226手間
街へと馬で走るフリードリヒ達を見送ったその足で、昨日擬態虫を倒した場所へと向かう。
一番良いのは彼らが誰にでもできる対処法を持って帰ることだろうが、それはまず不可能だろう。
毒草が載っている図鑑に例えどんなに小さかろうと、その見分け方か解毒方法に関する記述が無いということはありえない。
明らかに毒草ですという外観だから手を出さないだろうと対処法が乗ってない場合もあるが、それも明らかに毒草という見分け方があるからこそ。
だが今回は毒草と薬草の区別がつかない、何せ外見はヒューマンだというのだから。
どこの世界でも人が人を手にかけるのという事は躊躇われるのだろう。それが盗賊などの悪党であれば別ではあるが。
しかし、実際に擬態虫の術中に嵌った彼ら曰く、姿は曖昧だが親しみを覚えたというのだ。
そんな親しみを覚える人を躊躇わず手にかける奴がいれば、そいつのほうが魔物なんかよりよっぽど危ない。
恐らく…恐らくではあるが擬態虫は人里近くには来ない。数少ない報告も全て人里からある程度離れている場所ばかりだ。
だが、恐らくきっと多分だといいな、という言葉ほど人々を不安にさせるものはない何せ命の危機なのだ、しかもそれの接近に気付け無い。
フリードリヒ達が持ち帰るもので最高は対処法、最悪はリヒャルトが言っていたのだが開拓村の放棄の宣言であろう。
だが彼らが乗って行った馬の足は遅い。何せ人が何人も乗った幌馬車と荷物が満載の荷馬車を一頭づつで引いた馬なのだ。足より力や持久力重視。
とは言え往復でもワシらが来た期間よりも短いであろう。その間にワシが出来る限り何とかするしか無い。
なぜ来たばかりの村相手にそんなに気合を入れているのかと問われれば、ただの親心だと答えるだろう。
この村を見て回った際、嬉しそうに苦労話や如何にここまで村として形になったかと聞かされたらからもうだめだ。
子供たちが大切にしているものを守るのは、人の親として当然だろう。
「さて久々に本気を出すとするかのぉ…」
ひとりごち、何日か探索する為の荷物を詰め込みパンパンになった袋を腕輪へと収納する。
一呼吸あけて遺跡を脱出した時以来となる魔手を右手に宿す。
脱出したときと違い、今回は存分に力を振るうと思っているせいか全身が軽い。
まるで締め付けていた錘や拘束を取り払ったかのような、そして体の奥底から熱が吹き出してくるような感覚。
「んふふふ、ではさくりと蹴散らしてくれようかの」
自分の言葉を合図に地面を駆け出し、奥底から湧き出る熱を風で冷ますかのように件の場所へと走り出す。
原生林故に獣道以外の道など無い、お陰で昨日はそこまで村から離れられなかった。
それもこれも昨日は一般人が居たからだが、今回はワシ一人あっという間に擬態虫を倒した場所へとたどり着く。
「やはり鳥の声一つせんのぉ…」
しん…と不気味なほどに静まり返った森の中、息さえ押し殺し物音一つ聞き逃さぬ見逃さぬと辺りを探る。
しかし今日は何かが見ている感覚も寒気も感じない。やはり昨日今日で仲間がやられた場所には寄り付かないのだろうか。
「ふぅ…一先ずは昨日アレが覗き込んでおった場所まで行ってみるかの」
今度はなるべく何かを見逃さないように、ゆっくりと時折飛び出ている木の根を越えながら擬態虫が駆け寄ってきた道を逆走する。
木の枝の様に細いと言ってもそれは遠目から見た印象であって、その胴体は一抱えもありそうであったし体長は大柄なフリードリヒを余裕で超えるものだった。
なれば必ずそれが通った後には証拠が残る、現に覗いていた場所にたどり着く間にも無残にもなぎ倒された若木や木の枝が散らばっていた。
「ふーむ、これは存外すぐに巣か何かを見つけれるかもしれんのぉ…」
あの巨体で殆ど足跡が分からないのは流石に野生に生きるものという事か。
だがその見事さを帳消しにしているのが、隠す気もそれを防ぐ気もない折れたりした木の枝達。
擬態とは名ばかりの、幻覚や洗脳に近しい能力を持つ故の油断か…まぁ追う立場のワシとしてはありがたいことだが…。
見落とす方がいっそ難しい、草木をかき分ける手間すら要らない痕跡を暫くたどるれば、木々がなく少し開けた場所とその奥にはぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。
だが虫の巣穴の入り口かと思ったその開けた場所の中央にはどっかりと此方に背を向け、ぐちゃりぐちゃりと耳障りな音を立てて何事かしている数匹の豚鬼が予想に反してそこに居た。
そしてその周りにはおこぼれを狙うかのようにゆらゆらと、擬態虫達が屯している。
幸いな事に擬態虫も含め此方には気付いていないようで、改めて身をかがめ息を殺してその様子をじっくりと見やる。
魔物は縄張り意識が強いと聞いていたのだが、奴らの様子を見るに豚鬼も擬態虫もお互いを牽制しあっているようには見えない。
どちらかと言えば共生か、もしくは豚鬼が擬態虫を飼育しているかのようだ。
豚鬼の生態というのは実に王道だ。もちろん薄手のモノ的な意味でだが…。
その際に人に化けれると言った方が正しい擬態虫は実に便利なことだろう…。
なるほどなるほどと一人勝手に納得していると、豚鬼はやおら立ち上がり数匹の擬態虫を伴って森の中を何処かへ立ち去っていった。
その行動にここは巣では無かったかと思ったが、残された擬態虫が洞窟の中へと入っていくのを見て、やはり此処が巣ないし拠点で正しいかと内心ため息をつく。
恐らく立ち去った豚鬼はエサか何かを取りに行ったに違いない、どちらにせよ今が好機とどこまで有効か判らないが気配を消して洞窟の中へと足を踏み入れる。
その際にちらりと見た豚鬼が何事かをしていた場所は鮮血に染まっていた、血以外に残されていた蹄や角から最悪の事はワシの知る限りまだ起こっては居ないようだが、それを想像させるに十分な光景だった。
先程の豚鬼が立ち去ったのは村とは違う方向だったのでまだ猶予はある。あの村に何より赤子や子供に手は出させぬと決意を秘め薄暗く悪臭漂う洞窟の中を進むのだった…。




