16 真夜中×殺人鬼でござる
本当のところ、これが正解かはわかっていなかった。
深夜零時を過ぎて、ザンマ、アーガン、カイトの三人は三番街に姿を隠している。
敵方であるドン=ベルスから受け取った情報だ。馬鹿正直にこの場に来て、袋叩きで殺されないとも限らない。
それでも三人が来たのは、それ以外に手がかりがなかったから。
行こう、とはカイトが言った。
「現場には俺と……ザンマくん、来てくれるか?」
「うむ」
「それじゃあ、アーガンにはここに残ってもらって――」
「ばか。ひとりでぬくぬくなんてできないって。直接の戦闘じゃ役には立たないけど、いざヤバくなったら助けを呼びに行くくらいのことはできるぜ」
カイトは小さく笑って、
「助かるな。……いざというときは、ザンマくんも一緒になって逃げてくれていい。君が手に負えないと思ったら、僕を置いていってくれ。どうにもならないとは思うが、時間くらいは稼いでみせる。それから、もし可能なら『ホワイトランタン』と『イストワール商会』にこの街を出ていくように――」
「否」
これにもまた、カイトは首を横に振られて、
「拙者、味方を置いて逃げるようなことは、死んでもせぬ」
「……まいったな。一生の対人運、ここで使い切っちゃったかも」
そしてこうして、三人仲良く、闇の中に息を潜めている。
三番街は静まり返っている。
本当は繁華街のある場所だ。『光のはじまり』のメンバーのひとり、ローの父母が飲食店を経営しているのもこのあたり。
しかし今日ばかりは、もう灯りひとつ点いていない。
事前に、カイトが言っていた。
「うちの『ホワイトランタン』のメンバーがやられたっていうのは、かなり重たいからね。なんとなくみんな『ブラックパレード』が今回の事件の裏にいることには気付いてる。……逆らえないけどね。治安を担ってる冒険者団体同士が争った結果、『ホワイトランタン』が負けて『漆黒☆セキュリティガーヅ』が信用できないってなったら、ほとんどの店は営業時間を短縮するよ」
金より命だ、と。
「特に三番街のあたりまで店を出せてるなら、ある程度の蓄えがあるだろうしね。金と命の間にある紐はそこまで張り詰めてない。喉元を過ぎるまでは、熱さを避ける余裕もあるだろうさ」
その言葉の通り、人っ子ひとり、そこにはいない。
五番街――もう少し地価が安いあたりはまだまだ営業している店もあるから、そちらに人が集まっているということもあるのだろう。
ほんのわずかな衣擦れの音も、どこまでも響くように思えてくる。
カイトとアーガンは、身体を必要以上に固め、緊張を隠せもしない。
一方で、ザンマは堂に入ったものだった。
路地陰にどっかりと座り込むと、ごく自然体のまま、身じろぎもしない。ひょっとすると昼間に同じことをしていたとしても、大概の人間はそれを岩か何かだと思ってやり過ごしてしまうような、そういう気配の消し方だった。
その肩を、アーガンが揺らした。
「ざ……ザンマ!」
ちら、と目配せだけでザンマは答える。
落ち着かれよ。近くに下手人が潜んでいれば、気取られてしまうでござろう。
しかしアーガンはそれを取り合いもせず、
「シアちゃん来てる!」
「な……なにぃいっ!!」
アホほど大声を出した。
見ると、実際にいた。
「ふんふふーん、卵十個で銅貨十ま~い♪」
めちゃくちゃうれしそうに買い物袋を提げて、廃墟のように静まり返った三番街を歩いているシアが。
そこに、いた。
「じ、時間は!?」
アーガンが訊くと、カイトが懐中時計を見て、
「もうすぐ一時だ。ふたりはどうしたい?」
「オレ! オレが、シアちゃんをよそに誘導してくるよ!」
アーガンが勢い込んで言うのに、ザンマもぶんぶん首を縦に振って、
「た、頼むでござる、アーガン殿!」
「あいよ!」
足の速いことで有名でもある。
アーガンは言われた瞬間に路地裏から飛び出そうとして――、
「……どうした?」
急に、その足を止めた。
不審に思ったカイトも、ふたりに続いて路地から顔を出す。
一目で、その理由がわかった。
視線の先を、見たままにカイトは呟く。
「――シェロくん?」
@
「こんばんは……」
「お? あれ、シェロくんだ! こんばんはー」
薬局のバイトの帰りだった。
薬局ほどいつでも開いていてほしい店はない。それが店主のポリシーで、こんな風に帰りが夜遅くになることもそんなに珍しくはない。夜勤の方が時給もいいから、むしろシアは積極的に遅い時間の勤務を希望しているくらいだったけれど、
「今日、なんだか全然人通りなくない? もー、三番街の方ならもっと賑わってるって聞いたのにさー」
「……誰に?」
「え? 誰だっけ……。あ、お店に来た冒険者の人? もー、この間酷い目にあったから……。って、もしかしてシェロくんもザッくんから聞いたりしてる?」
うん、とシェロは頷いて、
「通り魔に襲われた『ホワイトランタン』のメンバーを助けたと……聞いた」
「そうなんだよー。もう怖くて怖くて! ザッくんたちが来てくれなかったらどうなることかと思ったよね。なんだよもー、って感じ。今日はそんな怖い目に遭いたくないから近道やめたのに!」
まあでも、とシアは笑って、
「シェロくんがこのあたりを見回ってくれてるならあんし――」
「誰かに……仕組まれたものだとしたら?」
言葉を遮られたシアは目を丸くして、
「……え?」
「シアちゃんがこの道を選んだのは……店に来た冒険者に安全だと吹き込まれたから。じゃあ……その冒険者が通り魔と繋がっていたとしたら?」
「ちょ、ちょっと。怖いこと言わないでって」
「通り魔の顔は……見た?」
「見てないよ! 私が来たときには――」
「誰もそんなことは……信じてくれない」
シアは、ここにきて何かがおかしい、と感じ始めていた。
いつものシェロではない。
アーガンやザンマから、あるいはゼンタから聞くような、いつもの穏やかな青年ではない。
言葉は冷たく凍ったようで、何か深い、決意のようなものが滲んでいる。
シェロくん、と呼びかけようとした。
けれど、喉が引きつって、それは声にならないで。
シェロが、言った。
「たったひとかけらでも不安が残るなら――殺し屋はやってくる」
大きく、シェロの腕が振り上げられる。
咄嗟にシアは目を瞑り――
がきん、と金音が響くのを聞いて。
そして、いつまでも痛みはやってこなかった。
「……へ?」
シアは恐る恐る、目を開ける。
旋棍を握りこんだシェロの腕が、シアに覆い被さるように頭上にあって。
「だから、私があなたを……守りにきた」
そしてそれは、二本の剣を受け止めていた。
「ははっ! なんだよお前、こんなところにいたのか!」
かきん、と旋棍が弾くと、一跳びで十足の距離を取って、その剣の持ち主は笑った。
大振りの二刀を携えた、まだらの金髪の男。
整った顔の中で、口だけが妙に大きく、その端は歓喜に釣り上がっている。赤い瞳は爛々と輝き、ひゅん、と右の刀で空を切れば、大量の耳飾りがじゃらら、と揺れる。
凶悪な面付きのその男は、真っ黒なジャケットとパンツに身を包んでいる。
「まだまだ人間ごっこがやめられねえってか? 裏切り者のシェロ=テトラ!」
「狂人ごっこが……やめられないのか? 特別気取りの……クド=クルガゼリオ」
くい、とシェロがマフラーを下げる。
その口元は、灰色の鱗に覆われていた。




