「それに、あんまりグズグズしてると間に合わなくなるでござるよ」
今日も今日とてミニライブ。
そのことを指摘すると、よっちゃんはこの世の終わりみたいな顔になって、
「…………ふんっ!」
ヒナトの腕を取って、背負い込んだ。
「よっちゃん殿、」
「せ、背負っていきます! ライブと人助け、どっちもします!」
アーガンは頭の後ろで腕を組んで、我関せず、という態度。
だから、ザンマは溜息を吐いた。
並大抵のことではないのだろう、と思う。
よっちゃんとヒナトには、何かしらの繋がりがあるに違いない、とわかっている。
だってそうじゃなかったら、こんなことをするわけがないのだ。
ライブを前にして、余計な苦労なんて買って出るわけがないのだ。
ぷるぷると小鹿のようによっちゃんが足を震わせるのを見ながら、もう一度溜息。
「……拙者が背負おう」
「えっ、でも、」
「この者のためではござらん。よっちゃん殿が、それではらいゔを楽しめんでござろうからな」
言って、ザンマはよっちゃんからヒナトを奪うと、雑に自分の背中に乗せる。
「……何やってんの、これ?」
何も話が飲みこめていないアーガンが訊くと、
「……何でござろうな」
とザンマも答えた。
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「……で、本当にうちに泊める気でござるか」
夜。
気を失ったままの第一王女を真ん中に取り囲むように、三人は座っていた。
「だって、」
と、よっちゃんは言う。
「夜の街に放っておいたりして、襲われたりしたらどうするんですか!」
「心配無用。こやつは熊に襲われようが虎に襲われようが死にはせんでござる」
「そ、そういう問題じゃなくて……!」
「まー、まー、まー」
落ち着け、とアーガンがジェスチャー。
特にザンマの方に向けて。
「ザンマ、どうしたんだよ。なんか、らしくないぜ。いつもだったら気前よく泊めてやるだろうに」
「む……」
そうでござるな、と居住まいを正して、
「ぐちぐち言うのも性に合わん。正面から言うと拙者、この者が好かぬゆえ、泊めたくないのでござる」
アーガンはその言葉を聞くと目を丸めて、こっそりよっちゃんに耳打ちするようにして、
「ザンマってこういうこと言うんだ……」
「ね。なんか意外です……」
「ぬ」
そういうことを言わなそうな人間だと思われていたのは純粋に嬉しかったが、それはそれとしてザンマは絆されたりはしない。
「以前に申したでござるが、拙者、前のぱーてぃはクビにされてござる。この者――ヒナトがそのぱーてぃの長だったのでござるよ」
「何かの間違いじゃないですか?」
よっちゃんがすかさず言った。
「だって、ひめ……ヒナトさん、『心配してた』って言ってたじゃないですか。きっと、何か行き違いがあったんですよ」
「行き違いがあって、いきなり机に頭どーんでござるか」
「それは擁護のしようがないですけど……」
アーガンが「あれ?」という感じで肩透かしを食っている。
「……うん、よしっ」
よっちゃんが、ぐっと両こぶしを握った。
「あの、じゃあ、ボクも正直に言います。その……ヒナトさんは、恩人なんです。昔、その、色々あって。今のボクがあるのもこの人のおかげっていうか……」
そのまま、床に手をついて、
「泊めてあげてください。一晩だけでもい――」
「ま、待つでござる!」
頭をぐっ、と倒しそうになるのを、ザンマが肩に触れて、押しとどめた。
「この家に後から入ってきた身で、そのようなことをされたら拙者、あまりの不誠実に耐えられぬ。……もう、構わんでござる。わがままを言って、申し訳なかった」
「ザッくん……」
「拙者、ちょっと頭を冷やしてくるでござる」
あ、とよっちゃんが止めようとするのも聞かず、ザンマは立ち上がると、さっさと家を出てしまった。
残されたのは、三人だけ。
沈黙が少しの間だけ降りて、
「行ってくれば?」
アーガンが言った。
「え?」
「いや、なんか追いたそうな顔してたからさ」
よっちゃんが迷うよな素振りを見せると、アーガンはくつろいだ姿勢になって、
「オレ、今日は丸々一日休みだしさ。心配ならこの人、見てるから」
「……いいんですか?」
「いいよ。友達だろ」
すみません、とよっちゃんはアーガンに頭を下げて、玄関へと向かっていく。
残されたのは、二人だけ。
意識があるのは、一人だけ。
しばらくだらーっと寝そべっていたアーガンは、やがて起き上がり、こう言った。
「晩飯の用意でも、しといてやるか」




