21 強襲!!でござる
「拙者は煮魚定食の気分でござるな」
「ザッくん、魚好きですよねえ。ボクはハンバーグ定食かなあ」
夕方。
食事処。
いつまで経っても昼の暑さは抜けないで、ライブで体力を消費したふたりだったから、こうして外で食事を済ませることにした。
場所は当然、『光のはじまり』のメンバーのひとり、ローが家族ぐるみで経営している飲食酒場。
テーブルに向かい合って、ふたりは座っている。
「では、注文を――」
「あ、ちょっと」
手を挙げて店員――というかそこで働いているローを呼ぼうとしたザンマを、よっちゃんが止める。
ああ、とザンマは察して、
「好きなだけ隠れておいてもらって大丈夫でござるよ。はんばぁぐ定食でござるよな」
「いや、そうじゃなくて」
ぐっ、とよっちゃんはテーブルの上に身を乗り出して、顔の横に手を当てて、ひそひそ声で、
「なんか今日、ローちゃんの握手対応、塩だったんですよ……!」
塩。
その言葉の意味は、オタク歴数ヶ月のザンマなら、もう知っている。
素っ気ない対応をされた、ということだ。
普段だったら、まずよっちゃんは言わないことである。
なぜなら『光のはじまり』はその握手会での親身な対応がグループの強みのひとつで、ステージパフォーマンスの完成度に魅せられ軽い気持ちで握手券を買った老若男女をずぶずぶとファンに落とし込んでいるのだから。
だから、普段だったらザンマも「そんなまさか、気にしすぎでござるよ」とでも言って軽く流しただろうに。
「ろ、ロー殿の握手もそうだったんでござるか……?」
「え?」
「シア殿も、なんだか今日は塩だったんでござる……!」
ザンマは思い出しつつ、語る。
限られた時間で「今日のステージもよかったっす! でかい箱になっちゃってどうなることかと思ったけど、やっぱり華々しい舞台も似合うっす! これからどんどん羽ばたいていってほしいっす! 愛してるっす!」みたいなことを伝えたときのシアの対応。
こんな言葉だった。
『ああ……。うん……』
「絶対おかしいでござるよなあ!?」
「絶対おかしいでござりますねえ!?」
あまりのでかい声に、周囲が一斉にふたりを見た。
急に叫び出したオタクふたりは我に返って、へへすいやせん、みたいな顔で身体を縮こめる。
そして、またもひそひそと、
「絶対、何かあるんですよ。ザッくん、ローちゃんにそれとなく訊いてみてくれませんか?」
「握手券も持ってないのにそんな会話をしていいのでござるか?」
「…………………………………………………」
この星でいちばん長い沈黙、みたいな顔でよっちゃんは悩み始めた。
が、そこに、
「あのー。ザンマくん」
「えっ」
声をかけられて、顔を上げると、
「ろ、ロー殿! 申し訳ないでござる、店の中で大声を出してしまい……」
「ううん。うちの店、元気が取り柄だから……」
こんな会話の間にもよっちゃんは素早く机の下に潜り込んでいるし、突然現れたローは元気とは程遠い表情で、その机の下にじっと視線を注いでいる。
ごくり、とザンマが唾を飲んだ。
よっちゃん殿はずるいでござるなあ、と思いながら。
「ええと、とりあえず注文を」
「あ、えと。ごめんなさい、ちょっと訊いてもいい?」
「む?」
逃げの一手を打とうとしたザンマに、どういうわけかローから話しかけてくる。
とりあえず時間稼ぎにはなるだろうと思って頷いてみると、ローは深刻な顔で、
「……あの、ザンマくんたち、喧嘩してるの?」
「は」
思ってもみない質問だったので、呆気に取られた。
「それは、どういう……」
「いや、あのー! 話したくなかったら全然いいんだけど! なんか最近、お店に来るときも、ライブに来てくれるときも、ザンマくんとよっちゃんだけで……」
名前を呼ばれてよっちゃんが机の下で飛び跳ねた。
ガン、と頭をぶつけた音がして、コップも跳ねた。はた迷惑な。
「なんかその、大変なのかなーって。シアちゃんも、ゼンタちゃんも、アーガンくんとシェロくんが来なくなったの気にしてるから……」
「ああ、いや」
ザンマは武骨な手を大きく胸の前で振って、
「そういうわけではござらん。ただ……アーガン殿とシェロ殿は、ちょっと仕事が忙しいのでござる」
「仕事?」
間違ったことは言ってないだろう、とザンマは自分で自分を納得させる。『イストワール商会』にべったりなのだ。仕事と言って差し支えない。
アーガンはちゃんと深夜には家に帰ってくるし――それに加えて夜明けごろに家を出てしまうこともあるから顔をあわせる時間が随分少なくなったとしても――交流は途切れていない。
シェロだって。
別に、その、
「さ、避けられてるとかではござらんし……」
「?」
「あ、いや。こっちの話でござる。何にせよ、ちょっと忙しい時期にあるだけでござる。何もロー殿たちが心配するようなことはないでござるよ」
自分で言っていて不安になってくる物言いだったが、机の下からも「そーだそーだ!」と応援が飛んできたので、この場はそういうことにしておいた。
ローは、それで憂いの全てが晴れたように、にっこりと笑った。
「よかったー! 仲良し四人だと思ってたから、心配してたんだー!」
「うむ! 心配をかけて申し訳なかったでござるな!」
勢いで押し通す。
それでいこうと思って、ザンマは必要以上に朗らかな声を出した。
「そっかー。アーガンくんとシェロくん、就職しちゃったんだー。ライブに来てくれるのが少なくなると寂しいけど、でも働くのはいいことだもんね! 応援してるって伝えておいて!」
「うむ! 承ったでござる!」
すると、机の下から、
「ボクとザッくんは無職だから、今までどおりばりばりライブに行きますよ!」
それを聞いたローは、面白そうに目を細めると、テーブルの下を覗きこむようにして、
「それはそれで不安だな~。よっちゃん、働かないでお金大丈夫~? 借金とかしてな~い~?」
「し、してませんよ! もう、お金持ちです! 無職だけど!」
「じゃあご注文は~?」
「…………ゴージャスステーキ定食で」
「あ、拙者は煮魚定食を」
「承り~♪」
少々お待ちを~、とローはキッチンに注文を伝えに引っ込んでいく。
ほ、とザンマは一息吐いて、
「よっちゃん殿、実際のところ今日は財布を持ってるのでござるか? なければ拙者が立て替えるでござるが……」
「大丈夫ですよ。今日は……」
言いながら、のっそりと机の下からよっちゃんは出てくる。
ザンマはぎょっとした。
よっちゃんは泣いていた。
「な――」
「き、聞きましたぁ!? ザッくん、今の! ボクたちのこと心配してたって……! なんていい子! この世に舞い降りた天使ですよ!」
おーいおいおい、とよっちゃんが泣き始めるのに、ザンマは困惑している。
世界は広く、オタクには様々な形がある。
が、今だけはちょっと、世界の端の方に寄っておいていただきたかった。
「よ、よっちゃん殿……。ちょっと声を抑えるでござるよ。オタクとか限界とか通り越して、もはや奇人変人の域でござる」
「奇人でも変人でもいいですよう! おお、この世の美しさの結晶です……!」
祈りのポーズを取り始めるよっちゃん。
周囲からの忍び笑いが聞こえてくる。普段の夜間パトロールのおかげで、顔だけは無駄に知られているのだ。
とりあえず、よっちゃんの両目から面白いくらいに流れてきている滂沱の涙を拭おうとして、ザンマはテーブルの上のおしぼりを、
取ろうと、
した、
のに。
ガン、と。
「わ、わあっ!? ザッくん!!」
突然後頭部を押さえつけられて、そのおしぼりに額を打ち据えられた。
それをしたのはもちろんザンマ本人でもないし、よっちゃんでもないし、ましてやローでもない。
「な、何するんです――」
か、と声は掠れる。
目の前で友人が暴行されて、黙ってられるかとばかりに勢いよく立ち上がったよっちゃんが、たった一目で意気消沈。
理由は、簡単だった。
「……パーティを勝手に抜けたって聞いたから心配して、このあたしが遥々探しに来てやったっていうのに」
その相手が、ものすごく偉い人だったから。
「お前はへらへらカワイー女の子侍らせて泣かせてるたあ、どういう了見だあ!? ザンマ!!」
Aランク冒険者パーティ『夜明けの誓い』リーダー。
戦士系最上級ジョブ『勇者』の担い手。
王国第一王女。
ヒナトが、そこに憤怒の形相で立っていた。
ちなみに、ヒナトの言う『カワイー女の子』というのは、よっちゃんのことを指している。




