長尾景虎、参るっ
撥ねられただけならまだしも、その勢いで僕はブロック塀に叩き付けられ、そのままトラックと一緒に寺の敷地内にふっ飛ばされてしまった。
トラックというよりも「ダンブカー」と称した方が早い巨体だったので、さすがの僕も一瞬だけ、頭の中が真っ白になったほどだ。
で、轢いた相手はどうやら外に飛び出したらしく、外で仲間が騒ぐ声が聞こえた。
「影踏みさんがっ」
「マスター!」
「大丈夫ですって、マスターはそう簡単に死なない人ですっ」
これは多分、薄情なダニーの声だろう。
「それより、相手に集中を! こいつも本当にただの人間じゃないっ」
(僕は後回しか、おい)
この場合、正しくてもむっとするのが人情である。
「よくも、よくもよくもよくもぉおおおおっ」
「はっはっ! なんだ、仕返しでもしたいのかよっ」
(おわっ)
最後に、シオンの子供っぽい絶叫に続き、野太い声が聞こえたあたりで、夢うつつに聞いていた僕は跳ね起きた。
一緒に飛ばされたブロックの瓦礫を撥ね除け、しゃきっと立ち上がる。
一応骨折は……あ、腕が妙な方向に曲がってるか。
「やってくれたな、おい!」
むかむかした僕は、複雑骨折した腕をぶらぶらさせつつ、トラックが開けた大穴から、外に出た。幸い、寺の関係者は出てこない。
結構な大事故(故意だが)なのに、現状、誰も気づいてないらしい。
「ったく、クリーニングから返ってきたばかりなのに」
埃まみれのワイシャツを左手ではたいていると、敵に飛びかかろうとしていたシオンが走ってきた。よし、ちゃんと間に合った、うん。
「レイさぁんっ」
涙だらけの顔で、シオンがひしとしがみついてくる。
「馬鹿だな。僕が簡単にやられるわけないだろ?」
頭を撫でてやると、ようやく泣き濡れた顔を上げてくれた。
「おまえ……想像以上にタフだな」
僕の右手がすぐに治ったのを見たのか、呆れたように首を振る毛むくじゃらの男は、上に下着のシャツしか着てない。
下はよれよれの作業ズボンで、ガテン系の人でも顔を背けるほど、むわっとする体臭がしていた。
「あんたな、言っておくけど、僕もたまには怒る時が」
僕がびしっと文句言ってやろうとしたその時、シオンにわずかに遅れ、先生まで飛び込んできた。
「影踏みさんっ。よかったぁ、生きてるっひくっ」
……最後に声からして、この人も半泣きだったらしい。
そこまで弱々しい奴と思われていたのか、僕は……仮にもモンスターなのに、これはこれで心外だ。
「おい、君が誰かは置いて、とりあえずやり返す――」
「長尾景虎、参るっ!」
「……話の途中だったのに」
長尾さんが、木刀片手に元気に飛び出し、僕は密かに息を吐いた。
ただ、長尾さんの一撃は見事に肩口に当たりはしたが、相手はちょっと顔をしかめただけだった。
「こんなものっ――くっ」
木刀を掴み取ろうとしたが、その前に素早く身を引き、長尾さんが次なる攻撃に出る。
途中でスカートが翻って純白の下着が見えたが、さすがにスピードからして、ばっちり見えたのは僕くらいだろう。
「はっ」
今度は低い姿勢から木刀を跳ね上げ、見事に敵の右手首を打った。さしもの怪人も、顔をしかめて飛び退ったほどだ。右手首が折れたのは明らかで、僕の溜飲が大いに下がった。
「しょんべん臭い小娘があっ」
「おい、僕もいるんだよっ」
言下に、ブロック塀の破片が一斉に浮き上がり、大木みたいな男に殺到する。無論、ダニーの攻撃だが、向こうはひらっと飛び上がることでこれをかわした。
素早さもまあまあらしい。
「けっ、そんなんでやられるかって」
「お……目が赤くなった」
否応なく観戦してた僕が他人事のように呟くと、抱きついていた先生が僕の体を揺すった。
「レイ君、平気ならみんなを助けてあげてよっ」
シオンは安心しきって抱きついているだけなのに、教育関係者とは思えない人である。
「……なんか、ほっといても大丈夫そうですが。だいたい僕は、基本、平和的な店のマスター代理ですし。殴り合いとか、特に好きでは」
「吐かせぇええっ」
ダニーがさらなる攻撃に出ようとした時、相手はなんと、手近な自動販売機に駆け寄り、留め金を引きちぎる勢いでそれを抱え上げた。
「その程度で……力自慢のつもりかな?」
どうやら向こうは僕とやり合いたいらしい。
希望に応じるつもりで、僕も前へ出てやった。




