179手間
ガタゴトと青々と茂る麦穂の海を割ったかのようにまっすぐと続く街道を馬車で行く。
まだまだ収穫には早いが時折農作業をしているのか、麦穂の海を泳ぐかのように人が顔を出したり引っ込めたりしている。
今は朝早くに狩人ギルドへと向かい新たにカルンがカードを発行してもらい、その足で次の町へと向かっている最中だ。
こちらのギルドでは従来のカードは使用できず、新たなカードが必要となっている。
これは一足早くにカードを新調していたジョーンズからの情報で、教えてもらわなければ危うくそのまま次の町へ向かってしまう所だった。
従来のものと区別するために此方は狩人証と呼ぼう、これは従来のものと殆ど変わらないがランクの呼び方がちょっと変わっている。
五等級に当たるのがEランクでそこからD,C,B,Aと上がっていく、小説などでおなじみの呼称となっていた。
他にはギルド内の掲示板には護衛依頼に加え賞金首の情報などが張り出されていた程度でざっと見た限りそこまで変化しているようには見えなかった。
ワシとしては獣人狩りを扇動するような組織と、ハンターギルドが似たようなものと思いたくないのでカードが別々なのはありがたい。
最も狩人証を取るどころか欲しいとも思わないが。
「ご主人様、この先に野営に良さそうな場所があるのじゃ」
「そうか、ではそこで今日はお終いにしよう」
「わかったのじゃ」
ガタゴトと揺れる荷馬車は大人二人が寝転がったらすこし狭い程度の広さで、行商人が使うならこの程度であれば十分だろうと言った大きさのもの。
あまり目立つのもアレなので、魔具も殆ど使用せず人が歩くより少し早いかくらいのペースで進んでいる。
麦畑は過ぎ去り日も傾き始め、遠くに見える森を迂回するかのように曲がりはじめた道の手前、長年そこで野営を沢山の人がしてきたのだろう草がなく綺麗に広場になった場所を見つけたのでそこへ馬車を停める。
広場の中央には石で囲まれた焚き火の跡がある。しかし灰は冷え切りその灰も底の方にわずかばかり残るのみでしばらく此処を誰も利用していないことが分かる。
「灰が冷えてるのは兎も角、灰の量が少ないっていうのは何でなんです?」
「灰は肥料にも使われるからの、それに灰をさらった後に風で均されておる以外は増えた様子もないしのぉ…」
「なるほど…やはり衛兵の言っていたことは正しかったみたいですね」
「そのようじゃな」
今ワシらが通っている街道は隣町といっても馬車で数日ほどかかる距離だが、そこから麦の買い付けに商人がよく通る道らしい。
しかし、収穫からその後の時期以外は殆ど人通りがない為に道中宿場町も無く、精々街道から少し外れた位置に村がある程度。
だからこの時期は魔獣は元より野生の獣にも気をつけろよとの事…その獣が狼などを指しているのか、獣人を指してるのかまではわからなかったが…。
幸いこの野営地はほんの僅かではあるが丘の頂点の様な場所にあり、周りも遠くに森と麦畑が見える以外は障害物も無く見晴らしも良い。
本来であれば野営地の近くに川がないと言うのはかなりのマイナスポイントではあるが、商人にしろ旅馬車にしろハンターなどの宝珠持ちが護衛に着くのが常識なので、水に関しては彼らに少しお金を渡して融通してもらえればいい。
法術があれば面倒な薪の着火も汚れた服を洗うのも乾かすのも何でもござれ、まさに法術バンザイといったところだ。
炊事洗濯に便利となれば奴隷は当然一通り習得させられるのだが、法術は体内のマナを利用する。
呼吸でしか体内のマナを回復できない宝珠が無い人だと一日にそこまでの数使用できない。
しかし、大気中のマナを効率よく吸収する事ができる宝珠持ちは実質無制限に法術を使うことができる。
けれども宝珠持ちと言うのは大抵が強力な戦力となる。
だが女神さまの言っていた召喚時の制約以外に強制的に相手を従わせる術がこの世界にはない。
なので宝珠持ちの獣人は文字通り狩られてしまう…。
けれど極稀に宝珠持ちでも戦闘能力が低いものが居る、劣っているとかそういうことではなく単純に得手不得手の類。
力は強いけど運動が苦手と…そう言った感じの人達。
それがワシが奴隷商のもとで他の奴隷とは別格の扱いを受けていた理由。
見目の麗しさや珍しさだけでなく、戦闘能力を持たない宝珠持ちだから高く売れると奴らも喋っていた。
だが戦闘能力があると分かれば例え誰かの奴隷だろうと即座に処刑されてしまう。
それが今現在の西多領の法…だからワシはこの旅の途中では魔手は使えない…多少であれば護身術として剣を使っても大丈夫ではあるが。
なので戦闘ではカルンにすべてお任せするしか無い、なのでその他のことではワシが徹底的にごほーしするのだ。
そう思ってたのに…ワシが馬の世話をしているわずかな間にカルンはさっさとテントを建て、焚き火の準備を終えてしまっていた。
これまでの旅で鍛えられたご主人様の手際の良さが恨めしい…。
「ごーしゅーじーんーさーまー。そんなことワシが全てやるのじゃー」
「いや、この位は僕がやるよ、それにこんな所くらい名前で呼んだっていいんだよ?」
「こんなところだからこそじゃ!普段からご主人様と呼んで咄嗟の時も問題ないようにじゃの。じゃからご主人様もワシの事は少しぞんざいにそして呼び捨てにするのじゃ!」
「はぁ…わかりました…いや、わかった。これでいいか?セルカ」
「はい、ご主人様ぁ」
手を胸の前で組み上目遣いで返事をするワシにご主人様が少し怯んだが、今後こんな感じでやっていくつもりなので早々に慣れてほしい。
ワシのこれを機会に普段から呼び捨てにされぬかなーなどという邪な考えを知ってか知らずか、カルンは深くため息をするのだった…。
前回予約投稿のつもりが普通のものになっていました。
投稿方法を変えたというわけではありませんので、今後も20時毎日更新でがんばっていきます。




