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三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地〜 家族愛の三国志大河  作者: 墨笑
短編・中編や他の人物を主人公にした話
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医聖 張仲景1

 張機(チョウキ)張羨(チョウセン)は親友同士だ。


 同じ年に産まれ、家は近所で、親同士の仲も良い。だからいつも一緒に遊んでいた。


 ほとんど兄弟のように育ち、実際に血の繋がりもある。荊州南陽郡けいしゅうなんようぐんの張氏はそれなりの規模がある一族だった。


「おい張機、聞いたか?」


「何を?」


「俺たち塾に行かされるらしいぜ」


「塾?塾って、兄さんたちがいつも行ってるところ?」


 二人はまだ幼児で、学問というものがよく分かっていない。だからその程度の認識だった。


 張羨(チョウセン)は好奇心丸出しの笑顔を見せている。


「そうそう、俺たちはまだ行っちゃだめ!っていつも言われてるところだ。どんな楽しいもんがあるんだろうな?」


「え?楽しいところなの?僕の兄さんたちはつまんないって言ってたけど……」


「そりゃ俺たちを来させないための嘘だろ」


「そうかなぁ」


 張機は幼馴染の言うことに疑問を感じながらも、確かに禁じられていたことをやれるのはワクワクする。


 塾へ行く日を楽しみに待った。


 が、当日の朝になって父親から意外なことを告げられた。


「いや、お前たちが行くのは兄さんたちとは別の塾だぞ。私の古い友人が近くに越して来たんだが、新しく私塾を開くことになってな。そこへ通わせることにした」


 張機としては、そうなのか、という程度の感想だったのだが、張羨の方は完全にへそを曲げていた。


 一緒に行こうと家まで行くと、唇をとがらせて道の草を蹴っている。機嫌が悪いといつもこうだ。


「張羨、そこ()()だよ」


「いいんだよ、ちょっとくらい切れても」


 親への当てつけのようにそうする張羨の腕を、張機は引っ張った。


「やめなよ」


「お前は腹立たないのかよ?兄貴たちと違う塾で」


 幼い子にとって、兄弟で違うということは自分だけ損しているのと同じことだ。


 ただし、張機にはそこまでの不満はなかった。


「んー……僕はどっちでもいいかな」


 そう思ったのは、兄たちにあらためて聞いてみるとやっぱりつまらないと言っていたからだ。口だけでなく本当に嫌そうな顔をしていた。


 だからむしろ別の塾ということに希望を見出している。


 しかし張羨はただ不公平だと思い、塾に着いてもまだ口がへの字に曲がっていた。


 そんな不満げな顔へ、可愛らしい声がかかった。


「あなたたち、お父様の新しい生徒さん?」


 その声は張機、張羨と同じくらい幼いものの、男のものではない。


 塾の門の後ろから小さな女の子が出てきた。


「生徒さん?」


 少女はもう一度尋ねてきた。


 何だこの女は、という目を張羨は向けて、口をへの字に曲げ続けた。


 友人が答えないので仕方なく張機が答えた。


「多分、そう」


 正直なところ、生徒というものもあまり良く分かっていない。多分そうなのだろうと思った。


「そっか、じゃあ色々教えてあげる」


 少女は張羨の前まで駆けてきて手を差し出した。握手を求めたのだ。


 が、張羨はムスッとしたまま手を握らない。


「教えるって、お前の方がチビじゃないか」


 少女は張羨よりも少し背が低い。幼い少年は不機嫌に任せ、そういう理由で相手を侮った。


 その態度に苛ついたのか、今度は少女の方がムスッとした。


「チビって言っても、ほとんど変わらないでしょ。それに小さくたってあなたより私の方が強いよ」


「……なんだって?」


 幼児とはいえ、男にとってその言葉は聞き捨てならない。


 張羨は力が強くて気も強く、同じ年頃の子供相手なら喧嘩で負けたことがない。


 張機もそれを知っているから、少女がマズいことを言ったとヒヤヒヤした。


「じゃあやってみるか?どっちが強いか」


 張羨は幼いながらに怒気を発し、相手を威嚇した。


 しかし少女の方はそれに答えもせず、差し出していた手をさらに伸ばして張羨の手を握った。


(仲直りの握手?)


 平和な頭をしている張機はそう思ったのだが、直後に張羨は悲鳴を上げた。


「い……いたたたたっ!!」


 体をくねらせ、肩をすくませて渋面になった。


 その手元を見ると、少女が指を握ってねじ上げている。完全に関節が極まっているようだ。


 こうなると指を折る覚悟でもない限り、相手は動けない。


「ほら、私の方が強い」


 そう言った少女の表情に、張機はドキリとした。


(か、可愛い……)


 張機がそんなふうに思ったのは、いたずらっぽい笑顔の中に溶けるような愛嬌が滲んでいたからだ。


 なんとなく、この娘のことが分かった気がした。


 強さを誇っているわけでもなく、張羨を痛めつけようとしているわけでもない。ただ茶目っ気でそうしていて、それを憎めないような純真さが心の底にある。


 そういうものを子供心に感じた張機は、少女のことを好きになった。初恋だった。


 初めて経験する胸の高鳴りに張機が戸惑う一方、指を開放された張羨は少女のことを親の仇のように睨みつけた。


「こいつ……!」


「お父様の塾で、こういうことも習えるのよ」


 張羨はその言葉でいったん己の感情を押し留め、自分の父親の方を向いた。それから首を傾げながら尋ねる。


「……え?塾って座って字とか習うんじゃないの?」


 兄たちからそう聞いていた。


 張羨の父は子供たちのやり取りが微笑ましかったのか、柔らかく笑って答えた。


「そういうこともするが、ここでは兵法なども習う」


「兵法?」


「戦い方だよ。その一環で武術もやるんだ。蔡幹(サイカン)は博学で、本当に何でも教えられるからな」


「蔡幹……」


「蔡幹先生と呼ぶんだ。この塾の先生だよ」


「「蔡幹……先生」」


 張羨と張機がその名を繰り返したところで、当の本人が門の向こうから現れた。


 蔡幹は張機、張羨の父と同年代の男で、教師をやるだけあって知的で静かな目の色をしている。


 ただし背が高くて肩幅も広く、学者にしては(いかめ)しい印象でもあった。


「君たちが私の二番目と三番目の生徒だね?一番目が娘の玉梅(ギョクバイ)だから、二番目と三番目だ」


 蔡幹は腰を曲げ、少年たちに向かって両手を差し出した。


 さすがの張羨も今度は握手を拒まず、素直に握り返す。


 両手で少年たちと握手を交わしながら、蔡幹はニコリと笑ってくれた。


(大きな手)


 張機はゴツゴツした手に握られながら、少女と蔡幹が父娘であることの不思議を思った。


(玉梅……っていう名前なんだ。あの子も大きくなったら手が大きくなるのかな?)


 もしそうだとしても、自分は玉梅のことを好きでい続ける気がした。

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