おっさん、抱きつけられる
結局、アリシアは《完全回復》を惜しげもなく使用した。ルイスの反対を押し切った形である。それほど心配しなくても良いのに……と思ったが、アリシアの気が済まなかったらしい。
ちなみにアリシアの最強スキル《古代魔法》も、使えば使うほど熟練度が増していくようだ。そういう意味では、どんどん連発していったほうがいいとも言えるのだが――肝心なときに使えなくなっては元も子もない。
やがて熟練度を高めていけば、ロアヌ・ヴァニタス顔負けの強大な魔法を使えるようになると思う。あのギュスペンス・ドンナを倒したときのように。
「よし、終わりました」
完全回復を終えたアリシアが、ほっとしたように額の汗を拭う。
現在、ルイスとアリシアは街道の外れ、木々の陰で休息を取っていた。首都ユーラスはここから歩いていける距離にあるようで、道もそこそこ整備されている。
魔獣もあまり見当たらない。というより、全然いない。
ルイスは木にもたれかかる格好で回復魔法を受けていた。ふうと息をついているアリシアの肩をぽんと叩く。
「ありがとな。助かったよ」
「いえ。私は、ルイスさんのためなら……あうっ」
ふいに足がふらつき、倒れそうになる。
「おい!」
ルイスは慌てて立ち上がり、彼女の身体を支えた。急いでアリシアの顔を覗き込むと、えへへとバツの悪そうな笑顔を浮かべている。
「すみません……。ちょっと酔っぱらいになっちゃいました……」
「酔っぱらいって、おまえ……」
「気にしないでください。私は平気ですから……」
「…………」
ルイスはなんとなく察した。
古代魔法を使用して一気に疲労が溜まった――という理由ではあるまい。
ユーラス共和国という未知の国、そしてそこに住む人々の偏見……これらはきっと、アリシアにいい知れないストレスを与えたことだろう。
ルイスならいざ知らず、彼女はまだ二十歳だ。精神的に疲れてしまうのも無理はない。
それでも、彼女は頑張ろうとする。
凡人なら逃げだそうとする局面でも、これまでの苦行を耐えてきた彼女だから――どんなに辛い現実でも、真正面に受け止められる。
――だからこそ、おっさんの俺が頑張らないといけないな……
ルイスはゆっくりと、アリシアの髪を撫でた。
「ごめんな。アリシア」
「な、なんで謝るんですか」
「俺ももっと強くなる。だから、このでかすぎる壁を……一緒に乗り越えていこう。おまえとならいける気がする」
「う…………」
なにを思ったか、アリシアは顔面を両手で覆う。指の隙間から、かなり顔が紅潮していることが窺えた。
「反則です……。いきなりそんなこと言わないでくださいよ……」
「はは。おまえのオヤジの影響かもな」
「おおいに考えられますね……」
アリシアがふうと息をつくと、ルイスにいきなりぎゅっと抱きついてきた。幸せな二つの感触がぶつかり、ルイスは思わず「どわっ!」と喚く。
「お、おいおい、なにを……!」
「ふふ、いまさら恥じらう関係じゃないでしょう?」
アリシアは数秒だけ悪戯っぽい笑みを浮かべると、すっと表情を引き締めて言った。
「私も……ルイスさんがいれば乗り越えられると思います。ですから、えっと、ずっと一緒にいてくれれば非常にありがたしです」
「ああ。そうだな……」
この先、どんな試練が待ち受けていようとも。
互いに支えあえることで、きっと乗り越えられるはずだ。
そう確信するルイスとアリシアだった。
★
不思議なことに一度も魔獣に遭遇しなかったルイスたちは、街道の広がるままに歩き続けた。
そして、数十分後。
とうとう、遠くのほうで大きな街並みを発見した。
「あ、あれは……!」
隣を歩くアリシアが目を見開く。
規模でいえば帝都サクセンドリアとそこまで変わらない。うっすらと巨大な建物が見えるが、それとて故郷の王城とそれほど変わらないだろう。
だが――
ルイスたちの目を引いたのは街の規模ではなく、《色彩》だった。
なんの魔法を使用しているのか、そこかしこの建物から色とりどりの光が発せられているのだ。断続的に明滅を繰り返し、色が数分ごとに変わっていくさまは、なにかのショーのように思える。
いったいなにかのイベントでも催しているのだろうか……
そう思いながら、ついつい早足になるルイスたちであった。




