76手間
豚と会った翌日。ワシらは今、ギルドから貸し出された馬車に揺られて東の街へと向かっている。
昨日の内に出された東の街への偵察依頼は、魔物の侵攻が小規模になったために稼ぎが少なくなり、何より暇を持て余していたハンター達が飛びついた。
通常規模の氾濫になったと判断されたので四以下のハンターは帰され、留まっていても氾濫への対処には参加させてもらえなくなっているため残っているのは三のハンターばかりだが、それでも五十組以上のパーティが来ている。
ワシらはすでに依頼を受けているので改めて依頼を受けに来る必要は無かったのだが、集まった数が数なので、ワシが二のハンターのため優先的に依頼をまわされる等の優遇措置があっても当然な地位なのだが、それでも不平不満が無駄に溜まってもいけないので、一緒に依頼を受けてましたよという体裁の為に居るという訳だった。
「それにしても、素気無く断られているものも居れば、即座に依頼を勝ち取っておるものもおるのぉ。」
「それなんだがな、俺たちには公表されてないが、同じ等級内でもギルドの中でさらに細かい区分がされてるんじゃないかってもっぱらの噂だ。ギルド自体は否定も肯定もしてないから信憑性は結構高いぜ。」
「なるほどのぉ…。確かに三等級でもピンキリじゃから有って然るべきという訳かの。」
三になったばかりのハンターと十年のベテランでは当然同じ依頼でも感じる難易度は違うというもの。特に依頼というものは重要度の高い事項でしか発行されないため、自ずと足きりは必要になる、と…。
無謀な依頼に挑戦するなぞ、ギルドの信用を落とすどころか自らの命も落とす羽目になる。もちろん重要度が高いという事は報酬も高く名声も上げるチャンス故、これだけ人が集まっている。
「ギルドの言う通り、依頼を受けるフリだけでもしておいて正解じゃったの。」
現になんであんな小娘が依頼を受けれて俺がダメなんだよとか叫んでるやつもいた。
小娘と言うのはもちろんワシ、来て早々名前を告げただけで依頼を受けれたのをたまたま見ていたのだろう。先ほどの男がはぁ?二ィ?と喚いており、大方ギルドの職員が、彼女は二のハンターなので実力は証明されてますとか説明したのだろう。
「まさか、握手を求められるとは思わんかったが…。」
「んー?セルカちゃんどうしたのー?」
昨日の事を思い出してつい独り言を漏らしたワシの頬をぷにぷにしながら顔を覗き込まれる。
馬車は三台、計六組のハンターが偵察に向かうことになったのだが、ワシらと同じ馬車には女性四人組ながらも実力は折り紙付きと言うパーティが同乗している。
そしてワシは現在膝に乗せられたり尻尾をもふもふされたりお姉さま四人組のおもちゃ状態だ、どうしてこうなった。
ちなみに独身三人組は御者台に追い出され、カルンは隅っこで苦笑いしている。
「ちと昨日の事を思い出しての、悪態でもつきに来たかと思えば握手してくれと強請られるとは思わなんだでの。」
「まぁねぇ、新米にとって二のハンターって雲の上の人物だからね、ご利益にあやかりたいとでも思ったんじゃないの?それにこんなにかわいいからね!」
膝に乗せている人のその一言を合図に四人から一斉にぷにぷにされる。
「うぬぬ、ワシは人妻じゃぞぉ。」
「そうよ、こんなかわいい子を独り占めとかうらやましい!」
男の嫉妬の視線は慣れているのだろうが女性の嫉妬と言うのは慣れていないのか、乾いた笑いしか出ないカルンがその迫力に押されている。
昨日も握手を求められた中に、付き合ってくれなぞとのたまう奴が居たが、既婚だと言うと皆驚愕の顔を張り付けて実に愉快だった。中には明らかにおっさんな奴もいたが、この世界にロリコンは犯罪という概念は無いんだろうか…無いんじゃろうな…。
「あー、お嬢さん方、お楽しみのところ悪いんだが街が見えてきたぜ。」
アレックスの申し訳なさそうな一言でお姉さん達の表情が一瞬で引き締まる、腐ってても三のハンターと言う事か。
「そう、じゃあさっさと用事をすませて思う存分ぷにぷにしないと。」
あ、ダメだこれ真面目なの表情だけだ…防壁は崩れ去り、見るも無残となった街を望む馬車の中で一人嘆息する。
それから街から少し離れた場所で馬車を止めると二組がその場で馬車の防衛につき、残り四組が二グループに分かれて探索する手はずになっている。
「ワシらはさらに東から街にじゃったの。確かあの方面はスラム街があったはずじゃ、そちらは防壁も無く家も入り組んでおるから襲撃に気を付けるのじゃぞ。」
「は?街なのに防壁が無いってどういうこと?魔物達に壊されたの?」
どんなに小さい村でも規模に差こそあれ必ず存在するというのが一般的な考えだ。
「東はスラム街…いわゆる貧乏なものや流れ者、脛に傷持つ者が主に住んでいた地域での…貧乏人や犯罪者は街の住人ではない、よって防壁も必要ないと言い放って、簡易的なものすら建てることを許されておらんかったのじゃよ…税金は課しておった癖にの。」
「何それ!そんな街滅んで当然じゃない。」
お姉さんの内一人が憤慨するが、それも当然だろう。カルンも口には出さないが忌々しいものを見るように街を睨んでいる。
もしここを取り戻したとしても復興なぞされず、せいぜい魔獣や盗賊の巣にならないよう徹底的に破壊されるだけだろう。
いつまた同じ事が起こるかわからない場所で魔物の襲撃におびえつつ暮らす位なら、別の場所で一から始めた方がマシと言うもの。
他の街としても、支援するより備えに廻した方がいいと判断するだろう。何より名君が治めていれば別だっただろうが暗愚の巣窟だったのだ、下手に支援などすれば逆に非難される。
憤懣やるかたない一行は襲い来る魔物に八つ当たりしつつ、東…スラム街が見える位置まで移動する。以前は荒屋が立ち並びみすぼらしかったが、それでも街と言える状態だった。しかし今や家は崩れ遺体などは既に食われたのか異臭もせず見当たらないが、どす黒く残った血の跡がそこで何があったかを何よりも物語っていた。
「セルカじゃねぇが、あの豚は魔獣として退治したほうが良かったかもな。」
流石にハンターとしてこの光景に吐くなどの醜態を見せるものは居なかったが、皆が皆怒りに顔を歪めアレックスに至っては帰ってからでも遅くは無いか等と物騒なことを呟く始末だった。
「ふん。あやつは今、逃げてきて孤立しておる。この惨状の情報を持ち帰れば、何もせず民を見捨て、あまつさえ囮にして逃げた暗愚として裁かれるじゃろうよ。その為にもまずは探索じゃ。」
軽く黙祷を捧げ襲い来る魔物や魔獣を退けつつ、瓦礫の山と化したスラム街へ足を踏み入れるのだった。




