表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/27

わたしは素直に身を引いたりしませんからっ


 僕の背中を追いかけるように、ホームズ氏が「シオン君を助けた場所へ行ってみたまえ!」などと叫んで寄越し、僕は素直に忠告に従うことにした。


 彼の指摘が外れたことがないためだが、シオンと僕の二人に共通する場所といえば、そういえばあの廃ビルしかない。

 街の外れにある、周囲の建物ごと忘れられた場所だが……どうやら当たりらしい。


 近付けば近付くほどシオンの香りがしてきて、駆け通しで目的地に着くころには、問題のビル屋上に立つ、シオンが見えた。


 ただし立っている場所は、安全のために設けられた金網の外だ。





「来ないでっ」


 なんて弱々しく叫んで寄越したが、僕は「せめて話くらいさせてくれっ」と叫び返し、こじ開けられたシャッターをくぐり、中へ入った。


 だいたい、今のシオンはこんな数階建て程度のビルから跳んだところで、死ぬ恐れなどないんだが、だからといって放置はできない。

 幸い、街外れのここは、市の合併後は完全に忘れられた場所だし、この廃ビルは特に、何年も前から人の出入りすらない。


 陽光を浴びまくってかなりうんざりしていたものの、僕は足を緩めることなく階段を駆け上り、あっという間に屋上へ飛び出した。

 シオンは金網の向こう側にある狭い縁部分に立っていたが、僕はつかつか歩いて近付くと、簡単に金網を跳び越え、上手くシオンの隣に着地した。




「ひ、昼間なのに、そんなことしてっ」


 半泣きのくせに、シオンは僕に説教をくれた。


「もしどこかで見てる人がいたら、どうするんですかーっ」

「その時はその時さ」


 僕は肩をすくめた。



「正直に言えば、僕はこのまま永遠に人間として生きていけるとは思ってないんだ。いつか正体がバレて、最後の日が来るだろう。そうなれば、人間達から石持て追われる日がくると思っている」



 シオンは答えなかったが、少し驚いたように横目で見ていた。


「だいたい、共存できるわけがない……先生にも行ったけど、僕はほぼ間違いなく、何十年経とうとこの姿のままでそう変化もない。上手くやっている気はしないな」


 心の中で思っている通り、暗に「いずれ先生の方から離れていく」と教えてあげたつもりだった――のだが。


 シオンは少し考えた後、ため息をついた。


「……子供みたいなことで拗ねて、ごめんなさい……本当は、レイさんが誰を選ぼうと、わたしに文句言う権利なんかないのに」

「いや、だから僕は」

「その人を好きになる可能性はすごく少ないかもしれないけど……ゼロじゃないから、レイさんだって試す気になったんですよね」


 今度は僕が沈黙する番だった。


「限りなくゼロに近いと思うけど」


 そう呟いたし、実際に「あの時は、先生に諦めてもらうには一番早いと思ったから」というのが偽りない真実である。

 しかし、そりゃ確率だけで見るならゼロじゃない。


 先生が大嫌いなら、そもそも彼女の提案を受けなかったのだから。


 僕が考え込んでいるのを見て、シオンは深々とためいきを付き、その場でふわりと跳んだ。そのまま猫みたいに身体を丸めて回転し、元の屋上へ綺麗に着地した。


 早速僕も真似して戻ったけど、思わず揶揄した。




「人目が気になるって話はいいのかな?」

「よく考えたら、近くに人の香りはないですし」 

「そうか……そうだな、うん」


 僕も頷き、仲直りの印に手を差し出す。


「ホームズ氏に店番任したままだし、そろそろ帰ろうか」


 シオンはいつものように素直に手を握ってくれたし、一緒に階段を下りてビルを出てもくれた。ただ、手を繋いで店へ戻る途中、なにかを恐れるように尋ねた。


「血……血をあげただけですよね? 吸血じゃないですよね、ねっ?」

「僕が吸血したのはシオンの時だけだし、二度と同じことはしないつもりだよ」


 あえて、厳かに宣言した。


「……逆に言えば、仮に奇蹟が起こって先生と上手くいったとしても……七十年も経てば、否応なく先生は僕の元から去るさ」


 自分でも到底、上手い慰め方だとは思えなかったが、案の定、シオンは握った手にきゅっと力を入れた。

 ……多分、普通の人間なら、手の指が全部砕けたほどのパワーがあったけど。


「わたし、七十年なんて待てませんしっ。わたしにはレイさんしかいないんですから!」


 言い切った後、「ホームズさんのアドバイス通り、もっと早くに――」などと呟く。どんなアドバイスか知らないが、またホームズ氏かっ。


 僕が苦い顔をすると、なぜかシオンが手を離して――代わりに僕の腕を抱え込んできた。

 あたかも、年若い恋人同士のように。


「そ、その先生がどう思おうとっ」


 ヤケに力を入れて語り、僕を見上げる……少しつっかえていたけど。


「なに?」

「わたしは素直に身を引いたりしませんからっ」

「……そうか」


 珍しくと言ったら怒られるから言わないが、とにかく珍しくシオンがひどく可愛く思え、僕はその場でシオンを抱き上げてやった。


「そ、そこは抱き上げるところじゃなくて、足を止めて熱いキスじゃないですかーっ」


「はははっ」

「笑っちゃだめーーっ」


 帰り道の僕らは、多分かなり目立っていただろうな。

 たまにはいいさ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ