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175 凉糕と蜂蜜

凉糕(りゃんがお)、凉糕……、おぉこれが今日食べられる凉糕か」


「許靖様のおっしゃっていた通り、たっぷりと蜂蜜がかかっていて美味そうだ。陳祗(チンシ)殿、わざわざ案内してもらってすまなかったな」


 厳寿と文成はずらりと並べられた甘味の前で顔を綻ばせた。


 茶会のために用意された最高の凉糕だ。それらはすでに運ばれる卓ごとの盆に分けられている。


 凉糕(りゃんがお)はこの時代からある益州の伝統的な食べ物で、米で作ったゼリーといえばそう間違いではないだろう。


 見た目は杏仁豆腐に近い。今でも四川に行けば凉糕を出す店は多くあり、冷たく爽やかな味わいが人気だ。


「お二人とも、よほど凉糕がお好きなのですね」


 案内してきた陳祗も目を細めた。


 厳寿と文成が今日の茶会で出される凉糕を見たいと言ってきたので、料理が並べられた控室まで案内してきたのだ。


 おやつを待ちきれない子供のようだと思い、可笑しかった。


「あぁ、好物だ。しかしそれだけではない。我らは二人ともクコの実が苦手でな。供してくれる太守の前ではじくのも気兼ねするから、あらかじめ除いておきたかったのだ」


「四つ乗っている盆はこれだけのようだから……我らの卓に来るのはこれだな。クコの実を除かせてもらうぞ」


 文成はそう言って凉糕の上に乗った赤い実を摘んだ。


「あ、そうだったのですね。では、クコの実が無いものをお二人に出すようにいたします」


 茶会では陳祗はいつも茶受けなどの給仕をしている。今日もこの凉糕を持って来るのは陳祗の予定だ。


「よし、これで良い。陳祗殿、助かった。では戻ろう」


 厳寿は陳祗の肩を掴むとぐるりと反対に向けて、その背中を押しながら部屋を出ていった。


「陳祗殿はこの茶会の人気者だからな。今日も存分に盛り上げてくれよ」


 そう言いながら、冗談めかして肩を揉んでやった。


 厳寿は気さくだが、大族の長だ。やられた陳祗は苦笑するしかない。


「いえ、まぁ……皆さん良くしてくださるので、楽しく働けております」


 恐縮しながら茶会の部屋へ戻ると、許靖と花琳が話をしていた。


 厳寿は陳祗を開放し、文成と共に太守の元へ挨拶に向かった。


「許靖様、本日もお招きいただきありがとうございます」


「蜂蜜たっぷりの凉糕、楽しみにしておりますので」


 許靖と花琳は話を止めて二人に向き直った。


「厳寿殿、文成殿、本日も参加いただきありがとうございます」


 許靖は内心、趙才と同席だと伝えたことで二人が来ないのではないかと心配していた。あらかじめ参加の返答は受けていたが、実際に来てくれて胸をなで下ろしている。


「…………」


 にこやかに挨拶を返した許靖と対象的に、花琳は表情を固まらせたまま黙っていた。


 いつもなら許靖に続いて如才なく挨拶の言葉を並べるのだが、この日の花琳は様子がおかしかった。


 無言で文成の袖の辺りを凝視している。


 特に何の変哲もない服装だが、花琳にはそこには見えない何かが見えているようだった。


「……花琳?」


 許靖に声をかけられ、花琳はハッと我に返った。慌てて口を開く。


「失礼いたしました。お二人とも、ようこそお越しくださいました。本日もごゆるりとご歓談ください」


「ありがとうございます。奥方の茶も楽しみにしておりますぞ」


 花琳は卓に置かれた茶器を手の平で指した。


「今日は凉糕に合わせて冷茶を用意しておりますので」


「それは良い」


 花琳は笑顔で二人と言葉を交わしてから、許靖の裾を引っ張った。


「申し訳ございません、少し夫と話がありますので」


 そう言って許靖と共に廊下へと出て行った。


 参加者たちから十分に離れ所で、花琳は許靖にそっと耳打ちした。


 その長くもないささやきで、許靖の表情が凍りついたようになった。


 許靖は一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。意識して力を抜こうとしたが、それでもあちこちの筋肉が緊張しているのが自分でも分かる。


 二人は小声で二言、三言の言葉を交わしてからうなずき合い、離れた。


 花琳は控室の方へと足早に向かい、許靖は副官の張裔(チョウエイ)を呼ぶ。


 二人とも、これから茶会が始まるにしてはやけに固い表情をしていた。

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