表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地〜 家族愛の三国志大河  作者: 墨笑
短編・中編や他の人物を主人公にした話
349/391

医聖 張仲景13

「賄賂の件、許靖の従兄弟が上手くやってくれたそうですよ」


 騒動の翌日、張機は雪梅の包帯を手際よく替えながらそう伝えてやった。


 雪梅は包帯交換のため、張機の家の居間で足を投げ出している。その姿勢のまま深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に何から何まで」


 これで公式に兵から追われることはなくなったのだ。ホッと安堵の息を漏らした。


「いえ、賄賂のことで動いたのは僕じゃありませんから。許靖とその従兄弟です」


 実際、この件に関しては許靖に丸投げだった。


 というのも、許靖にはこんな案件に強い許相(キョショウ)という従兄弟がいるのだ。


 許相はこの腐った時代に三公(後漢における最高の役職)にまで昇りつめた男なので、賄賂の一つ二つはお手の物だ。宦官にも顔が利く。


「それよりも雪梅さん、捻挫がもう少し良くなるまでは家事なんかもしなくていいんですからね」


 張機が仕事から帰ってくると、家は片付けられており食事の用意も終わっていた。


 ありがたくはあるものの、この足で家事をさせるのは申し訳ない。


 とはいえ申し訳ないといえば、ただ家でゴロゴロしていては雪梅の方が申し訳ないだろう。そもそも助けてもらった身だ。


「いいえ。置いていただく以上、出来るだけのことはさせて下さい」


「でもそれで足が悪化したら……」


「無理のない範囲でやらせていただきますから」


 雪梅が身を小さくして言うものだから、張機にもその気持ちは伝わってきた。何かやらせる方が優しさかもしれない。


「分かりました。本当に無理のない範囲でお願いしますね」


 それから二人で食事をとった。


 自宅で食べる時はいつも一人なので、どこか新鮮だった。


「美味しい。雪梅さんは料理が上手ですね」


「ありがとうございます。ただ、もう少し食材があればもっときちんとしたものをお出しできるのですが……」


「ああ、それは明日僕が買っておきますから必要なものを書き出しておいてください。その足で買い物はまだ無理です」


「申し訳ございません。よろしくお願いいたします」


「あと五日ほどで普通に歩けるようになると思います。でも出歩く前に髪の結い方だけでも変えたほうがいいかもしれませんね。公的な罪に問われなくなったと言っても、軍営の顔見知りにでも会ったら面倒だと思いますし」


「ええ、おっしゃる通りだと思います。出る時には化粧も厚くして出ましょう。このお見苦しいそばかすが消える程度には厚塗りいたしますよ」


 雪梅は自分の頬を撫でながら、あえて笑った。


 この娘は昔から自分のそばかすが大嫌いだった。


 あまりに嫌いなため、一周回ってわざと触れてしまうほどだ。


『あの娘もそばかすさえ無ければ、もう少し良い仕事がさせられそうなのですが』


 そう言われているのを聞いたのは、何年前だったか。


 雪梅は古くから劉表の家に仕える家系に産まれた。


 劉表は前漢の景帝に連なる男で、皇族という高貴な血に見合って代々の家臣がいる。


 その家の一つが雪梅の実家なのだが、雪梅はただ家臣の娘というだけでなく、雪梅自身が劉表の役に立つべく育てられた。


『お前は劉表様にとって有益な男、もしくは有害な男に嫁ぐのだ。もしくはその愛妾になるべし』


 幼い頃からそういった運命を背負わされた。


 そうやって有益な男を繋ぎ止め、有害な男を操作する。さらにそこで情報を得て、劉表へ流す。


 非道い話に聞こえるが、悪いことばかりではない。有益な男にしろ有害な男にしろ、有力者であるのが普通だ。


 良い家に嫁ぐか、妾として良い生活を送れる可能性が高くなる。実際に雪梅と同じ立場の娘は皆裕福な家に入った。


 が、雪梅はそうならなかった。そばかすが見苦しいという理由で、雑仕女として軍の間者に回されたのだ。


(このそばかすさえ無ければ)


 若い雪梅は悔しさのあまり、頬を何度も擦った。強く擦り過ぎて血が出たこともあった。


 しかしそれほど擦ってもそばかすは消えず、ただ肌が荒れるばかりだった。


 劣等感は人の心を歪める。雪梅は歪んだ行動を取るようになった。


 あえて自分からそばかすのことに触れ、笑うのだ。


 そうされると多くの人間は少し困ったように笑い返すのだが、目の前にいる張機は真顔で首を傾げた。


「……え?化粧で隠すのはもったいないですよ。雪梅さんの一番可愛いところなのに」


 そう言う張機があまりに当たり前の目をしていて、雪梅の胸はドキリとした。


(……?今、そばかすを褒められた?)


 そう思ってから、少し考えて認識を改めた。


(冗談を言われたんだろう)


 一瞬でもドキリとした自分を呪いながら、これ見よがしに頭を下げた。


「……冗談でもお褒めいただいて、ありがとうございます」


「いや、別に冗談じゃないですけど。可愛いですよ、そばかす」


 張機の顔は相変わらずの真顔で、確かに冗談を言っている風ではない。


 その様子に雪梅の顔は赤くなった。


「お、お戯れを……」


「ああ、そういえば女性は白くてまっさらな肌が好きですよね。だから化粧品なんかが売れるんでしょうけど、男の僕にはいまいち理解できなくて」


 どうやらこの男は本気で自分のそばかすを可愛いと思ってくれているらしい。


 そう理解した雪梅は、思わず頬を手で覆ってそばかすを隠した。


(そばかすを見られると、嫌われてしまう)


 矛盾したことだが、雪梅を歪めていた劣等感はそんな行動を取らせた。


 しかしこの理性的な娘はすぐに自分で矛盾に気づき、手を下ろした。


 そしてそばかすが可愛らしく見える笑い方はどうだろうと検討しながら、出来る限りの笑顔を作った。


 その笑顔の裏で、張機の心をどう掴もうかと画策していた。


(冷静に、冷静にやらないと。私はこの男を劉表様の手駒にしないといけないのだから)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ