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決戦2

 どこかでひとつ、雷が落ちた。


 一瞬だけ閃光がほとばしり、ロアヌ・ヴァニタスの容貌が明確に映し出された。


 殺意に燃える紅の瞳は、ルイスに強く据えられている。油断している様子もない。さすがは伝承で語り継がれる前代魔王……そこいらの魔獣とは格が違う。


「ふう……」


 ルイスは覚悟を決め、太刀を上段に構えた。柄を頭の位置まで持ち上げると、手首を交差させ、やや腰を落とす。敵の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくすべてに集中し、出方を伺う。


 間違いなく、いままでの人生で一番辛い戦いになる。一瞬たりとも気を抜けない。


 ロアヌ・ヴァニタスも無言で構えの体勢に入った。軽く左足を浮かせ、トントンとスキップするかのように軽快な動作を繰り返している。


「…………」


 特に明確な合図があったわけではない。

 にも関わらず、駆けだしたのは二人同時だった。


「おおおおおおおっ!!」


 人智を超えた両者のスピードによって、周囲で暴風が舞った。瓦礫が舞い、ゴォォォォオ! という轟音が鳴り響くが、それすらもルイスの意識にはなかった。


 ロアヌ・ヴァニタスの動きすべてに目を向け、すこしでも隙を見つけるのだ――!


 ガキン!

 太刀と剣がぶつかり合い、金属音が反響する。


 両者の力はいまのところ・・・・・・拮抗きっこうしているようだ。互いに剣を押し合うが、びくともしない。


「…………!」


 ロアヌ・ヴァニタスが驚愕に目を見開いた――気がした。


 無理もあるまい。

 古の文献によれば、ロアヌ・ヴァニタスはまさに異次元の強さを誇っており、そこいらの人間など目を合わせただけで命を吸い取っていたという。


 ブラッドネス・ドラゴンなどの《太古の魔獣》もたしかに強いが、ロアヌ・ヴァニタスはそいつらよりさらに上の次元に立っている。


 だから予想外だったのだろう。

 自分の攻撃を防がれるなどということは。


「…………ッ!」


 ロアヌ・ヴァニタスの目つきが変わる。どうやらルイスを油断ならぬ相手と認識し直したようだ。剣の押し合いから一転、大きくバックステップすると、ルイスと距離を取る。


「ふう……」


 ルイスは一瞬だけ息を吐くと、相手に余裕を与えまいと、今度は自分から攻め立てる。


 ――ガキン!


「……ヌ!」


 ロアヌ・ヴァニタスも険しい表情でルイスの太刀を受け止めた。


 いままでは一撃で魔獣を蹴散らしていたが、さすがは前代魔王、そう簡単にはやられない。


 ――心眼しんげん一刀流・一の型、極・疾風。


 ルイスはかっと目を見開いた。

 文字通り神速のごとき剣技をロアヌ・ヴァニタスに打ち込んでいく。


 前代魔王はそれらの一撃一撃を冷静に受け止め、弾いていく。


 ガキン! ガキン! というすさまじい金属音がルイスの耳をつんざく。


 こちらの攻撃はすべて防がれているが、ロアヌ・ヴァニタスも防戦一方だ。ルイスの剣に反撃を差し挟むこともできず、黙って防御に徹している。しかもなんだか苦しそうな表情だ。


 予断なく攻撃を繰り出しながら、ルイスはいつの間にか高揚感を覚えていた。


 こちらはまだレベル3で、《無条件勝利》の熟練度もさして高くない。


 なのに、異次元の強さとまで言われた前代魔王を、完全に押せている。数日前まではレベル1だったのに、ロアヌ・ヴァニタスほどの相手と互角に戦えるとは……!


「うおっ……!」


 だが、すべてが順調というわけではない。


《無条件勝利》の唯一の弱点は、体力の消耗が激しいこと。

 ゆえに長期戦には向かない。

 こちらの攻撃が当たらないようでは、いずれは――


「ちっ、もう、駄目か……!」


 ルイスの視界が歪んだ。

 全身の筋肉が張り詰め、休息を訴えてくる。


 それでも意志力でもって疲労に耐えようとするが、相手は前代魔王だ。ルイスに生じたわずかな隙を的確に捉え、剣を振り払ってくる。


 負ける……!

 ルイスがぎゅっと目を閉じた、そのとき。


「――ルイスさんッ!」


 ふいに、美しい、天使とも思えるような女性の声が聞こえた。


 瞬間。

 ルイスの身体が柔らかな光に包まれた。

 と同時に、自身の体力が全回復したことを自覚する。


「くおおおおおおおっ!」


 ルイスはかっと目を見開き、あらん限りの力で太刀を振った。

 ガキン!

 危ないところで、ルイスの太刀はロアヌ・ヴァニタスの剣を受けきった。前代魔王が勝機を逃がしたとばかりに苦い顔をする。


「おらっ!」


 ルイスは無理やり太刀を振り払い、ロアヌ・ヴァニタスを剣ごと後方に押し出した。そしてルイス自身も大きくバックダッシュし、いったん体勢を整える。


「助かったぜ、ありがとよ」


 言いながら、アリシアの隣に並ぶ。


「よかった……間に合ったんですね……」


 アリシアもぜぇぜぇと息を切らしていた。その額は汗にまみれている。


 あの日と同じだ――とルイスは思った。

 アリシアは、こんなしがないおっさんを守るために、懸命にここまで走ってきたのだ。


 ロアヌ・ヴァニタス――誰もが恐れる異次元の強敵が潜んでいるとわかっていて。


 あの日のルイスなら、無謀なことをしでかした彼女を怒鳴ってやったところだろう。


 けれど。


「ありがとな、アリシア。正直危なかったぜ」


「もう。無茶しないでくださいよ」

 アリシアはぷくっと頬を膨らませると、一瞬だけルイスの手を握った。

「あれが前代の魔王――ロアヌ・ヴァニタスですか。たしかにとんでもない力を感じます」


「ああ。いままでの敵とはなにもかもが違うようだな。……でも、俺たちなら、勝てない相手じゃない」


「そうですね。絶対に、勝ってみせましょう」


 かくして。

 かつて《不動のE》組と呼ばれ、帝都中から馬鹿にされていた二人組は、あまりにも強大な敵――ロアヌ・ヴァニタスへ向き直った。

 


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