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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いを新たな場所で
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カルン公爵記:後編

 パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら手紙を書き上げ、随分と手に馴染んだペンを法術で洗いペンスタンドへと戻す。

 今しがた書き上げた手紙のインクをブロッターを使い乾かして、その表面をなぞりインクが滲まないのを確認する。

 机の引き出しから封筒と共に封蝋一式を取り出して、これも慣れた手つきで手紙に封をし宛名を書く。

 そこまでの作業を終えると、ふぅ…と一息吐いて椅子へと深く体を沈める。


 体の動きに合わせてギィと艶のある音を出す椅子に、使い慣れたペン一式と封蝋一式。

 さらには重厚感のある机、そのどれもが大切に長い間使われた事を感じさせる、なんとも言えない艶やかさを見せている。


 この品一つ一つにこの街…いや国の発展を見て頬が緩む。

 紙は手軽に使えるほどに普及し、ペンは鳥の羽を使っていたのが金属製になり、更には使い勝手や装飾が凝っていく。

 インクも以前は吸い取り砂を使っていたのが、ブロッターと言われる器具を使うようになった。


 本もまだセルカの言う識字率とかの関係で誰もが気楽にとはいかないが、絵物語程度であれば少し裕福な家の子供なら買える程度になった。

 様々な品が辿ってきた歴史の全て関わってきた…とは言わないがその歴史に携わってきた自負はあり、それが未だに背を真っ直ぐにさせる。


 そして今、私が居るのは以前まで住んでいた屋敷、だがこの部屋にある物の殆どは公爵家の屋敷で私が使っていた物を此方へ運び込んだのだ。

 なにせ家督は息子のカイルに譲り、後は悠々自適な隠居生活と思ってたのに公爵家の屋敷に居る限り仕事を手伝わされる。

 やっと仕事から解放されると考えていたのに、それは嫌だとこの部屋にある物を持ってこっちに逃げてきた。


 仕事の殆どは城でやるのだが、家でも…いや家でしか出来ない仕事というのもあるのだ。

 なので家にずっと居るし勝手は自分より分かるでしょうと…まったく頼もしくなったのはいいが、替わりに可愛げが無くなってしまった。


 そのやり取りも随分昔にしたはずなのだが、まるで昨日のことの様に感じてしまう。

 目を閉じて物思いに耽ていると不意にノックの音が耳に入ってきた。


「開いているよ」


「失礼します、お久しぶりです父様」


「カイルか…待っていたよ」


「おおじいさま~」


 ノックの音に返事をすると待っていた人物、少し皺が増えた我が息子が扉をあけ丁寧に腰を折って挨拶をする。

 すると挨拶もそこそこにカイルの脇から小さな女の子が嬉しそうな声で私の下までかけてきた。


「走ると危ないよミシェラ」


「ごめんなさい」


「すいません父様」


「いや、気にしなくていい」


 獣人の特徴である耳と尻尾が無い事を除けば、ライラの小さい頃にそっくりな彼女はミシェラ。カイルの娘…ではなく孫娘だ。

 私からすれば曾孫のミシェラは叱られたと思ったのかシュンとしていたが、頭を撫でてやるとすぐご機嫌になり目を細める。

 こんなところもライラに…いやセルカに本当にそっくりで、自分達の血を受け継いでいるのだとしみじみと実感させられる。

 そのミシェラを撫でたまま、反対の手で使用人を呼ぶベルを鳴らし、その手で引き出しを開け一冊の本を取り出す。


「ミシェラこの本をあげよう」


「これって…ありがとう!おおじいさま、早速読んでもいい?」


「もちろんだとも。お菓子も持ってこさせるから、そこのソファーで読んでなさい」


 本を渡すとパッと花咲く笑顔になり、私がソファーへと促すと本を抱きしめて走らないと言われた事をちゃんと覚えてるのか、少し早足で向かっていく背中を見て相貌を崩す。

 渡したのは今大人気の恋愛小説、元々は私とセルカの話を書いたものがいつの間にやら創作も交えられ巨編となったものの最新刊。

 まだ一般には販売されてないのだが、名前こそ変えられているものの、元が私とセルカの話なので未だに発売前に献本が届くのだ。

 もっとも一度読んで口から蜜を吐きそうになったのでそれ以降、私は読んでないのだが…意外とセルカもこの手の話が大好きで支援してることも巨編となってる理由だろう。


「さて…態々ミシェラだけを連れてこっちに来たということは…」


「えぇ、ミシェラに婚約を申し込む輩が煩くて、歳が近いのならまだしも一回りどころか祖父かと思うほどの…」


「あぁ…アイツはまだ諦めてなかったのか」


 二人同時に溜め息をつく、王政が浸透するにつれ権力や身分という考えが生まれるにつれこう言う考えの輩が増え始めた。

 カイル ―今は家督を継ぎ公にはカルン公爵と名乗っている― の一人息子の頃まではまだ大人しかった。

 だがその一人息子に娘が生まれた辺りから、権力という力が文字通りの権益を振るい始めた。


 すると目ざとい下っ端貴族や貴族になれなかった者たちが騒ぎ始めた。

 ミシェラは次期公爵家令嬢と言うやつで、手っ取り早く権力やその繋がりを得たい輩には格好の的というものになってしまった。


「つまり今日セルカが城に行ったのは…」


「それに関してですね。けど父様…まだ本人を呼び捨てで呼んであげないんですか?」


「いや…どうしても恥ずかしくてなぁ…」


「おきつねさまはいないの?」


「そうだよ」


「ざんねーん」


 セルカという言葉に反応したのか、今まで本に夢中だったミシェラが顔をあげてきた。

 何故か孫達はセルカの事をお祖母様などと呼ばず御狐様と呼ぶのだ、確かに今だ変わらぬ愛らしい姿でお祖母様は無いだろうが…。

 本人は「イナリかの?」等といって満更では無さそうなので良いのだが。

 セルカが居ないことを残念がりミシェラが本に視線を戻したあたりでまたもノックの音が響く。


「開いているよ」


「失礼します、旦那様」


「うむ、この手紙を出しておいてくれ。それとミシェラとカイルにお茶とお茶菓子を」


「かしこまりました」


 近くにきた使用人に手紙を渡し、どうせ愚痴を聞かされるだろうとミシェラだけでなく、カイルの分もお茶を用意させるよう指示を出す。


「あぁ、そうだ。カイルにセルカへの伝言を頼みたいのだけど、いいかな?」


「ん? どうせ今日中には帰ってくるし直接言えば?」


「それも含めて…ね」


 ニヤリと笑い、訝しむカイルに前々から考えていた小説で見たシーンの再現をするために伝言を頼み、カイルもそれは良いと快く引き受けてくれた。


 そして…倒れたのはその日の夜だった…。

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