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10 オタクの奇妙な生態でござる



「……あ、あれ?」


 手を差し伸べたまま、カイト=イストワールはずっこけた。


「も、もっとこう、わーっ、としたやつないの? これ、結構破格の待遇だと思うんだけどな」


 もっとカイトの予想では、四人は湧くはずだった。

 それが返ってきたのは沈黙。思わず目を点にして困惑してしまうほどの。


「いやだって……」

「ですよねえ……」

「なんというか……」


 意外そうな顔をしていたのは、カイトだけではない。

 ザンマもだった。


 これまで大して金を使うような生活もしてこなかったから知らなかったが、オタクをやるには金が要る。


 正式な雇いとなれば、これまで以上の実入りがあるだろう。それに対して、自分はともかく他の三人がこうまで難色を示すとは思わなかったのだ。


 よっちゃんが口火を切った。


「ボク、さっきも言いましたけど、お金が手元にあると不安になるんですよね。ほら、どうせいつかはなくなるものだし」

「なくなるから稼ぐものなんだと思うけどな……」

「なくなるものなら手元にない方がマシです。それにボク、いつでも身軽でいたいんですよねえ」

「それは……私もそう」


 シェロも、それに乗っかった。


「どこかに所属するということは……何かに従うということ」

「うーん。そりゃあまあ、正社員になってもらうとなったら、ある程度こっちの言うことには従ってもらうけどさ」

「申し訳ないが……私はそういうのを好まない。人は……ただの個人として選択するべき。誰かの命令に従ったり……扇動されることなしに」

「なんか相対的にボクの言い分がめちゃくちゃダメ人間みたいになっちゃったんですけど」


 うーん、とカイトはふたりの言葉を受け止めた後、


「じゃあ、まあ無理にとは言わないよ。ちなみに報酬が今の三倍って言っても?」

「お金なんてしゃぼん玉みたいなものですから。量がいくらあっても変わりません」

「金額じゃなく……姿勢の問題」

「とても現代商業都市の住民の考えとは思えないけど、まあ、わかった。そういうことなら、よっちゃんとシェロくんは諦めよう」


 で、とカイトは残りのふたりを見て、


「そっちはどうだい。アーガンにザンマくん」

「オレ、なんもできないぜ」


 アーガンがお手上げのポーズで答えるが、


「そんなことないさ。君、確かに戦闘報酬の取得履歴はないけど、他はかなり小回りが利いてるだろ。非戦闘系のくくりを見たら間違いなくトップランナーさ」

「いや、まあ……。てか、なんで急にそんなこと言い出したんだ?」

「そろそろ本格的になる」


 何が、とこのときばかりは、すでに誘いを断ったふたりも一緒になって、カイトに注目した。


「この間、君たちが見つけくれた怪我人がいただろう」

「ああ、シアちゃんが華麗に助けてくれたやつな」

「そう。おかげさまで怪我も回復したんだけどね。……あいつは、僕のパーティ『ホワイトランタン』の戦闘メンバーだよ」


 は、とアーガンが口を開けて、


「だってお前のとこ、Bランクだろ。そんなやつに怪我させられるって……」

「十中八九、『漆黒』の仕業だろうね」


 ふうむ、とザンマはふたりの話を噛み砕いて、納得している。


 冒険者にもランクというものがある。その規模や強さによってA~Eまで区分されるものだが、Aランクともなると、ザンマがかつて所属していた『夜明けの誓い』を含めても、国内に3つしか存在していない。


 だからBランクというのは、大抵の場合その地域のトップ集団なのだ。

 その構成員が襲われるとなれば、同程度の組織の干渉を疑うことは、自然だろう。


「しかも一撃でやられて、相手の姿すらほとんど見えてないそうだ。……そのレベルになると正直、僕じゃ勝てないかもしれない」

「カイトくんで勝てなければ……『ホワイトランタン』では手に負えない」


 シェロの歯に衣着せぬ物言いに、しかしカイトは怒るでもなく、笑った。


「これでも『魔法剣士』……戦士系の上級職なんだけどね。確かに、正面突破じゃどうしようもない。『漆黒』の戦力は前々から読めないと思ってたが、そんなのがひとりふたりならともかく、何人もいちゃお手上げだ」

「さっき、本格的にって言ったよな。抗争が起こるってことか?」


 アーガンが訊くと、これには肩をすくめて答えた。


「わからん。どういうつもりでうちに手を出したんだか、さっぱり。『ブラックパレード』の規模ははっきり言って現時点でもうちを凌駕してるよ。問題にならないほどね。100%の独占がしたいんだか、それとも別の理由があるんだか……。今の段階じゃ僕にはわからない。ただね、」


 カイトは、真剣な顔つきになって、


「『イストワール商会』の跡取りとしても、『ホワイトランタン』のリーダーとしても、僕にはみんなを守る義務がある。……そこで、君たちに頼みたいってわけだ」

「どうしてボクたちだったんですか?」

「君たち、常軌を逸した『光のはじまり』のオタクだろう」


 直球で、カイトは言った。


「働いている理由は『光のはじまり』に金を払うため。生活スケジュールのほとんどが『光のはじまり』を中心に回ってるし、そのほかの時間は街中をふらふらしてるだけ。うちの出してる二次受けの警備の仕事以外の職を持ってないから『ブラックパレード』と金銭を通じた繋がりを一切持ってない。……まあつまり、この街で『ブラックパレード』と裏で繋がってるんじゃないかってことを疑わなくていいのは、君たちくらいなんだよ。信頼できる仲間が欲しいんだ」


 果たして君はそんなダメ人間どもを信頼していいのか、という親切な疑念が四人の心に思い浮かばないでもなかったが、何しろ飾り気のない言葉だったから、ちゃんとその意味するところは伝わってきた。


 ふう、とザンマは溜息を吐いた。

 また、こうなるのか。


 どこに行っても争いばかりの人生だ。


「どうだい、アーガン、それにザンマくん。『イストワール商会』『ホワイトランタン』あるいは僕に……協力してくれないか?」


 ううん、とアーガンは唸る。


「その、信頼してくれてるのは嬉しいんだけどさ。ちょっと考えさせてくれないか」

「おっ、脈アリかな?」

「脈アリっていうか……。まあ、ちょっとな。ザンマは?」


 む、と話を振られて。


 流れに乗って、


「拙者も、少し考えさせてほしいでござる」

「オーケー、オーケー。この場で全員に断られなかっただけ儲けものさ。返事はいつでもいいよ。うちが潰れるまでに答えてくれるとありがたいけどね」


 そう言って、カイトは立ち去って行った。


 よっちゃんが訊く。


「考えるんですか?」

「うん、まあ……」

「そうでござるな……」

「ふたりとも……胃が痛そう」


 ザンマはアーガンと顔を見合わせる。

 どうする?という顔で。




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