長尾さんに同行するメンバー
さて、シオンのことはともかくとして、本日は長尾さんの相談事に付き合う日である。
そう、例の人外の暴漢というか……痴漢だ。
店に戻ってから気付いたが、そういえばシオンはついてきそうな気がする。
嘘をつくのも気が引けるので、僕は正直に「これこれこういう用事があるから僕は出かけるけど、シオンは留守番していてくれるかい?」と持ちかけてみた。
彼女は即答で、「シオンもいきますっ」と目を輝かせて言ってくれた。
ついてくる気満々である。
「いやしかし――」
と説得に入ろうとしたら、今度は思いもかけずダニーが来店した。
そう、かつての霊媒にして、史上最強の超能力者と謳われた過去世を持つ、あのダニーである。
「お久しぶりです、マスター。やあ、シオン。お帰り」
「こんにちは~、ダニーさん」
ダニーは僕に挨拶した後、シオンに微笑みかけた……例によってホームズ氏には頷く程度というのが、相変わらずだが。
「ニーナの件、どうなった?」
僕が挨拶代わりに訊くと、「驚いたことに全て順調です」と教えてくれた。
「両親を説得するのも特に困らなかったし、里親申請にかける手間や時間も、驚くほどスムーズで。もう研修に入ってます。正直、気味が悪いですよ。この分だと、記録的な早さで、うちに来られるようになるかもしれない。……あれが魔法の効果だとすると、とんでもないですね」
「僕の義母を敵に回すとまずいってのが、よくわかるだろ?」
「わかるとも。身に染みるね」
なぜかホームズ氏が大きく頷いたが、ダニーも同じ意見なのか、珍しく肩をすくめるに留めた。
その辺りで僕は、仕事のためにカウンターの内側に戻った。
「ご注文は?」
「いつものブレンドをお願いします。……時に、なにか深刻な話でも?」
「いや、僕にとってはそうでもないんだが」
僕は長尾さんの話を繰り返し、謎の暴漢退治に出かける予定だと教えてやった。もちろん、シオンを止めたい件も同時に話したんだが……ダニーの意見は僕と違ったらしい。
「シオンなら、なにが出て来ても相手になりますって。連れていってあげればいいじゃないですか。ちなみに、僕も行きたいな」
「わーい! ダニーさん、ありがとうっ」
シオンが万歳して、惜しみなく笑顔を振りまく。
普段は愛想ナシのダニーが、彼女に微笑し返したほどだ。
「おいおい……君はそこまで好奇心旺盛だったかな?」
手早くサイフォンでコーヒーを淹れつつ、僕は思わず皮肉を言ったが、ダニーはどこ吹く風だった。
「マスターが関わるネタは、平凡には遠いですからね。僕が忌避するのは、つまらない日常のあれこれですし」
――それと、自分も手伝いますよ。
さすがに少し気が咎めたのか、ダニーはそう申し出た。
「ヴァンパイアが二人に、超能力者一人……それに長尾さん。このメンバーなら、なにが出て来ても安心じゃないですか?」
「よしてくれ……と言いたいけど、確かに君は戦力になるな。ふむ」
僕が考え込むのを、わくわく顔でシオンが見つめている。
簡単に了承するのは癪なので、ホームズ氏にも尋ねてみた。
「ホームズさんの意見は?」
「戦いになる可能性が数%でもある以上、最大の準備をするべきだね」
彼は即答した。
「特に、相手は人外だそうだし。油断は禁物だろう」
「……年長者の意見は、尊重すべきでしょうねぇ」
僕が渋い顔で頷くと、シオンがカウンター越しに抱きついてきた。
「レイさん、ありがとうっ」
「その代わり、なにかあったら僕の指示に従うんだよ」
「シオンは真面目な使徒だから、なんでも言うことききます~」
ニコニコ顔で言ってくれたが、僕が顔をしかめて見せると、さすがに口元に手をやった。僕らは主従関係じゃないから、「使徒」を自称するのはよせと、いつも言ってるのだ。
「ごめんなさぁい」
「まあいいけど、次から――」
言いかけたところで、またドアが開く音がして……今度は長尾さんと、なぜか不破先生が一緒に入ってきた。
「途中で出会ったのです」
と長尾さんが僕に低頭したが、先生は「今日は、窓の外がパリ市街なのねぇ。朝の九時くらいかしら? 素敵だわ」と言ったかと思うと、次の瞬間にはシオンに気付いて目を丸くした。
「なんて……綺麗な子」
シオンの方は、逆にチラっと見ただけで、たちまちカウンターに向き直ってしまったが。予想通り、相性よくない気がする。
「ていうか、先生はまだ学校にいる時間なんじゃ?」
「早退しちゃったのよ、それが」
堂々とサボりを申告してくれた。
「わたしを置いていこうたって、そうはいきませんからねっ」
スーツの胸を張る先生を見て、僕は密かにため息をついた。
予定では長尾さんが来たら置いていくつもりだったので、図星である。
「遠足に行くんじゃないんだがな」
僕はわざとらしく呟いたが、申し訳なさそうに低頭したのは、長尾さん一人だった。
まあ、そうだろうと思ったけど。




